ダメ男に惹かれたフェミニストの半生を描く、『ミス・マルクス』。

インタビュー 2021.09.24

ヴェネツィア国際映画祭で2冠に輝いた『ミス・マルクス』は、思想家カール・マルクスの娘エリノア・マルクスの半生を描いた伝記映画だ。1883年、イギリス。最愛の父カールを失ったエリノア・マルクスは劇作家、社会主義者のエドワード・エイヴリングと出会い恋に落ちるが、不実なエイヴリングへの献身的な愛は、次第に彼女の心を蝕んでいく……。

社会主義とフェミニズムを結びつけた先駆者である女性のストーリーがいま、スクリーンに蘇る意味とは? イタリア出身の気鋭スザンナ・ニキャレッリ監督に聞いた。

Susanna Nicchiarelli_1_Photo by Emanuela Scarpa.jpg
撮影中のスキャレッリ監督。photo:Emanuela Scarpa

――あなたのヴェネツィア国際映画祭の「オリゾンティ」部門で大賞を受賞した前作『Nico.1988』(2017年)ではドイツ出身のシンガー、ニコを取上げていますが、『ミス・マルクス』では、19世紀のイギリスの活動家エレノア・マルクスをテーマにしています。これらの女性たちに惹かれた理由は? なにか共通点はあるのでしょうか?

私は、広い意味でヨーロッパの女性たちに興味があるんです。彼らはイタリア人ではありませんが、私は彼らのヨーロッパ的なアイデンティに惹かれているのだと思います。前作で描いたニコは、ドイツ人ですがアメリカでも活動し、1980年代にはまたヨーロッパに戻ってツアーをした。彼女のアイデンティティを語ろうとすれば、ドイツだけではなく、イタリアを含めたヨーロッパ的なものを語ること。

同様に、1850年代にイギリスで生まれたエレノアは、フランスやベルギーなどに住んだ経験や、イタリアとの関わりも深かった父親の影響もあり、イギリスというひとつの国やカルチャーに収まりきらない感覚を持っていました。いま準備している次作『Chiara』は、12〜13世紀のイタリアの聖人(アッシジのキアラ)についての物語です。彼女はイタリア人ですが、とてもヨーロッパ的な人だと思います。

 

 

---fadeinpager---

なぜマルクスの娘を主人公に?

E_zqQGDVkAsN50d.jpg
『資本論』を書いたカール・マルクスの末娘、エレノアを主人公に物語は展開する。Photo: Emanuela Scarpa

――そもそも19世紀の女性であるエレノアに興味を持ったきっかけはなんですか?

19世紀はとても興味深い時代だと思います。19世紀に生きたとある女性についての本を読んだのですが、その中で、エレノアについて言及している文があったんです。「ボヴァリー夫人」を翻訳したが、最後はボヴァリーのように愛のために自殺した、と。彼女は『資本論』を書き、歴史を変えた思想家のカール・マルクスの娘でもありました。それで、彼女について調べ始めたのですが、彼女は翻訳者として働く一方、アクティビストとして活動していたことにも興味を惹かれました。

――彼女はアクティビストであり、女性が働くことに対して意識的だったにも関わらず、自分のパートナーとの関係には、それを反映してはいなかった。有名な思想家である父との葛藤もあった。聡明な女性であるにも関わらず、愛する男性たちとの関係が上手くいかないことが、この作品でも描かれますね。

私たちの友だちにも、「もうそんな夫や恋人とは別れたほうがいいんじゃない」と思うような人はいますよね。エレノアと夫のエドワードの関係は、調べれば調べるほど、とても救いようがない。映画の中でも友人に、「別れなさいよ」といわれるシーンがあるのですが、「いいえ、彼を深く愛しているの」と答えますよね。

私たちの人生において、これはよくあること。どう考えてもモラルのない彼を、エレノアは、「彼は、子どものようだ」とか「なんでもすぐ忘れちゃう」とかいって、許してしまう。彼の軽率さやいい加減さを、彼女は愛したけれど、一方でそれが彼女をいちばん傷つけた理由でもあるのです。恋に落ちると、相手に依存したり感情的になったり、理性によるコントロールが効かなくなる。

