初主演の『ローマの休日』(1953年)のアン王女役で世界を魅了し、世界的ファッションアイコンともなったオードリー・ヘプバーン。『ティファニーで朝食を』(61年)『シャレード』(63年)『マイ・フェア・レディ』(64年)など、魅惑のフィルモグラフィーとともに、いまなお新たなファンを生み出し続けている不世出の女優。そんな彼女の女優としての魅力とともに、その素顔に迫ったドキュメンタリーが公開される。
1929年、アイルランド系イギリス人の父親とオランダ貴族の母との間に生まれたオードリー。ファシズムに傾倒した父は家族を捨て、第二次世界大戦中、彼女は母とともにオランダで飢餓を経験。戦後にハリウッドへ渡り、イディス・ヘッドらが絶大なる力を持っていた映画衣装に『麗しのサブリナ』(54年)で意気投合したユベール・ド・ジバンシィを引き入れ、自らルックを創り上げた。一方、世界中の注目を浴びても父に捨てられた孤独は彼女にまとわりつき、戦争の記憶がユニセフの活動へと彼女を駆り立てた。
オードリーと彼女の最初の夫メル・ファーラーとの息子ショーン・ヘプバーン・ファーラーが、制作に携わった本作と母の思い出について語ってくれた。
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――ロシアのウクライナ侵攻が伝えられた日に、日本ではあなたのご両親が共演された『戦争と平和』(56年)が偶然にもテレビ放映されていました。小鹿のように階段を駆け降りてきたナターシャ(オードリー)の輝きは、暗い気持ちをひととき忘れさせる尋常ならざる威力でした。

母オードリーの輝きの背景には、多くの苦労がありました。1929年5月14日に生まれた6週間後、彼女は百日咳を患って死にかけました。現代医療を信じていなかった彼女の母親は、医者や薬に頼ることなく、呼吸困難に陥った彼女のお尻を叩いて直すという行いに出たのです。いったんは死にかけますが、息を吹き返してこの世に戻ってきてから、彼女のセカンドチャンスが始まるわけです。戦争によって父親を失い、バレリーナになる夢も断念しましたし、多くの苦労が彼女の女優人生にも大きな影響を与えたと思っています。晩年、ユニセフの人道活動に携わりますが、彼女自身「ホロコーストを繰り返してはいけない」と心に誓っていました。

ところがソマリアの難民キャンプに赴いて、30万人の人々が亡くなっていく姿を見て、彼女は裏切られたと痛感します。「民主主義とはルームサービスのように自動的にもたらされるものではなく、自らその権利を勝ち取らなければならない。それには日々の行いが大切で、環境や子どもを守るために、私たち自身が政治家を投票で選び、自分たちも行動しなければならない」そう語っていた彼女が、いまの状況を見たら悲しむだろうなと思います。
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――時代を超えた輝きを放ちながらも、自ら考え、地に足の着いた大スターであったということですね?

そうだと思います。そしていまでも母が愛される理由は、人々が彼女を身近な存在と思ってくれているからと思います。たとえば人々はエリザベス・テーラーのことを、ハリウッドの一流スターたちの頂点に立つ、手の届かない存在だと感じているでしょう。一方で僕の母は、いつでも話しかけられるような気さくな女の子。勇気があって、時には黒いドレスで颯爽と歩いていくといった印象ではないかと思うんです。母はそういった親近感によって好まれていると思っているので、スクリーンには直接描かれてこなかった彼女の人生を語るドキュメンタリーを作りたかったのです。
――ドキュメンタリーでは、オードリーのいちばん幸せな思い出は「家族と過ごしたクリスマス」だと紹介されています。あなたにとって、お母様との大切な思い出は何ですか。

ただの母と息子という関係性を超えた友情の絆、それが彼女が僕に与えてくれたギフトです。母との思い出はたくさんありますが、2度の離婚と流産を繰り返すなど、悲しみや苦労に苛まれていた彼女を笑わせるのが僕の務めでした。10歳から12歳の頃、僕がさまざまなアクセントで喋って、彼女がお腹を抱えて笑っていたのが僕にとっての幸せの瞬間で、大切にしていきたい思い出です。
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――彼女のフィルモグラフィの中であなたがよく見返す作品や、とりわけお気に入りの作品はありますか?

母の本を出版したり、展覧会に携わったり、常に彼女の映画に触れているので、仕事を離れて意図的に見返すことはないんです。母も一度撮影が終わってしまったら、自分の作品を見返すことはしませんでした。いったん終えたものは置いておいて、先に進むタイプでしたからね。
――では、これからオードリー映画を見るフィガロジャポンの読者にお薦めするなら、どの作品になるでしょうか。
まずは、このドキュメンタリーから見るのはどうでしょう。初めてオードリーに触れる人には、彼女の人生を知ってほしいのです。ドキュメンタリーの次にお勧めするのは、ファッションも素敵な『パリの恋人』(57年)ですね。彼女自身、バレリーナを夢見ていたので、フレッド・アステアとのダンスシーンも見どころですし、普通の女の子がスターになっていくストーリーなので、彼女自身を感じられるはず。コメディタッチの軽快な作品から入って、続いて『昼下がりの情事』(57年)『おしゃれ泥棒』(66年)、それからシリアスな作品へと移っていくといいと思います。すでに彼女の作品を色々と観ている人も、このドキュメンタリーで彼女がどういう女性だったかを知ったうえで改めて作品を観ると、また違った面白さを感じてもらえると信じています。
●監督/ヘレナ・コーン
●出演/オードリー・ヘプバーン、ショーン・ヘプバーン・ファーラー(オードリーの長男)、エマ・キャスリーン・ヘプバーン・ファーラー(オードリーの孫)ほか
●2020年、イギリス映画
●100分
●配給/STAR CHANNEL MOVIES
●5月6日(金)TOHOシネマズ シャンテ、Bunkamuraル・シネマほか全国公開
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text: Reiko Kubo