大村真理子の今週のPARIS
以前デパートが改装すると、目玉は靴売り場だった。最近の話題は、ジュエリー売り場の拡張や刷新だ。例えば、ギャラリー・ラファイエットの2階の売り場。まあ、よく集めたものだと感心したくなる、ブランド数である。
そもそも、この2〜3年、パリでは女性による新しいジュエリーブランドが続々と生まれている。それもアクセサリーの域を超え、ダイヤモンドやルビー、半貴石をあしらった本格的なものだ。2013年の今年も、このブームはきっと続くことだろう。パリジェンヌをジュエリーのクリエーションにかきたて、また、パリジェンヌをジュエリー入手へとかきたてる裏には、ディオール ファイン ジュエリーのヴィクトワール ドゥ カステラーヌの存在が小さくないといえる。

2012年9月に骨董ビエンナーレがグラン・パレで開催された。もともとはアンティーク商たちのサロンだったはずが、今やジュエラーのフェアといったほうが良い勢いである。ディオール・ジョワイユリーもビエンナーレに今回で三度目の参加を果たした。出品されたのは、ムッシュ・ディオールの時代のクチュールジュエリーをリアルジュエリーに再現したもの。コレクション名はDear Dior。一点ものだけでもブレスレット2点、イヤリング7ペア、リングが11点とかなりの点数である。そして、再制作可能なものが10点。これまでと少々異なるタイプのジュエリーだったのが興味深い。今年は、このジュエリーに似たものが市場に多く出回るのかもしれない。デザインをしたヴィクトワール ドゥ カステラーヌに話を聞いてみた。
----今回、花やスカルといった具象的なデザインではないのは、なぜでしょうか。
「これまでと別のことがしたかったからなの。自分自身で飽きてしまわないように、同じことはしたくない、という気持ちが常にあって......。それに私自身の変化もあります。例えば、今回のように、よりクラシックなジュエリーを創ってみたい、というような。クラシックといっても退屈なクラシックじゃなくって......そうね、より抽象的なジュエリーというのがいいかもしれません。いろいろなスタイルを試すことを課すのは、自分にとっても良いことだわ」

----コピーをされることにウンザリして、ということもありますか。
「コピーされるというのは、他のことをしてみよう、という気になることの役にたつといえるわ。もっとも、今回は先に話したように、そうした動機ではないけれど」
----インスピレーションとなったのは何ですか。
「1950年代のムッシュ・ディオールのショーで使われていたアクセサリーからインスパイアされました。当時はコスチュームジュエリーですが、私はそれをダイヤやルビー、ダイヤモンドなどの貴石で創ったというわけです」

(右)ショーの前、お気に入りモデルの一人ヴィクトワールにジュエリーをフィッティングするクリスチャン・ディオール。有名な長い指示棒を脇に抱えている。photo Mark Shaw
----ディオールのアーカイブを活用したのは初めてではないですね。
「ええ、いつも私なりのやり方で活用していますよ。今回は、ゼロからの出発というより、別な方法での出発というか、例えば刺繍やレースを裏側に使うというように。ディオールはクチュールメゾンなのだから、アトリエの仕事に眼を向けるのも面白いだろう、ということで......」
----ではデザインは裏から始めたのですか。
「いえ、違います。2011年に発表したle Bal des rosesでは、バラを女性に例えました。今回は、いってみれば指輪がドレスで、そのドレスの裏が総レースといったイメージなの。これまでの花のように具象ではないけれど、いつものように物語を語るジュエリーであることに変わりはないわけです」
イヤリングも指輪も、裏側まで信じられないほどの美しさ。
----技術的な面で今回のための新しい開発などありましたか。
「ええ。石のはめ込みの技術です。夜、飛行機が着陸するときに窓から外をみると、街の小さな明かりがいろいろな高さできらきら輝いて見えるでしょう。そのイメージで石を嵌め込んだんです。石に高低がつくように爪をさまざまな高さに置きました。ステップセッティングという名前です。正面から見た時にはわからないかもしれないけれど、横から見るとジュエリーが平らではないのがよくわかりますよ。過去にこうしたジュエリーがあったかどうかは知りませんが、このためにパリで最高の嵌石師と仕事をしました。これによって色がいろいろなレベルで光を捕らえることになるんです。動きが感じられて、ジュエリーがより生き生きとするでしょう」