ただし、エレノアは、犠牲者ではないんです。彼女自身、彼がとんでもない男だとわかっていて、自分の意志で手放さなかった。それは、彼女自身の選択だった。なぜ私が彼女のストーリーを映画にしたかというと「それでも彼女は、その愛を選んだ」というところに興味を覚えたからです。

---fadeinpager---

“意識的である”という、いま最も必要な姿勢。

8b69737f069ae42d24bd5a754239bbf031a799ae.jpg
エレノアによる、ラストの象徴的なダンス。Photo: Emanuela Scarpa

――19世紀が舞台のコスチュームプレイにも関わらず、パンクロックを採用した音楽が話題となりました。なぜ、アメリカのパンクバンド「ダウンタウン・ボーイズ」の曲を使ったのですか?

最初にダウンタウン・ボーイズの曲を聞いたのは、ブルース・スプリングスティーンの曲のカバー「ダンシング・イン・ザ・ダーク」を聞いた時でした。とても気に入りました。ちょうど、この脚本を書いている時だったのですが、彼らの音楽の中にある絶望感だったり暗さは、まさにいまを語っていると思えたんです。

私たちは、いま、変わらなければならない、何かを変えなければならないというプレッシャーを感じているけれど、では、どう変わればいいのか、という答えは出ていない。そのフラストレーションを訴えかけてくるような圧倒的なエネルギーが気に入りました。フロントマンのビクトリアの声も好きでしたしね。彼女の声に象徴されるパワーは、エレノアのエネルギーに近いと思ったのです。映画の最後では、ロモーラ・ガライ演じるエレノアに、曲に合わせて歌って踊らせました。ある意味、破壊的で複雑なメッセージのある曲だけど、とてもパワフルです。

――エレノアの物語が、いまの観客たちに訴えかける理由は何だと思いますか?

エレノアは、子どもを産まないことを選択し、恋人との関係も自分自身で決めました。しっかりと自分の足で立っていた女性でした。イプセンの『人形の家』のノラ、あるいは『ボヴァリー夫人』のような人間ではないことを、エレノア自身はとても自覚していたと思います。そこが現代的だと思います。

エレノアは、女性の権利、そして義務はなんなのか、または、女性が社会的な活動をする場合、何を知らなければいけないのか、歴史のこと、制度のこと、すべて理解している知的な人でもあり、未来も見据えていました。そういったことに意識を向けることがほとんどなかった当時の女性たちの中で、飛び抜けた存在だったのです。彼女の“意識的である”という姿勢は、いまの時代に最も求められることですよね。

Susanna Nicchiarelli foto e c di Matteo Vieille _DSF9248.jpg

スザンナ・ニッキャレッリ/Susanna Nicchiarelli 1975年、イタリア、ローマ生まれ。ピサ高等師範学校で学び、哲学の博士号を取得。2004年にイタリア国立映画実験センターの映画演出科を卒業。09年に『コズモナウタ 宇宙飛行士』で長編監督デビューを果たし、ヴェネツィア映画祭コントロカンポ・イタリアーノ部門で受賞、ダヴィッド・ディ・ドナテッロ賞で新人監督賞にノミネートされる。17年に『Nico,1988』(17)を監督。同作でヴェネツィア映画祭オリゾンティ部門作品賞、ダヴィッド・ディ・ドナテッロ賞で脚本賞含む4部門受賞に輝いた。本作『ミス・マルクス』は、2020年のヴェネツィア国際映画祭コンペティション部門に出品され2冠に輝き、2021年にダヴィッド・ディ・ドナテッロ賞11部門ノミネート、3冠を果たしている。© di Matteo Vielle

「ミス・マルクス」
●監督/スザンナ・ニッキャレッリ
●出演/ロモーラ・ガライ、パトリック・ケネディ、フィリップ・グレーニングほか
●2020年、イタリア、ベルギー映画 107分
●配給/ミモザフィルムズ
●シアター・イメージフォーラム、新宿シネマカリテほか、全国にて順次公開中
©2020 Vivo film/Tarantula
https://missmarx-movie.com/

 

text: Atsuko Tatsuta

Share:
  • Twitter
  • Facebook
  • Pinterest

フィガロワインクラブ
Business with Attitude
キーワード別、2024年春夏ストリートスナップまとめ。
連載-パリジェンヌファイル

BRAND SPECIAL

Ranking

Find More Stories