シングルマザーの反乱を描く、NZの新星。
ゲイソン・サヴァット|映画監督
経済的弱者が家族と平凡な生活を送りたいと考えることは、高望みなのか? 監視付きでないと子どもたちに会えないシングルマザーのバニーが、子どもの誕生日を祝うため、家庭支援局に立て籠もる。社会の底辺に生きるシングルマザーの反乱を描いた『ドライビング・バニー』は、第28回トライベッカ映画祭の審査員特別賞など、評論家から高く評価されただけでなく、観客からも熱い支持を得た。
監督は、この作品が初長編となるゲイソン・サヴァット。映画監督デビューを果たした、ニュージーランドの新鋭だ。
「ニュージーランドというと、ユートピア的なイメージを持つ人も多いかもしれませんが、誰もが豊かな暮らしを享受しているわけではありません。私は比較的都会のオークランド出身ですが、私自身含め友人や知人にもシングルマザーは多く、家賃や食費を稼ぐのが精一杯というギリギリの生活の中で子育てしている人も少なくありません。彼らは、ともするとネガティブな視点で見られがちですが、実際のところ勇敢で、もっと価値を見いだされるべき存在だと思ったんです」
妹の夫婦の家で家事や子育てをしながら居候しているバニーの生活はかなり逼迫しているが、サヴァットは、そんなバニーの社会に対する掟破りの抵抗をある種ヒロイックに描く。彼女が起こす"人質立て籠もり事件"は決して許されるものではないが、彼女なりの正義を通したうえでの悲劇だと、肯定的な視線を投げかける。
「社会的弱者だからといって、かわいそうな存在として描きたくなかったんです。観客に"違う視点"を持ってもらいたかった。不幸なシステムの中でバニーは闘っているけれど、決して負けない。立ち上がり笑顔でいられることは、それ自体素晴らしいことですから」
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とはいえ、バニーを単なる善人として描かない。冷静な視点も、この作品の持ち味だ。
「このストーリーには、3つの"敵"が描かれています。ひとつはシングルマザーに冷たい社会システム、父権社会、そして3番目はバニー自身です。キレやすい性格で、モラル面でも問題があるかもしれない。あえてそうした欠点のあるキャラクターにしたのは、そのほうが、リアリティがあるから。短所がある不完全な人間だとしても、私たちは思いやりをもって向かい合う必要があると伝えたかったんです。どんな人でも、社会の中で居場所はあるべきですから」
一見、破天荒な主人公のロードムービーだが、観客の"共感"を得られたのは、こうした監督の深い眼差しがあってこそだろう。
©2020 Bunny Productions Ltd
ニュージーランド在住の中国人。2009年に監督した初の短編『Brave Donkey』が、サウス・バイ・サウスウエストやロカルノ映画祭など、多くの国際映画祭で上映され、高い評価を得た。本作で劇場用長編映画デビューを果たす。
*「フィガロジャポン」2022年11月号より抜粋
text: Atsuko Tatsuta