ムーミンの世界の裏には、女同士の愛がある。
ザイダ・バリルート|映画監督
トーベ・ヤンソンのムーミンシリーズは子どもでも理解できる内容だが、小説版で通底する登場人物たちの言動や発想は、常識や固定概念で硬直しがちな大人の読者の頭をゆっくりと解す深さがある。果たしてトーベ・ヤンソンとはどのような女性であったか。研究本は多く出版されているが、彼女が最もラディカルに生きた時代にフォーカスしたのが映画『TOVE/トーベ』である。

1944年のヘルシンキ。戦時中に防空壕で怯える子どもたちに語った物語から、ムーミンを作ったトーベ・ヤンソン。爆風で窓が吹き飛んだアトリエで型破りな暮らしを始める。創作の葛藤や目まぐるしい恋愛を経て、トーベは舞台演出家ヴィヴィカ・バンドラーと出会い、惹かれ合っていく。ムーミンの原作者、トーベ・ヤンソンの半生を綴ったドラマ。『TOVE /トーベ』は10月1日より新宿武蔵野館ほか全国にて公開。
「私が目指したのは、この世界で自分の声と居場所を探し求めていた、若くて野心的な画家トーベ・ヤンソンについて話すこと。ヴィヴィカとの恋愛はトーベにとって人生を変えるもので、彼女はその恋愛を通して自分自身について多くのことを学びました」
そう語るのは、監督のザイダ・バリルート。長編5作目となる今作は、第二次大戦中、防空壕の中、爆音に怯える少年にムーミンの絵を描く場面から始まる。トーベには生涯のパートナーとなるグラフィックデザイナーのトゥーリッキ・ピエティラ(おしゃまさんのモデル)の存在が知られるが、この映画では終盤にちらりと出てくるのみ。ザイダが深堀りするのは若き日の知られざる恋愛で、ジャーナリストで政治家のアトス・ヴィルタネンと、舞台演出家のヴィヴィカ・バンドラーとの恋愛で揺れる時期である。アトスもヴィヴィカも既婚者で、特にヴィヴィカとの恋愛は当時、同性愛を法律で禁じていたフィンランドでタブーでもあった。当時のトーベの恋愛風景を性愛の描写も含め、肯定的に描いた理由は?
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「ヴィヴィカに恋をしたこと、トーベにとってはそれが自然で、正しく、素晴らしいことでした。彼女は他人からの評価をあまり気にしていませんでしたし、幸せでしたから。確かに当時、同性愛は違法でしたが、芸術界や自由奔放な仲間たちが彼らを守っていたのだと思います。人々は恐ろしい戦争が終わった後、人生と愛を楽しむために勤しんでいました。個人的に、性別が問題とならなかったふたりの女性についてのラブストーリーを描くことは素晴らしい経験になりました! ムーミンシリーズのトフスランとビフスランはふたりにしかわからない言葉を話しますが、それはトーベとヴィヴィカの完全にプライベートな場所から生まれたキャラクターだから。不思議で小さなキャラクターたちは、まさに愛の祝福です」
ザイダは「トーベは女性やマイノリティの権利、平和主義など、多くのグループや組織からロールモデルとして見なされていて、彼女は常に目立たない人々の側についている」と熱弁する。ラストで本物のトーベが激しく踊る映像が流れる。その情熱の源を知りたい。
1977年、フィンランド生まれ。チェコの名門映画学校FAMUを経て、ヘルシンキ芸術デザイン大学で学ぶ。長編デビュー作『僕はラスト・カウボーイ』(2009年)でフィンランド・アカデミー賞音響賞など受賞し、注目される。
*「フィガロジャポン」2021年11月号より抜粋
text : Yuka Kimbara photography: Marica Rosengard