博物館で出会ったファンタスマ。
ケイト・ロードの標本室
デザイン・ジャーナル 2010.12.06
自然が生み出した形やわたしたち人間がつくり出してきたさまざまな道具と、コンテンポラリーアーティストの作品が織りなす「ヴンダーカマー」(驚異の部屋)......先日目にした「ファンタスマ----ケイト・ロードの標本室」はなんとも魅力あふれる展覧会でした。
茗荷谷の駅から、落葉に覆われた通りを落葉の香りも楽しみながら進んで、会場に。
11月の開幕時から気になっていたこの展覧会、12月5日が最終日だったのですが、他ではなかなか見られないインスタレーションの様子をお伝えしたく、写真を紹介します。
旧東京医学校本館だった建物を用いている東京大学総合研究博物館小石川分館。隣接して、こちらも私の大好きな場所、小石川植物園。Photos: Noriko Kawakami
この展覧会が気になっていた理由のひとつめ。私の大好きな場所、東京大学総合研究博物館での開催であったこと。国の重要文化財にも指定されている明治時代の擬洋風建築の、その建物全体が会場です。
同時に気になっていた点は、会期中のみの「ヴンダーカマー」(驚異の部屋)であること。ヴンダーカマーの説明も添えておきましょう。会場にあった文章から抜粋します。
「驚異の部屋とは、大航海時代の西欧諸国において、王侯貴族や学者たちが不思議や驚異という感覚のはざまに、分野を隔てることなくさまざまな珍品器物を蒐集したコレクション陳列室のことをいいます」
そう、それは来歴や出自の異なる品々が一堂に介してしまう部屋。蒐集主の好みが色濃く現われ、次には一体何が現われるのか、意表を突く品々が登場してしまったりするのもヴンダーカマーの醍醐味。コレクション陳列ということではミュージアムの原点です。
東京大学総合研究博物館小石川分館では2006年から常設展「驚異の部屋」として、同館収蔵品を公開しています。今回はそこにメルボルンを拠点とする気鋭のアーティスト、Kate Rohde(ケイト・ロード)が加わることで、通常とはまた異なる「驚異の部屋」に。
さらに私がこの展覧会を気になっていた3つめの理由、それはタイトルにも用いられている「ファンタスマ」という点です。まぼろし、幻影、を意味するファンタスマ。想像もしなかったファンタジーが実現されているに違いない、それも博物館に、と期待したのです。
そしてその通り、いえ、期待以上でした。ケイト作品には動物の剥製をモティーフにしたものも含まれていますが、すべて人工素材。時にラインストーンが煌めいていたりもします。博物館のコレクションにさりげなくとけ込みながらも完全にはとけ込んでいない、その不思議なギャップも楽しく。この世に生み出される形の意味まで考えてしまいました。
ヴィトリーヌ(ガラス容器)に納められたフェイクの動物たちや植物はどこか妖しい表情を見せ、キラキラ鉱物は息をのむほど美しい。ケイト作の蜘蛛が展示ケースに侵入してしまったかのようなインスタレーションもあり、しかも床に落ちる影まで計算され......。
展覧会監修は同博物館館長の西野嘉章さん。企画はそれぞれにアートの仕事に携わっている3人、星野美代子さん、柴原聡子さん、橋場麻衣さん。以前からお世話になっている彼女たちに会場で久しぶりに再会できたのも嬉しかった!
立ち話で経緯をうかがったところ、会場探しから始まったプロジェクトだったそうで、今春からは東京大学、博物館工学ゼミの学生もまじえた研究や準備が進められたのだとか。ケイト本人も2度来日し、博物館の収蔵品も細かく調べたそうです。会場に着想を得た作品も含まれていました。だからこそ博物館全体との絶妙な調和が実現されたのでしょう。
歴史と現代、実存する世界とイマジネーションの世界、自然と人工。未知の世界を見せてくれたケイト・ロードの標本室。文字通り、驚きの部屋でした。
「ああこの部屋に住んでみたい」。そう思いながら私は、建物内を行ったり来たり......。
東京大学総合研究博物館
http://www.um.u-tokyo.ac.jp/
Kate Rohde
http://www.katerohde.com

Noriko Kawakami
ジャーナリスト
デザイン誌「AXIS」編集部を経て独立。デザイン、アートを中心に取材、執筆を行うほか、デザイン展覧会の企画、キュレーションも手がける。21_21 DESIGN SIGHTアソシエイトディレクターとして同館の展覧会企画も。
http://norikokawakami.jp
instagram: @noriko_kawakami