凄みと透明感が溶け合う演技で、観る者を魅了してきた坂口健太郎。34歳を迎えたいま、漂うのは大人の色気と彼自身の内面から香り立つ柔らかなムードだ。その空気感はそのままにフィガロジャポン2025年12月号に登場。
アンバサダーを務めるプラダの2025年秋冬コレクションを纏い、韓国での体験、そして新作映画『盤上の向日葵』の撮影を経ての学びなど、またひとつ俳優としての階段を駆け上がったその経験を語る。


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〝気持ちよく作品を創る姿勢を、これからも大切にしていきたい〞
インタビューを行ったのは8月末日。まだ残暑が厳しい日、「僕だけ先に来ちゃいました」と、坂口健太郎は短パンにTシャツという飾らない装いで、ひとり軽やかにスタジオに現れた。「現場に入るとすぐ着替えるので、仕事の時はどうしても脱ぎ着しやすい格好になってしまうんです。以前は冬にレザーのライダースを着たりしていましたが、いまは夏はTシャツ、冬は大きめのニット。すぐに着替えられる服を選びがちです」
しかし、撮影のために着替えを終えると雰囲気は一変。プラダのアンバサダーとして、洗練された空気を瞬く間に纏った。この緩急こそが、華やかなブランドの顔でありながら、日常では肩肘張らない彼らしさなのだ。そんな自然体の彼だが、この一年は国境を越えて多くの挑戦と現場での良き出会いがあった。韓国制作のドラマ「愛のあとにくるもの」での演技により、2025国際ストリーミングフェスティバル グローバルOTTアワード主演男優賞を受賞。韓国・ソウルを含むアジア6都市を巡るファンミーティングを行うほどの人気も獲得した。
「ものすごくうれしかったです。同時に、日本人として韓国の撮影チームと作品をつくり、この賞をいただけたことが本当にありがたくて、韓国のエンタメに受け入れてもらえたんだなと喜びを噛み締めました」。作品を選ぶ際に坂口が重視するのは、"本"としての台本の質と監督から伝わるエネルギー。
「『愛のあとにくるもの』では、クランクイン前にムン・ヒョンソン監督から強いエネルギーを感じ、現場に入る前から挑戦意欲を刺激されました。一度仕事をした監督が、次にご一緒した監督へ僕を薦めてくださっていたことも、すごくうれしかったです。人と人の繋がりの尊さを実感できました」
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名優たちとの共演で得た、俳優としての学び。
将棋を題材に予期せぬ方向へと展開していくヒューマンミステリー映画『盤上の向日葵』では、これまでの優しく柔らかなイメージを覆し、複雑な葛藤を抱えた主人公・上条桂介を演じ、役者として新境地を切り拓いた。現場では渡辺謙、柄本明といった名優たちとの共演を通じ、俳優としてだけでなく、人間としても多くを学んだ。将棋の対局を描くシーンでは、わずかな空間に濃密なエネルギーが満ち、全身でその空気を受け止めた。「将棋という静かな戦いが、肉体的アクションに匹敵するエネルギーを放っていました。謙さんがスタッフさんと対話しながら現場で作品を創りあげていくその姿勢に、強く共鳴しました」
俳優としてのこだわりは、個人の欲よりも作品全体の完成度にある。「自分のやりたいことだけを押し通すとエゴになる。監督や共演者の方とやり取りしながら変化していく過程こそおもしろい。常に作品全体がどうなるかを一番に考えています」。オンオフの区別なく、誰とでも自然体で会話を楽しむ坂口の姿に、大先輩の渡辺謙から「清々しいやつだ」と評されたことも、大きな励みとなった。「主演だからと無理に大袈裟に振る舞うより、普通に現場に居ること。気持ちよく作品を創る姿勢をこれからも大切にしていきたいです」


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エネルギー源は、食と会話に生きる時間。
役を離れた日常では、人との関わりを何よりも大切にしている。「旅行や運動より、誰かとごはんを食べながら話している時間がいちばん好き。疲れていても、ただ他愛もない会話をするだけで自然と気持ちが楽になる。ストレスを溜め込まずに代謝できていると思います」。食への情熱も人一倍。特に肉が好きで、韓国の現場では、朝にサムギョプサルを食べながら焼酎を楽しむ「アッサムソ」という文化があることを、撮影中に監督とのやり取りを通して初めて知った。
「『今度、朝までの撮影があったらアッサムソしようぜ』って言われると、終わったらサムギョプサルが食べられる! そう思うだけでテンションが上がるんです。疲れていても、休む時間を取るよりも食事に行くことを選びたい。それくらい食べることが好きで、活力になるんです。話して、食べながら居眠りして、『いやいや寝てないよ』なんて言いながら、本当に寝てしまう......そんな他愛ない瞬間が好き。ああ、 生きているなって感じます(笑)」。一方で、YouTubeの心霊動画やホラー、世紀末ものにも強い関心を示す。「ウォーキング・デッド」のようなゾンビ作品が大好きだという。そこで、もし終末世界で生き抜くことになったらどうするかを問うと、「村を造って裏 ボスとして生き抜く。そんな妄想をよくします(笑)」と、チャーミングな笑顔で返してきた。
いままで以上に海外の現場でも信頼を得た坂口健太郎。その柔軟性と飾らない姿勢は、次作への期待をさらに高める。国境を越えて培った経験と変わらぬ自然体を併せ持ちながら、彼は軽やかに次の挑戦へ歩を進めていく。
1991年、東京都生まれ。2014年に映画『シャンティ デイズ 365日、幸せな呼吸』で俳優デビュー。17年に『64-ロクヨン- 前編/後編』で第40回日本アカデミー賞新人俳優賞を受賞。ドラマ「愛のあとにくるもの」で、2025国際ストリーミングフェスティバル グローバルOTTアワードの主演男優賞を受賞。多彩な魅力と実力で支持を獲得中。25年10月31日より、主演を果たした映画『盤上の向日葵』が全国公開。

『盤上の向日葵』
柚月裕子による同名小説の映画化。将棋を軸に、謎の殺人事件、人間の過酷な運命を解き明かしていくヒューマンミステリー。坂口健太郎の俳優としての新たな一面を浮き彫りにする。
●監督・脚本/熊澤尚人 ●出演/坂口健太郎、渡辺謙ほか ●2025年、日本映画 ●123分 ●配給/ソニー・ピクチャーズ エンタテインメント、松竹 ●10月31日より、丸の内ピカデリーほか全国にて公開 ©2025映画「盤上の向日葵」製作委員会
photography: Yasutomo Ebisu styling: Takayuki Tanaka hair: Shotaro(Sense Of Humour) text: Rieko Shibazaki