ロシアと松山で、阿部純子が演じたふたつの女性像。

インタビュー 2019.03.22

カンヌ国際映画祭に出品された、河瀬直美監督作『2つ目の窓』(14年)では、まさにカメラに愛されたヒロインとして鮮烈に世界のスクリーンに飛び出した阿部純子。昨年は白石和彌監督の大ヒット作『孤狼の血』(18年)や、深田晃司監督『海を駆ける』(18年)など、話題の監督作に出演。対峙する者をその大きな瞳で吸い寄せてしまう彼女が、日露合作映画『ソローキンの見た桜』で日露戦争時と現代というふたつの時代に生きた女性二役に挑んだ。

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『ソローキンの見た桜』で看護師ゆいを演じる阿部純子。

日露戦争時に愛媛県松山市に作られたロシア人収容所で、傷ついたロシア人将校ソローキンの手当をする看護師ゆいと、ロシアに取材に行く予定のTVディレクター桜子を演じた主演作への思いを聞いた。

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ふたつのまったく異なる女性像を見事に演じた阿部純子。

−−激動の戦争時代と現代に生きるふたりの女性の物語。最初に脚本を読んだときの印象はどのようなものでしたか?

初めて脚本を読んだ時は、驚きがありました。というのも、日露戦争時代にこんな事実があったことを知らなかったので。そういう驚きの感覚が桜子に通じると思いました。だから現場でも、桜子を演じる時は、なるべく私自身の感覚に近いような形で演じました。

一方のゆいは、弟をロシアとの戦争で亡くしていながら、ソローキンと恋に落ちる。そういった深い背景があるので、ゆいを演じるには慎重にならなくてはと思いました。この物語は実際にあった収容所の実話をもとにして作られているので、捕虜収容所にいた日本人、ロシア人の方々の日記を読んだり、当時の資料や原作を読んだりして、日露戦争中に人々がどういうふうに生きてきたのかをしっかり演じられるように準備しました。

−−慎重に演じたかった、ゆいの複雑な人物像を具体的に教えてください。

ゆいは、周りの人、たとえば家や父親の教えなど、守らなければならないものがある時代に生きた女性なので、内に秘めた思いがあるだろうと感じて、そこを表現したいと思いました。一方で、桜子の場合は、どちらかというと自分の主張を持っていて、それをちゃんと男性に対しても伝えられるような活発な強い女性像だったので、その違いを注意して演じました。

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ロシア兵将校のソローキン(ロデオン・ガリュチェンコ)と、日露戦争で弟を亡くした看護師のゆい(阿部)は次第に惹かれ合っていく。

−−看護婦の衣装を着て、凛としたゆいはスクリーンでとても大きく見えたのですが、実際の阿部さんは思いのほか華奢で小柄で。あらためて、阿部さんがいかにスクリーン映えするかということがわかりました。このレトロな看護師の衣装というのは、役作りに役立ったでしょうね。

実際の資料をもとにして衣装部さんが手作りした衣装でした。ゆいの着物も、その当時に使われていた着物を使って、髪型も当時の姿を参考に結っていただきました。役のイメージを膨らませるうえで、型から入れたことはすごく助けになり、ありがたかったです。あとロケーションのセットも、美術の方々がすごく丁寧に作ってくださったので、その中に立つだけで、物語の中にいる感覚がして、すごく自然と演じられたのを憶えています。

−−着物を着るシーンも多く、強さとともに柔らかさを感じました。

もともと着物は大好きで、主演でこうして長くお着物でいるのは初めてだったのでうれしかったです。作業をする時などに着る普段着は、縞や格子模様のシンプルなお着物。洋館でお見合いをするシーンがあるんですが、その時は赤い豪華なお着物でした。その赤い着物がいちばんのお気に入りでした。いつか時代劇に出たいと思っているので、日本舞踊を習っています。週に1回、1時間半ほどお稽古しています。あとは、大好きな歌舞伎を見て、着物の所作を勉強しました。

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白衣を纏って生き生きと働く、若き看護師たち。

−−ゆいは、戦争前は英語教師をしていた設定です。ソローキンと恋に落ちるゆいは、松山という地方にいながら、海の外に目を向けた開かれた女性だったのでしょうか。

当時、英語教師になるということは、とても勉強して、きっと日本だけではなくて、いろいろな価値観を知りたいという好奇心旺盛な女性なのかなと感じていました。

−−禁断の恋ということで、恋人たちの会話はあまり多くありませんが、ゆいはソローキンのどういうところに惹かれたと思いますか。

いろいろ縛りのある戦時中という暮らしの中で、ゆいの生き方は確かに自由度が高いわけではありません。でも、ロシア人捕虜収容所で、新しい考え方や、優しさにもさまざまな形があるということを知ったのかなと。捕虜収容所なのに、なぜか自由に羽を伸ばせるような感覚を覚えて、その先にソローキンがいたんじゃないかなと思いました。

−−捕虜収容所は、実際に松山にあったものだそうですが、映画に描かれたような悲恋や逸話が実際にはあったんでしょうか。

映画にも登場しますが、日本女性の名前とロシア男性の名前が刻まれたコインが実際に見つかっていたり、日記が残っていたりするので、実際にあったお話なんだと思います。そういった史実は、私としても新鮮だったので、演じる上でも大切にしなきゃと思いました。

