新たな家族の存在が私を強くしてくれた。
ジェイムス・ベイ/シンガー
人間が内包する感情を流麗なギターと表現力豊かなハスキーボイスで、幅広いリスナーを魅了するジェイムス・ベイ。通算3作目のアルバム『リープ』が発表されるまでの4年間を、ジェイムスは「奇妙な旅のようだった」と振り返る。
「実は、2020年の時点でアルバムは完成していたのです。ところが世界がシャットダウンしたため、発表する機会を失ってしまった。そこで私はさらに曲作りを進め、自分にとって最も純粋で正直な作品を残そうと思ったのです。結果、この4年のさまざまな瞬間をコラージュしたアルバムになりました」
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これまで発表してきた楽曲は哀愁を漂わせたギターソングが中心だったが、本作では、混迷する時代を照らす道標となるようなドラマティックな輝きを持つ楽曲が目立つ。
「悲しみと喜びの感情が対極にあるとするならば、多くの人はその間を行き来しながら、ある種の脆さを抱えて日々を過ごしているのではないでしょうか。今回は、その視点から楽曲を作りたかったのです。そもそも私は不安や葛藤を感じた時、自分を救い出すような思いを込めて悲しみを楽曲に昇華していました。それは私が感情を吐き出すことで、同じ感情を持つ人に共感してもらってセラピーになりうるのではないかと考えたから。でも今回は、自分を悲しみの淵から救いあげてくれた出会いや人間関係を讃えるような楽曲を初めて収録したくなったのです。このアルバムはコインの表裏を表現できたというか……自分の気の持ちようで、悲しみと喜びの世界、どちらにも転ぶことを伝えられたのではないかと思います」
ジェイムスの心境に大きな変化をもたらした出来事がある。それは、15年交際しているパートナーのルーシーとの間に、昨年子どもが誕生したこと。ルーシーとの関係の深さについて綴った「ワン・ライフ」をはじめ、アルバム全体を通して、大切な存在がいることで生まれる強さ、優しさがあることを表現している。
「子どもが誕生して、私にできないことは何もないと強く感じるようになった。もう一度、リープする(跳ぶ)覚悟ができたのです。私は、ギタリストになりたくて音楽活動をスタートしました。その気持ちはまだ残っていて、今回のアルバムでも、まずギターの響きを考えました。実際、過去の作品以上にリフが多い。今後、さらにギターの存在感が大きい楽曲を作っていくことになると思います。単なるシンガーとして自分のキャリアを終わらせたくないのです」
新たな翼を携え、ジェイムスはより大きな世界へと飛躍する。
1990年、イギリス生まれ。16歳から音楽活動をスタートする。2015年にアルバム『カオス&ザ・カーム』を発表し、第58回グラミー賞最優秀新人賞を含む3部門にノミネートされ、世界中で注目を浴びる。現在ワールドツアーを敢行中。
*「フィガロジャポン」2022年9月号より抜粋
text: Takahisa Matsunaga