『マイ・マザー』(2009年)で衝撃のデビューを果たし、『Mommy/マミー』(14年)『たかが世界の終わり』(16年)など鮮烈な監督作を次々と放って“カンヌの申し子”と呼ばれたグザヴィエ・ドラン。そんな彼が初めてドラマシリーズに挑戦したのが、現在スターチャンネルで全話配信中の「ロリエ・ゴドローと、あの夜のこと」だ。カナダ・ケベック州に住む家族を30年にわたって翻弄した秘密をめぐるミステリアスでエモーショナルなドラマについて、若き鬼才が語り尽くした。
>>関連記事:グザヴィエ・ドランの美意識があふれる新作ドラマとは?
――今回、TVドラマ初挑戦となったわけですが、ストーリーテラーとして、TVドラマにはどんな影響を受けてきましたか?
僕は子どもの頃からテレビ好きで、実は僕のインスピレーションの多くは、映画よりもテレビから来ているんです。幼い頃、母と一緒によく見たのがテレビでしたから。思春期の頃にはワーナーブラザーズ系のチャンネルで「ヤング・スーパーマン」「ロズウェル 星の恋人たち」「チャームド 魔女三姉妹」「バフィー 恋する十字架」といった青春ドラマを観ていて、部屋の壁はドラマのポスターで埋め尽くされていました。その後、自分のマンションに引っ越し、大学を中退し、一日中テレビを観ていた頃に出会ったのがHBOです。「シックス・フィート・アンダー」「ザ・ソプラノズ 哀愁のマフィア」「ラリーのミッドライフ・クライシス」など……。
2000年代前半の僕にとって、HBOのロゴはカンヌ国際映画祭のロゴと同じくらい重要でした。HBOのロゴが冠された作品はクオリティが卓越していることの象徴で、「ああ、作り手はこの作品のことを大事にしていて、情熱と正確性を持って作っているんだな」って思っていました。
---fadeinpager---
――そんなHBO作品の中で、「ロリエ・ゴドローと、あの夜のこと」の参考にした作品、影響を受けた作品はありますか?
「シックス・フィート・アンダー」の発見は格別なものでした。全体的な脚本はもちろん、キャラクターやセリフ、構成、すべてにおいて。ものすごく感動して、最終回を観た後、1週間は泣いていたのをいまでもよく覚えています(笑)。人生のいろんなタイミングで4、5回くらい見返していますが、決して忘れることはないし、いつまでも心に残っている。僕にとっては、人間らしさとユーモア、詩的なものと野卑なものとが完璧に融合した作品でした。
詩的なものと野卑なものをうまく組み合わせるためには高度な知性が求められ、野卑なるものには否定できないユーモアや音楽性があるはずです。そんな意味で「シックス・フィート・アンダー」が今回の作品を含め、僕がこれまで作ってきたすべての作品のインスピレーションとなっているんです。 でも「ロリエ・ゴドローと、あの夜のこと」は、具体的に別の作品にもインスパイアされています。2016年に放映された「ナイト・オブ・キリング 失われた記憶」という、リチャード・プライス脚本によるHBOのドラマです。僕はジャンルを表現するのが苦手なのですが、スリラーというか、犯罪捜査ものというか、ある晩に起きたことの真実を探る人々の話なので、そういった意味でもとても参考になりました。
――TVドラマシリーズに挑戦するにあたり、原作となった舞台劇の魅力について教えてください。
マルク・ブシャールの劇を初めて見た時、僕はそのストーリーに感動し、心奪われ、あの夜、何が起こったのか知りたくなりました。でも舞台は1時間45分ぐらいの尺で、ある晩の5、6時間ぐらいの物語が語られます。基本的には、母の遺体の防腐処理を行う娘の話なのですが、25年ぐらい故郷を離れていた彼女の元に、ずっと会っていなかった兄弟や親戚が次々に訪れてきて、色々な疑問や過去、長年に渡って隠してきたことをぶつけてくる。つまり、近況や、長年に渡って語られなかったことをすべて会話を通して表現していたんです。
---fadeinpager---