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ロシアと日本の、多彩な共演者たち。

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ロシア兵将校ソローキンを演じたのは、ロデオン・ガリュチェンコ。コメディからシリアスな作品まで、幅広い演技に定評のある若手俳優。

−−お相手のソローキン役のロデオン・ガリュチェンコさんには、どういう魅力を感じられましたか。

ロデオンさんは、役と打って変わってすごくひょうきんでチャーミングな方なんです。そういったギャップも素晴らしいなと思いましたし、役柄のソローキンとしては、ゆいの心の痛みも理解しようとしてくださるし、そういった姿勢、決して強制的に理解させようとするのではなくて、恋人がわかってくれるまで待つ。その待つ姿勢が素敵で、ゆいがソローキンに惚れてしまった気持ちがわかる気がしました。

−−また今回、大ベテランの山本陽子さんとも共演なさっていますね。

山本陽子さんは、現場をいつも和やかにしてくださる、とても気持ちのよい方でした。私がゆいのお芝居について迷っていると相談したら、「その時のフィーリングでいいよ」って。山本さんがおっしゃる言葉だからこそ説得力がありました。山本さんは、すごく頼りがいのある人生の大先輩です。

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山本陽子(左)が桜子の祖母役で特別出演。

−−収容所長のイッセー尾形さんが、コメディリリーフのような役柄で。

尾形さんの役作りには本当に学ぶことばかりでした。役のイメージを絵で描いて、こんなイメージなんじゃないかって、皆さんと共有されているのを見て面白かったです。また脚本では厳格な所長として書かれていたのに、出来上がった映画を見て、こんなに尾形さん、ユーモアたっぷりのお芝居をされていたんだ!とビックリしました(笑)。本当に素晴らしいなと思いました。

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収容所長役を演じたイッセー尾形(中央左)と、実在の人物ボイスマン大佐役を演じたロシアの国民的俳優アレクサンドル・ドモガロフ(中央右)が対峙するシーンは見どころのひとつ。

−−では、現代のパートでご一緒の斎藤工さんとのお芝居はいかがでしたか。

斎藤工さんは、本当に多彩な方だなという印象を受けました。映画監督でもあるので、現場の雰囲気を瞬時にとらえて。そういった部分は、すごく頼りになるなと感じました。また現場での空き時間にも、現場の方々をすごく気遣っていらっしゃったり、アンテナを常に張ったりされていて。現場全体を見ていらっしゃるんだなと、勉強になりました。

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桜子の先輩であるTVディレクターを演じた斎藤工。

−−ロシアでの撮影の思い出は?

ロシアのロケはサンクトペテルブルクで行われました。元は冬の宮殿だった、エルミタージュ美術館にずっと行きたいと思っていたので、オフの日に訪れました。ヨーロッパ中の美術品が集められていて、本当に豪華。何日間でも通ってずっと見ていたかったくらいでした。

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サンクトペテルブルクでは「フィガロジャポン」の連載「齊藤工 活動寫眞館」の撮影も行われた。 photo : TAKUMI SAITOH

−−日本とロシアの合作映画に主演して、今回どんな経験になりましたか。

ロシアの方は恋心を言葉で伝えたり、表情や行動で伝えるたりすることに対して、恥じらいがあまりないような感覚を覚えました。私は日本人なので、愛の言葉を直接いただくと恥ずかしい。その感じ方の違いを実感する撮影でした。

また恋の話以外でも、私は日本人の解釈で脚本を読みますが、ロシアの方は別の解釈で台本を読んでいらして。そのすり合わせをする中で、こんなに違いがあるんだという発見がありました。監督ご自身は「どちらの解釈もあっていいと思うし、柔軟性こそがこの映画の見どころのひとつなんじゃないか」というふうにおっしゃっていて。いろいろな見方があっていい、正しさを求める映画じゃないんだと。井上雅貴監督ご自身が、日本語とロシア語の両方を操る方で、日本とロシアを繋ぐ監督だからこそ伝えられる物語だったんだと感じられた経験でした。

阿部純子 JUNKO ABE
大阪府出身。『リアル鬼ごっこ2』(2010年)でヒロインに抜擢される。主演を務めた河瀬直美監督『2つ目の窓』(14年)は第67回カンヌ国際映画祭のコンペティション部門に出品され、またサハリン国際映画祭主演女優賞を獲得。その後渡米、ニューヨーク大学演劇科で学ぶ。帰国後、NHK連続テレビ小説「とと姉ちゃん」(16年)などのドラマ・映画に出演。
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『ソローキンの見た桜』
●監督・脚本・編集/井上雅貴 
●出演/阿部純子、ロデオン・ガリュチェンコ、山本陽子、アレクサンドル・ドモガロフ、斎藤工、イッセー尾形
●2019年、日本・ロシア映画
●配給:KADOKAWA
●3月16日より愛媛県先行公開、3月22日より角川シネマ有楽町ほか全国にて公開
https://sorokin-movie.com
©2019「ソローキンの見た桜」製作委員会

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interview et texte : REIKO KUBO

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