シンプルゆえの複雑さ、クラフトマンシップへの挑戦。
セシリエ・マンツ|デザイナー
デンマーク語で「ひとつ」を意味する「EN」と名づけられた、マルニ木工の新しい家具をデザインしたのは、デンマーク人デザイナーのセシリエ・マンツ。いま北欧で最も評価の高いデザイナーである彼女は、フリッツ・ハンセン、バング&オルフセン、イッタラなどから製品を発表してきた。マルニ木工でアートディレクターを務めるデザイナーの深澤直人は、マンツを「普遍的なものづくりができるデザイナー」だという。彼女は幼少時、陶芸家の両親と佐賀県有田町で暮らしていた。椅子の名に「円」「縁」という日本語の意味も込めたように、日本への造詣も深い。これまでマルニ木工から家具を発表してきた深澤、ジャスパー・モリソンに次ぐ3人目のデザイナーとしての起用に、「彼らの作る家具は難しい仕事を要求するものだけど親しみやすい。私もそうありたいと願いました」と語る。
マンツの椅子は、円弧を描く無垢材の背もたれが特徴的だ。座る人の身体を支える曲線は一見シンプルだが、複雑で立体的。そして、そのカーブは肌触りよく、包み込むような座り心地を実現している。
「背もたれの円周角が出発点でした。一般的に座り心地のいい角度を採用していますが、背もたれの形状そのものはコンパスで単純に書き出せるものではない。洋服を仕立てるように立体的な佇まいを求め、直線と曲線を複雑に組み合わせています。どの向きで座っても、どの角度で座ってもいい椅子となりました。座っているうちに身体の角度を変えると会話が生まれ、視点も変わるでしょう?」
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シンプルな形状ゆえにごまかしはきかず、作業も複雑となった。しかし、マンツはマルニ木工の工場を訪れ、彼らのクラフトマンシップは機械化された技術力にこそ宿ると考えたという。
「クラフトマンシップという言葉はロマンティックに響きますが、現実には難しさを伴うもの。マルニ木工は木材を複雑に接合して削り出し、背もたれを作り上げます。複雑な形状なので亀裂も入りやすいけれど、技術力で問題を解決しました。目標のひとつだった軽量化も叶えられています。彼らの素晴らしさは、日本のものづくりに根付く新旧の技術融合にあります。ハイテクの技術を持つ国が、その技術を生かして作り上げた椅子になりました」
彼女がマルニ木工に加えた新たな要素はなんだろう。
「何より『色』でしょう。これまでのマルニコレクションは色を抑えて展開していたので、慎重に色を加えました。なかでも、温かみをもたらすために選んだ淡い黄色やローズのファブリックが気に入っています。新しい個性を加えることができたならうれしいですね」
1972年、デンマーク生まれ。デンマーク王立芸術アカデミーを卒業後、コペンハーゲンに自身のスタジオを設立。国内外を代表するメーカーから、家具、食器、照明、電化製品など、幅広い領域のデザインを発表している。
*「フィガロジャポン」2022年8月号より抜粋
text: Yoshinao Yamada