2012年に『母性』を発表した湊かなえは、この小説についてこう書いた。
女性であれば誰でも「母」になれるのでしょうか。そもそも、形もなく目にも見えない「母性」は、本当に存在しているのでしょうか。(新潮社発行の雑誌「波」より)
11月23日に公開される映画『母性』において、戸田恵梨香は大地真央演じる母親からの承認を一身に求めてやまない娘、ルミ子を演じた。自身が母になった時、ルミ子は娘、清佳(さやか)の自立心の芽生えに苛立ち、母親である自分と同化しない言動に得も言われぬ不愉快さを抱えるようになる。果たして、母娘ふたりが理解しあう日は来るのか。いつまでも娘でいたい母と、母から一度でいいので存分に愛されたい娘。母娘の断絶を、母側からの視点、娘側からの視点で廣木隆一監督が組み立てたこの挑発的な題材に、戸田恵梨香はいかに挑んだのだろうか?
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――ルミ子役は、戸田さんがこれまで演じてきた中で、最も受け身的なキャラクターではないですか?
お話をいただいた時、果たしてこの役を引き受けられるだろうかと感じました。「私じゃないほうが良くないですか?」という話はさせてもらいましたし、どう考えても向いてないと思いました。娘役の清佳のキャラクターだったら想像できる。年齢的にも、経験的にも高校生の母親役を演じられる気がしなかったのですが、プロデューサーの方がすごく熱く「戸田さんのルミ子が想像できる」と語ってくれたのが大きかったです。自分では想像できないキャラクターだけど、誰かが想像できるということは、演じられるのかもしれないなと。最近、リスクを背負って挑戦するということがなかったなと思い、それで受けることを決めました。
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――映画はルミ子の結婚前から始まりますが、大地真央さん演じる母親と“一卵性母子”と言えるような関係で、洋服もお揃いのようなものを選択して着ている。母親から承認されることを何よりの喜びとしていますが、脚本を読んだ時、どのように感じましたか?
脚本を読んだ印象からは、ルミ子は観ている人たちに“居心地の悪さ”を感じさせてしまう人というか。この物語は、ルミ子が自身の物語を神父様に話す内容として展開していくのですが、彼女が自身の物語を説明する際の言葉のチョイスが気持ち悪いんですね。私がこれまで経験させてもらった役はある程度、観客の共感を得られるように作っていた部分が多かったんですが、ルミ子に関しては、観客に共感させる必要性がない。この人はこういう人なのだと割り切るようにしました。ただ、彼女が願っている、いつまでもお母さんの娘でありたい、可愛がってもらいたい、愛されたいという気持ちは多分、誰しも持っている感情だと思うので、そこは気持ち悪くならないように演じました。
私がいちばんよりどころにしたのは、母親役を演じる大地真央さんでした。洋服やメイクが母とルミ子は瓜ふたつだと脚本に書いてあったので、外見だけでなく、考え方やしゃべり方まで母と似ているだろうなと判断して、撮影前に大地さんのお芝居の映像を見て、お芝居での呼吸の仕方や声の出し方を研究しました。ただ、実際に『母性』の現場では大地さんがどういう演技をされるのかがわからないので、早く大地さんとご一緒したいと思っていましたし、このアプローチでいいのか、よくないのかの判断もできないから、気が気じゃありませんでした。賭けに出たとも言えます。
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――『母性』はおもしろい構成で、母のルミ子側からのエピソードと、娘・清佳の目線で語るエピソードが前編、後編のように描かれ、同じ出来事がまったく違う印象で語られるので、戸田さんと、娘役の永野芽郁さんはいわば二役を演じているのと同じではないかと想像しますが、どちらに軸足を置かれましたか?
脚本の中で、ルミ子の目線、清佳の目線と語り口がはっきり分かれていたので、そこは割り切って演じました。逆に言うと、ルミ子の目線も、清佳の目線で語られるエピソードもどちらも正しいわけではないという可能性を持ちながら芝居をしました。そもそも、ルミ子自身が気付いていない自分の二面性っていうのは必ずあると思っていて。傍から見ると二面性だけではなく、三面にも見えてくるのかなと。なので、よりどころにしたのはやっぱり大地真央さんの存在。“大地さんの包容力に自分がどれだけ甘えられるか”を大事にしました。この撮影当時、私は32歳だったと思うのですが、自分の年齢よりももっと子どもの頃の精神状態を思い出しながら演じていましたね。
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――2021年のドラマ『ハコヅメ〜たたかう!交番女子〜』(日本テレビ系)で永野芽郁さんと共演されていますが、撮影はこちらのほうが先だと聞いています。今作では後半、ルミ子に対する高畑淳子さんが演じる義母の理不尽な振る舞いに気付いた清佳が抗議する場面がありますが、そんな清佳に対し向けるルミ子の視線の報酬は印象的です。個人的に清佳の表情で心に残っている場面は?
清佳はルミ子に対して、どちらかというと忠誠心を見せるキャラクターでした。なので、私としては完成した作品を観た時、清佳が三浦誠己さん演じる父親に対して抗議している表情を見て、こういう顔をしている時があったんだと驚きました。このシーンは予告編にも入っていましたね。
――廣木隆一監督は今秋、『あちらにいる鬼』、この『母性』、そして『月の満ち欠け』と3本の映画が公開されますが、演出にはどういう特徴がありますか?
廣木さんからは何か演出されたという記憶は基本的になくて(笑)。ただ、俳優の顔をよく見てらっしゃるなあと思います。女性のことがわかる、わからないというよりも、俳優の演技やアイデアを受け入れてらっしゃるんだろうなと感じますね。
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――演じ終わってみて、戸田さんは“母性”というものをどう考えましたか?
実際に子どもはいないので、いま現在は自分の愛犬に対し母性を感じるしかないですが、すごくべたべたしていたいタイプなんです。どこかに行こうとしたら、『どこにいくの?ここにいて』と言ってしまいます。でも猫を飼っている友人は、自由気ままにさせているようで、ペットとの距離感も人それぞれ違う。自分が産んだ子どもに対してどうなるかは、それはまだわかりませんが、自分の考えを押しつけないで、笑顔で過ごせる母であれたらいいなと思います。
ルミ子に関しては、こんなことをいうのは失礼ですけど「この人が救われることはないんだな」と思ってしまいました。彼女のことを本質的に救ってあげられる人はいなかった。でも、清佳はその母に引きずられることなく、自立しようという姿がある。そういう意味で、これは楽しむ作品ではないと思っているんです。でも、考えるきっかけにはなる。自分が母親としてやっていけるのか、不安に思う方はたくさんいらっしゃると思いますが、みんな完璧じゃないということを、この作品を通してきっと感じられるだろうなと。人生のひとつの参考書として観てもらえたらいいなと思います。
●監督/廣木隆一
●出演/戸田恵梨香、永野芽以、三浦誠己、中村ゆり、山下リオ、高畑淳子、大地真央ほか
●2022年、日本映画
●116分
●配給/ワーナー・ブラザース映画
11月23日(水・祝)から全国にて公開
wwws.warnerbros.co.jp/bosei
©2022 映画「母性」製作委員会
text: Yuka Kimbara photography: Mirei Sakaki styling: Yoko Kageyama(eightpeace) hair&make: Haruka Tazaki