名匠ルキノ・ヴィスコンティ監督の『ベニスに死す』(71年)で主人公を惑わす美少年タジオ役で一世風靡したビョルン・アンドレセン。あれから50年、60代となった彼の半生を追うドキュメンタリー『世界で一番美しい少年』が公開された。突然の名声は、未成年だった彼の人生にどんな影響を与えたのか。クリスティアン・ペトリ監督に聞く。

――ビョルン・アンドレセンの人生を映画化しようと思ったきっかけは何ですか?
スウェーデンでは(共同監督を務める)クリスティーナ・リンドストロムや私の世代なら、ビョルン・アンドレセンの名前は誰もが知っています。当時、彼が世界的にスターになったことをエキサイティングな出来事として見ていましたからね。けれどその後、彼は表舞台から姿を消してしまい、忘れられていました。でも2006年頃、私とクリスティーナが監督したTVシリーズに彼が出演したことがきっかけで親しくなりました。ある時、ビョルンが『ベニスに死す』の撮影時のことやその後に起こったことなど深い話しをしてくれたことがあり、それを聞いた私たちはこれは映画にすべきだと思ったのです。
――このドキュメンタリーでは、その『ベニスに死す』によって15歳でルキノ・ヴィスコンティに見いだされ、一夜にして世界的名声を得たことが彼の人生にどのような影響を与えたかだけでなく、彼の出自や生い立ちに関しても語られます。とりわけシングルマザーだった母親の失踪と死という悲劇的な出来事は、彼にダメージを与えましたね。
このドキュメンタリーは、欲望と犠牲についての物語でもあります。ヴィスコンティが彼を「世界一、美しい少年だ」と宣伝した時、彼の人生は一変したのです。これは有名な映画によって人生を破壊された、ひとりの人間の物語です。しかし同時に、家族の秘密の物語でもあり、真実を探す物語でもあるのです。このドキュメンタリーの制作で難しかったのは、ビョルンの過去の傷に触れる内容になるという点でした。実際、彼が自ら語る気持ちになるのを待つ必要がありました。彼のアパートにカメラが入るまでに1年間かかりましたから。また、ヴィスコティと一緒にカンヌ国際映画祭に参加した時の映像は、製作を始めて3年目に見つかったものです。ドキュメンタリーなので予算は少ないですが、時間だけはたっぷりあったことが、この映画をとても豊かなものにしてくれたと思います。
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「若者にとって、名声は破壊的になりうる」
――『ベニスに死す』のタジオ役にキャスティングされたことは、多くの人から「幸運」だと思われていたわけですが、その映画が実は彼の人生を「破壊」していたという告白は驚きだし、ショックですね。
『ベニスに死す』が彼にとってどういう意味を持つかは、彼自身もその時々で変化していると思います。イタリアでの撮影時は、その経験をとても楽しんだそうです。でも、映画公開後に得た名声やグラマラスな出来事が、彼の人生に大きな影響を与えたのです。その嵐の中で、彼は完全に自分を見失ってしまいました。まだ15歳か16歳といった年齢にも関わらず、彼の面倒を見る大人がいなかったこともあり、対応できなかったのです。『ベニスに死す』を巡る出来事については、コインの裏表というか、いい面と悪い面があったことはビョルンもよく理解しています。これまでは、「『ベニスに死す』は、自分の人生を破壊した」という表現をしていましたが、数週間前に会った時は、「『ベニスに死す』はシバ神のようなもの。自分という人間を創り出してくれたし、破壊もした」と話していました。

――この20年、30年で物事の価値観は大きく変わりました。1970年代ではそれほど問題視されていなかった子役への搾取、虐待の問題やルッキズムの問題も、現在では議論の対象です。このドキュメンタリーがサンダンス映画祭で話題となるなど、注目を浴びる理由のひとつはビョルンの身に起こったことが、今日に教訓的なメッセージとなるからではないでしょうか。
おっしゃる通り、さまざまな価値観が当時とは大きく変わりました。特にインターネットの登場によって。でも、元のメカニズムは変わっていないと思います。映画業界や音楽業界といったエンターテイメント業界でも、未成年が搾取、虐待されているといったネガティブな体験をしているという事実も相変わらずあります。なので、この映画で描かれたビョルンの半生が、名声とは何か、夢を見るにしても注意深くなることが大事だということが伝われば、と思います。人生経験の浅い若者にとって、名声は破壊的になりうるからです。
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日本への旅を、ビョルンは喜んでいた。
――日本のパートも多く登場しますが、1970年代の日本でのビョルンの人気は世界でも類を見ないほどでした。日本でのそうした体験が彼を傷つけていないといいと思いますが。
彼は日本のことはずっと好きですよ。10代で来日した時は、CM撮影やレコーディングなど仕事づくめでシュールで非現実的な体験だったので、ちゃんと日本を見てみたいとずっと思っていたそうです。なので、このドキュメンタリーの撮影で日本行きを提案した時はとてもよろこんでいました。実際に日本での撮影でも会いたい人に会え、素晴らしい旅になったことは間違いないですね。


●監督/クリスティーナ・リンドストロム、クリスティアン・ペトリ
●2021年、スウェーデン映画
●98分
●配給/ギャガ
●12月17日(金)より、ヒューマントラストシネマ渋谷、新宿シネマカリテ他にて全国順次公開
© Mantaray Film AB, Sveriges Television AB, ZDF/ARTE, Jonas Gardell Produktion, 2021
https://gaga.ne.jp/last-davinci
text: Atsuko Tatsuta