――1991年から30年にわたる、家族のメンバーそれぞれが秘めた出来事を映像化していったわけですね。
そうです。舞台では、ミレイユが母親の防腐処理をしている部屋に登場人物が次々に訪れ、「おまえはあの夜、あんなことをした」「あの夜、こういうことが起きた」「あの時、自分はこんな気持ちだった」「あの人があそこにいて、こういう服装をしていた」と一晩にわたって語る構成だったんですが、本作の構成はまったく違います。 僕は舞台を見た時、隠されていた部分にもっともインスピレーションと興奮を感じたんです。だから母親やロリエ、その他の登場人物たちが示唆したり、語ったすべての出来事を見てみたい、劇に登場しなかったものをすべて綴りたいと思ったんです。そのためには過去と現在を行ったり来たりする作品になるのは明白で、最初から90年代という時代そのものに命を吹き込むことになるとわかっていました。
――「ロリエ・ゴドローと、あの夜のこと」では、家族のメンバーが抱えてきたものが少しづつ、サスペンスフルに明かされてゆきます。その切ない秘密に思わず涙がこぼれてしまう場面もありました。
私が今回映像化した90%のシーンは舞台にはなかったものなので、改変した部分はたくさんあります。5エピソードを通して過去と現在を行き来しますし、登場人物が見る悪夢のような映像も追加しています。そして舞台劇を観た時、僕がいちばん感動したのが、この物語の肝となるロリエの真実が明かされる瞬間でした。自分でも全く予想していなかった形で感動し、驚かされ、切なさに震えました。だからその場面の見せ方は僕のオリジナルです。今回のドラマシリーズが舞台とは別のメディアだったことで、僕たちはこの物語を映像的にも聴覚的にも綴れるという贅沢を享受できたんです。
---fadeinpager---
――母と子の確執、隠された秘密やトラウマ、久方の帰還がもたらす波紋、そして痛み、孤独、ロマンス……。今作では衝撃のデビュー作『マイ・マザー』から『マティアス&マキシム』まで、あなたが描いてきたテーマが重層的に組み込まれた集大成として仕上がっていますね。この大きな仕事は、あなたにとって、どんな旅でしたか?
『マイ・マザー』から随分長い旅でしたね。15年以上にわたって、フィルムメイキングという旅をしてきましたが、本作が長年のストーリーテリングの集大成であるという点では僕も同感です。でもこの15年間の旅自体は、感情的に多様で矛盾に満ちたものでした。成功もあれば失敗もあり、失敗もあれば成功もある。でも、その中でもさまざまな形で僕という人間を変えたのは、そんな数々の失敗でした。変化と言ってもポジティブなものが多いのですが、いくつかの失敗については、その痛みをいまでも抱えています。そんな中で今回のドラマは、作品作りやストーリーテリングという点で、僕にとって最も自分を深め、変えてくれる経験となりました。
また、何年も一緒に仕事ができていなかったアーティストたちに対する想いが再燃した機会でもありました。とても楽しくて、感動的な制作体験でした。人生における友達として愛している彼らですが、何年も一緒に仕事をする機会がなかったんです。しかも、撮影や編集を通して、本当にすばらしい出会いや友情にも恵まれたので、新旧の友人たちと一緒に作った作品でもあります。だから、ひとりの人間として、今回の旅路は癒されるものだったし、満ち足りたものでした。クリエイティブな面でも、芸術的な面でも、この作品と僕たちの仕事をとても誇りに思っています。僕が夢見ていた以上のものになりました。さらに、音楽を担当してくれたのがハンス・ジマーとデヴィッド・フレミングというご褒美つきです。まさか彼らと一緒に仕事ができるなんて、夢にも思っていませんでした。本当にひとりの人間としては非常に大きな形で報われた作品でした。
<字幕版>全話独占配信中
www.amazon.co.jp/gp/video/detail/B0B8NYY698
text: Reiko Kubo