クリエイターの言葉 映画『ヴォイス・オブ・ラブ』は、フランスの名優が歌姫の人生に自分を重ねることから始まった。

インタビュー 2022.02.04

名俳優が自身を投影した歌姫の、稀有な半生。

ヴァレリー・ルメルシエ/映画監督、俳優

世界的な歌姫セリーヌ・ディオンの半生を描いた『ヴォイス・オブ・ラブ』は、カンヌ国際映画祭でプレミア上映後、11月にフランスで公開され、ハリウッド大作を抑え大ヒットスタートを切った。この話題作の立案者であり、脚本・主演・監督を一手に担ったのは、フランスの大御所俳優であるヴァレリー・ルメルシエである。

「セリーヌ・ディオンについては、いくつかの曲は好きで聞いていましたが、それほどよく知っているわけではありませんでした。でも、2016年に、夫でありマネージャーでもあったルネ・アンジェリルが亡くなった時、その悲しみを受け止めながらも歌い続ける彼女の姿に感銘を受けました。その勇気に感動し、孤独に共感したんです。(パリの)ベルシーで初めてコンサートに行った時には、彼女についての映画を作ろうとすでに心に決めていました」

カナダのケベック州で14人兄弟の末っ子として生まれたセリーヌは、子どもの頃から天才シンガーとして知られていた。12歳の時の彼女のデモテープを聞いた、後の夫であり、プロモーターのルネ・アンジェリルが才能に惚れ込み、レッスンを受けさせ、売り出し、やがて世界的な名声を得ていく。類い稀な人生を送ってきたセリーヌだが、ヴァレリーはサクセスストーリーではなく、ルネとの絆に焦点を当てたラブストーリーとして描くことを選んだ。

「なぜなら、ルネとの愛がセリーヌ・ディオンの人生の核心部分だからです。ふたりの年齢差や体外受精について記事も出たりしましたが、出会った時から惹かれ合い、ずっと固い絆で結ばれていました。この作品ではセリーヌの楽曲が登場しますが、すべて彼らのラブストーリーを証明するために使っているとも言えますね」

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1960年代、カナダの田舎町。14人兄弟の末っ子として音楽一家に生まれたアリーヌ・デューは、5歳から人前で歌い始めた。12歳の時、有名音楽プロデューサーのギィ=クロードに見いだされ、彼の手によりコンサートで大成功を収める。しかし世界的な歌手を目指すために長期にわたって活動を止め、英語の特訓やダンスレッスンなどに専念することになり……。●『ヴォイス・オブ・ラブ』は12月24日より、ヒューマントラストシネマ有楽町ほか全国にて順次公開。

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セリーヌ本人に映画制作の許諾を得たにもかかわらず、主人公の名前をアリーヌ・デューに変更した。

「脚本を書いている初期の段階ではセリーヌの名前でしたが、途中で変更しました。なぜならセリーヌ・ディオンは、この世にひとりしか存在しないからです。また、アリーヌには私自身も投影されています。私も子ども時代から舞台に立ってきましたが、セリーヌの半生、特に子どもの頃についてとても共感しています。私も、“学校でいちばん可愛い女の子”ではありませんでしたから」

映画は批評家からも高評価を受けているが、セリーヌ本人はまだ作品を観ていないと思うと話す。

「両親やルネの死などつらい経験も描かれているので、観るのが怖いのはわかります。でも、いつかは絶対に観てほしいですね」

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VALÉRIE LEMERCIER/ヴァレリー・ルメルシエ
1964年、フランス生まれ。演技を学んだ後、俳優としてTVデビュー。大ヒットコメディ映画『おかしなおかしな訪問者』(93年)でセザール賞助演女優賞に輝く。『カドリーユ』(97年)で、映画監督デビューも果たした。

*「フィガロジャポン」2022年2月号より抜粋

photography: Laurent Humbert/H&K text: Atsuko Tatsuta

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