クリエイターの言葉 「もしオスカーを本気で狙うなら、こういう脚本は書かない(笑)」ダニエル・クワン & ダニエル・シャイナートが語る。
インタビュー 2023.03.13
人生はカオスだらけ! を知り尽くす、異端児。
ダニエル・クワン&ダニエル・シャイナート|映画監督
「賞レースに名前が出始めた時は、ふたりで笑い転げました。映画を観てもらえればわかりますが、もしオスカーを本気で狙うなら、こういう脚本は書かない(笑)。観客が映画館に行きたくなるようなただ楽しい映画を、好き勝手やって作っただけなんです」(クワン)
ダニエル・クワンとダニエル・シャイナートのコンビによる最新作『エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス』は、昨年のサウス・バイ・サウスウエストでプレミアされるやすぐに話題となり、公開後はアメリカの気鋭の映画会社A24の史上最高ヒットを記録。アカデミー賞では、作品賞、監督賞を含む10部門11ノミネートという最多を獲得している。『ハリー・ポッター』シリーズでアイドル的人気となったダニエル・ラドクリフが全編死体として出演するナンセンスなサバイバルコメディ『スイス・アーミー・マン』(2016年)で、映画界を騒然とさせたコンビ監督だが、本作ではその奇想天外な魅力がパワーアップ。ミッシェル・ヨー演じる日常の雑事や家族との関係に疲れた中年女性が、パラレルワールドを行き来しながら巨悪に立ち向かうストーリーだ。アメコミ映画でおなじみのマルチバースというアイデアと家族ドラマ、カンフーアクションなどの要素をてんこ盛りにしたエンターテインメントでありながら、落涙するほどの感動をもたらすと批評家からも絶大な支持を得た。
「生きているとカオスに圧倒されそうになることがあるけれど、それこそ、この映画で描きたかったこと。だから、人の心に響く。観た後には、ハグされたような気持ちになるはず」(シャイナート)
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中年の女性を主人公にしたのは、「30代の男性が主人公のアクション映画は見飽きた」(クワン)から。
「アイデアを出し合っている中で、『マトリックス』シリーズの世界に僕たちの母親を入れちゃったらおもしろいんじゃないかと思いつきました。死ぬほど繰り返されてきた物語以外にも、まだまだ語られるべきストーリーが山ほどあるんです」(シャイナート)
ジェーン・カンピオンの『パワー・オブ・ザ・ドッグ』(21年)がウエスタンをまったく別物にしてしまったように、男性優位だった映画界で、“女性的な視点”は同じジャンルでもまったく違うものにシフトさせる可能性を秘めているという。だが、彼らは社会の変革には敏感とはいえ、品行方正な映画を作るつもりはまったくない。
「天才には子どもっぽいところがあったり、物事は常に矛盾していている。そうしたものをミックスするのが、僕らなりの映画作りの醍醐味なんです」(シャイナート)
1988年生まれのダニエル・クワンと、87年生まれのダニエル・シャイナートによるユニット。MVやCM、TV番組の脚本・監督を手がける。2016年に『スイス・アーミー・マン』がサンダンス映画祭で最優秀監督賞受賞。本作は6年ぶりのコンビの長編映画。
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*「フィガロジャポン」2023年4月号より抜粋
text : Atsuko Tatsuta