今年大注目の映画『イン・ザ・ハイツ』監督が語る、音楽の力とアジア人の誇り。

インタビュー 2021.07.29

トニー賞4部門とグラミー賞最優秀ミュージカルアルバム賞を受賞したブロードウェイミュージカルの映画化『イン・ザ・ハイツ』。移民が多く住むNYのワシントンハイツを舞台に、厳しい現実に直面しながらも夢を追う若者たちの姿を描くエンパワームービーだ。監督は大ヒット作『クレイジー・リッチ!』(2018年)の成功で時の人となった中国系アメリカ人ジョン・M・チュウ。彼が新作で試みた、新しい挑戦とは?

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トニー賞4冠を果たしたブロードウェイミュージカル。舞台から設定を刷新し、待望の映画化。

――前作『クレイジー・リッチ!』の成功は、あなたの人生に何をもたらしましたか?

『クレイジー・リッチ!』は僕の人生を大きく変えました。いろいろな作品の話が来たり、人々の僕に対する接し方が変わったり。でもそれ以上に、映画の力、つまり映画を作っている時に僕たちの手の中にある、物事を変える力を実感できたことが大きいですね。

あの作品は「オールアジア人キャストで映画を作ろう」という僕たちの決断がもたらした結果でしたから。もっといえば、「映画の周辺に起こっていたマイノリティにもっと目を向けよう」というムーブメントが、あの作品を生むきっかけになったと思うんです。僕は、少なくともその一端を担えたことをとても誇りに思っています。まだまだやるべきことはたくさんありますが。

――新作『イン・ザ・ハイツ』もマイノリティの人々が主人公です。大都会の片隅で力を合わせて生きていくこと、またコミュニティの力やその重要性を描いていますね。

僕は、この作品の製作を通して、僕自身の(中国系の)コミュニティで体験してきたことと、まったく異なる文化背景を持つ人々のコミュニティ体験は、実は、それほど変わらないということに気付きました。希望や喜びを表現する方法は違っても、音楽のスタイルが違っても、高揚感の表現方法が違っていても。

僕が育った地域は、『イン・ザ・ハイツ』の舞台となったワシントン・ハイツと比べれば少し控えめなところがあるけれど、同じように楽しく、同じように活気に満ちていて、人々はお互いを思い合っている。僕たちはひとりではないんです。それがいちばん大きな学びだったと思います。

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音楽は誰もが理解できる「真の芸術」。

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本作撮影中のチュウ監督(左から2番目)。

――撮影のため、ワシントン・ハイツの中に入って行って、彼らとコミュニケーションを取る中で、文化や背景が違う人達が理解し合い、上手くやっていくポイントはなんだったのでしょうか?

最も大事だったことは、彼らの話を聞くこと、彼らを見ること、彼らと食事をともにすることでした。街角にあるカフェで史上最高のカフェコンレチェを飲んだり、(作詞・作曲を手掛けた)リン=マニュエル・ミランダと一緒にピラグア(かき氷)を食べたり。リンは、愛をもってこの街のことを僕に教えてくれました。だから僕は、愛を注ぎ込み、この作品を世界と分かち合いと思ったんです。

――コロナ禍において、人と人とが助け合う重要性が増していると思いますが、一方で、ソーシャルディスタンスが必要となり、人々は集うことが難しくなっていますね。

『イン・ザ・ハイツ』が、再びみんなが集まれる新しい1ページとなるような作品であればと思っています。このパンデミックをともに乗り越えたならば、コミュニティや家族のみんなが、再び立ち上がる助けになる。そんな時、多くの葛藤を経験し、窮地に苦しむことを知っているワシントン・ハイツほど頼りになる存在は他にないかもしれません。

――この作品には音楽、ダンス、映画という要素があるわけですが、コロナ禍において大変制限を受けました。その中であなたはエンターテインメントの可能性について何を考えましたか?

音楽は、真の芸術だと思います。音楽は、その人が実際にどんな言語を話そうとも、誰もが理解できる言語だということです。動きやダンスもまた普遍的な言語です。だからこそ、ミュージカルは映画で生きる。どんな境界線も年齢も超えるものだから。いまの時代、我々はいままでみたいに音楽に対してお金を払う必要もなく、世界中のいろいろな音楽に指先ひとつでアクセスできます。僕たちの脳はこれまでにない速さで拡張し、それらすべてに関する新しい知識を使って、個々の人間の物語を綴ることができるようになりました。孤独を感じることがどういうことなのか。夢を見ること、切望するということはどういう気持ちなのか。いま、僕たちが手にしているものは、とてもパワフルなものです。

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アジア人であることを誇りに思う。

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多彩なルーツを持つ俳優、ダンサーたちが画面いっぱいに踊り騒ぐ!

――音楽の力といえば、最近はBTSがアメリカでも大変成功しています。アジアのポップスがこれほど世界的に広がるとは想像していましたか?

僕がどうこうできることじゃなく、業界が操作できることでもない。それはもうすでに起きていることです。国境を越え、それがどこの音楽であっても聴きたい音楽、最高の音楽が作られているところの音楽を聴くというのがいまの世代。

むしろ、こうなるまで思ったより時間がかかったなと思っています。いまのBTSのような存在を止めることはできません。業界が認めようが認めまいが、彼らは自分たちの音楽活動をするだけなんですから。良い音楽は良い音楽。それは人と人を繋げるような音楽だと思います。

――映画界でももちろん、『ノマドランド』のクロエ・ジャオ、『フェアウェル』のルル・ワン、『ミナリ』のリー・アイザック・チョンなどアジア系映画人の活躍が目立ちます。いっぽうで、コロナ禍でアジアンヘイトもありました。いま、あなたがアジア系米国人として感じていることは?

アジア人であることをとても誇りに感じているし、いままでの人生でいちばんアジア人であることを誇りに感じています。昔は、アジア系アメリカ人の監督として見られたくないと思っていましたが、いまでは「そうだ、僕はアジア系アメリカ人の監督だぞ!」という感じです。

以前は箱に押し込められるのが当たり前のように感じていたけれど、本当は箱なんてない。その箱は誰かほかの人が作った箱だったんです。そしていま、僕たちは、ずっと大きな存在であるということを見せることができています。僕たちは多様な人間であり、スタイルやタイプ、年齢やテイストを持っていて、こうやってストーリーテリングをしている。それを止めるものは何もない。それがどんな箱であったとしても、僕たちを戻すことはできません。

だから僕はいま、とても誇りに思っています。アジア人に対するヘイトという混乱の中にあっても、彼らにはこの力を奪うことはできませんし、僕たちは僕たちのやり方を続けていくだけです。

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ジョン・M・チュウ(壇上右)/1979年、カリフォルニア州パロアルト出身。南カリフォルニア大学在学中に制作した短編映画がスティーブン・スピルバーグの目にとまり、『ステップ・アップ2 ザ・ストリート』(2008年)で長編映画監督デビュー。アジア系キャストをメインに描いた『クレイジー・リッチ!』(18年)が大ヒットを収める。プロデューサーとしても活躍し、TVシリーズ「レポーター・ガール」(20〜21)などの製作に携わっている。

『イン・ザ・ハイツ』
監督/ジョン・M・チュウ 
2021年、アメリカ映画 143分 
配給/ワーナー・ブラザース映画
7月30日より、丸の内ピカデリーほか全国にて公開
https://wwws.warnerbros.co.jp/intheheights-movie.jp

新型コロナウイルス感染症の影響により、公開時期が変更となる場合があります。最新情報は各作品のHPをご確認ください。

text: Atsuko Tatsuta

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