----ゴールドでレースや刺繍を再現した裏側もとても美しい。仕事量は二倍というわけですね。
「確かに。裏側にはアーカイブに残されているムッシュ・ディオールが使ったシャンティイやギピュールといったレース、刺繍をそのまま正確にモチーフに使ったんです。これはゴールドをとっても薄く使っています。これほどの薄さはこれまで存在した技術では不可能で、新しい技術を必要としました」

----多くの種類の石が使われていますね。初めて使った石もありますか。
「エチオピアのウェロオパールでしょうか。かつて特別オーダーで使ったことはあるかもしれませんが......。珍しい石を使うように、いつも心がけているんですよ。最初にジュエリーを想像するときは、まず色調を想像し、それから実際に石をみながら、洗練を求めます。石の色合わせはフィーリングで。いろいろな石の間に最高のハーモニーをみつけるよう意識しています。何かモダンにしようとかそうしたことは意図していません。ひとつのジュエリーの中で最高の色合わせをみつけるのって、仕事の中でもかなり楽しい部分ですね 」
----今回、ネックレスがありませんね。
「アーカイブのコスチュームジュエリーには確かにネックレスが多く、指輪はありません。でも、私はネックレスを創りたいと思わなかったので。むしろ、指輪、ブレスレット、イヤリングの揃いのパリュールをつくるほうが面白いと思ったから 。一番身につけやすく、顔の表情や仕草を美しくみせてくれるアイテムですから」
----女性がデザインするジュエリー、男性がデザインするジュエリー。違いを感じますか。
「確かに女性がデザインするジュエリーと男性がデザインするジュエリーは違いますね。でも、今日の事情はもう少し複雑だと思うの。というのも、一番大きな違いは男女ではなく、スタジオのチームがデザインしてるのか、どうかということです。ディレクターがいて複数のデザイナーによる仕事なのか、一人の人間の趣味が反映されたデザインのジュエリーか、ということ。マーケティングから生まれるジュエリーは、同じ人の手から生まれていないことが明快でしょう。これって、残念なことですね。というのも、それは一点もののジュエリーをクリエイトすることに適合しないと私は思うんです」
----ディオールのアーカイブにはコスチュームジュエリーはあっても、リアルジュエリーはありませんね。それは仕事をする上での利点ですか。
「そうですね。快適なことって、誰かの遺産を受け継ぐよりも、何もないゼロからのクリエーションですからね。もっとも、もし過去のクリエーションが何かあったとしたら、きっと、それとはまったく別のことをしていたと思います」
----過去の女性で誰のジュエリー・コレクションに惹かれますか。
「ヘレナ・ルビンスタインでしょうか。素晴らしいコレクションを持っていたと思います。彼女は宝石狂で、ジュエリーを買いまくっていました。そして、身体中をジュエリーで覆うような付け方をしていて......。これ、すごく好きです。当時はそうしたことも簡単にできましたけど、安全とはいえない今の世の中では、それは難しいですね。もっとも彼女にはドライバーがいて、ストリートをジュエリーをじゃらじゃらつけて歩いたわけではないでしょうけれど......」
----個人的に好むジュエラーはラリック、ボワヴァン、ベルペロンということですが、その理由は何でしょうか。
「ラリックについては、女性を愛する男性が創ったと感じることのできるジュエリー。ジュエリーの中に、その女性への愛を祝福する気持ちがこめられています。自由がありますね。でも子供の頃は、彼のジュエリーにはどこか恐ろしさが感じられて、好みではなかったんですよ。大きくなるにつれて、なんとまあポエティクなジュエリーだろう!と。今の時代、これほどハートがこめられ、誘惑的なジュエリーがあるでしょうか。ボワヴァンは、石の扱いかたが因習的ではなく自由なところが好きですね。ベルペロンについては、その力強さゆえ。素材をミックスし、モダニティを感じさせるジュエリーを創っていたメゾンです」