フランソワ・オゾン、映画監督の権力、愛、ファスビンダーについて語る。

インタビュー 2023.06.02

フランスを代表する監督フランソワ・オゾンの最新作『苦い涙』は、ニュー・ジャーマン・シネマを牽引した故ライナー・ヴェルナー・ファスビンダーが1972年に発表した『ペトラ・フォン・カントの苦い涙』のリメイクである。ベルリン映画祭のオープニングを飾った話題作に込めた想いを、インタビューで語ってくれた。

 

――あなたがライナー・ヴェルナー・ファスビンダーの世界に魅了されているのは、約20年前にファスビンダーの遺稿を映画化した『焼け石と水』(2000年)を撮ったことからも明らかですが、なぜいまこの作品をリメイクすべきだと決断されたのでしょうか?

この作品は、撮影はロックダウンの間に行われました。当時は新型コロナウィルスの影響でまったく撮影ができなかった。みんな、まともに撮影が出来る日がまた来るのだろうかと考えていた時期です。その時、撮影場所が一箇所にまとまっていればできるのではないか、ということでこの劇作のリメイクを思いつきました。そもそも私はファスビンダーのこの戯曲が大好きでしたしね。そこに私自身の新しい解釈を加えようと思いました。つまり、女性たちの話だったのを男性の物語にしたんです。オリジナル版では女性を通して、ファスビンダーは自分自身のことを語っている。彼が本当に大好きだった俳優のひとりとの苦しい恋愛について語っていたのです。

――主人公ピーター役のドゥニ・メノーシェは、ファスビンダーに外見を似せているように思います。それが彼を選んだ理由でしょうか? また、あながた言ったようにオリジナルではピーターはファスビンダーの自画像と言われていましたが、あなたは主人公の職業をファッションデザイナーから映画監督に変更しました。これは、あなたの自画像でもあるのでしょうか?

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ファスビンダー監督の外観に寄せた、主人公ピーター役のドゥニ・メノーシェ。© 2022 FOZ - France 2 CINEMA - PLAYTIME PRODUCTION ©Carole BETHUEL_Foz

今回の作品は、さまざまなものが共存していると言ってもいいかもしれませんね。アーティストというのは往々にして、自分の人生と自分の仕事を混同するというか、境界をなくしてしまうところがあります。とりわけ映画監督は俳優たちとの関係性を仕事と延長線にしてしまうところがありますから。私はファスビンダーのこの戯曲は、チェーホフやシェイクスピアの作品のような、ひとつの古典であると捉えました。そこに私自身の監督としての女優や男優などとの関係性を反映している部分もあります。

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――イザベル・アジャーニ演じるシドニーのキャラクターは、ファスビンダー版よりもさらに重要になっており、存在自体も大きくなっています。主人公のピーターの元恋人役でもありますし、最後に彼女が裏で操っていたというオリジナルにはないシーンも新しく加わっています。これは、あなたが自身が女優と仕事をしてきた経験を反映させたキャラクター、あるいは物語の展開なのでしょうか。

ピーターとシドニーの関係性はSMの関係だと言えます。スターを愛するがゆえに最後には憎んでしまうという、スターと監督の関係性を表しています。あまりに愛するがゆえに、最後には燃やしてしまいたい……それくらい憎しみに火がつくことがあるんです。この作品の中でも、ピーターがアミールの写真に火をつけるというシーンがありますが、愛し過ぎた人が自分から離れていくことに耐えられず、憎しみに変わってしまったがゆえの行動です。

――あなたがイザベル・アジャーニを起用するのは初めてですね。アジャーニは、大変美しく外見も整え70年代のカリスマ的な女優を演じていますが、どんな役作りを要求したのでしょうか。

イザベル・アジャーニと仕事をするのは私の夢でした。実は『8人の女たち』(2002年)の時にオファーしたのですが、叶いませんでした。なので、私にとっては“ひとり欠けているスター女優”が彼女だったわけです。今回アジャーニはスター女優の役を演じていますが、役作りというところでは、スター性に関しては70年代のエリザベス・テイラーにインスパイアされた役だと説明しました。彼女と一緒に仕事ができたことは、まさに夢が叶ったといえます。彼女の美しさは、女王か、あるいは女神のような美しさですからね。

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――オリジナル版でカリンを演じたハンナ・シグラが、今回はピーターの母親役で出演しています。彼女とはファスビンダーについて、何かお話したのでしょうか?

ハンナ・シグラと今回仕事ができたことは大きな喜びでした。しかも、ファスビンダーを投影したピーターの母親役を演じてくれた。ハンナはファスビンダーの母親と知り合いでした。彼女によると、ファスビンダーと母親の関係性はとても複雑だったそうです。彼は実は両親に愛情を注がれて育ったわけではなく、施設のようなところに入れられていた。母親が病気で、父親も不在。そういう幼少時代の愛情の不足から、愛情に飢えた主人公像は生まれたのではないかと思っています。

――ほとんどが主人公の部屋で物語が展開します。ファスビンダー版の時はサンセバスチャンの絵画が飾られていますが、あなたのバージョンではシドニーの写真でした。なぜシドニーの写真だったのでしょうか?

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監督の自室、シドニーの写真の前でポーズを撮るアミール。監督と俳優の関係性を、オゾンは赤裸々に映し出してゆく…© 2022 FOZ - France 2 CINEMA - PLAYTIME PRODUCTION ©Carole BETHUEL_Foz

シドニーの写真だけでなく、リビングには目立たないけれど小さなサンセバスチャンの絵画も飾ってありました。ピーターの寝室は、自分が撮影したシドニーの写真がドーンと飾られています。初恋を大事にするようにね。だいたい映画監督というのは、自分が作り出したヴィジュアルを自分の家の壁に飾りたがるものなんですよね。

――あなたの部屋には誰の写真が飾ってあるのですか?

私の寝室には私の写真が飾ってあります(笑)

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――この作品は純粋な愛についての普遍的なストーリーであると同時に、映画監督の権力についての話でもあると思います。まず映画監督のほうについてお聞きしたいんですけども、あなたご自身が監督として、監督と俳優、あるいはスタッフの間にある“支配と隷属”との関係をどのように捉えていますか。

#MeToo運動が起こってから、撮影現場でのヒエラルキーの在り方を再考する機会を得ました。確かに監督というのは、ちょっとした“独裁者”みたいな側面があります。それをハーヴェイ・ワインスタインの一連の事件を通して、業界の全員が自覚しました。アーティストはいくら才能があっても、持っている権力を濫用してはいけない。監督とスタッフ、あるいは俳優たちは同等であり、尊厳を保つことが大事だということを意識して仕事をしなければならないと自覚したんだと思います。でも、私はあまり自分ごととしては捉えなかったんです。なぜなら、私はもともと現場では撮影を楽しみ、調和を重んじるタイプで、葛藤が嫌いなんですね。時にはストレスが溜まって子どものようにウワーっと叫びたい時もなくはないですが……。

――なるほど。愛についてのお話もお聞きしたいと思います。ファスビンダー版でもあなたのバージョンでも、愛について語られる時に、とても“純粋な愛”について語っていると思います。つまり人が恋に落ちた時に、どのような理由でそこから抜け出せないのか。これは10代の少年少女から大人まで、また職業や性別にかかわらず誰もが陥ったことがある状況かと思うのですが、ここで描かれた愛についてどのように解釈していますか?

私にとって純粋な愛というのは“パッション”なんです。恋愛においてパッションがあると、高揚感がある。でも、それは必然的に破壊的でもあります。だから、いつかはパッションに突き動かされている状態から抜け出なければならないという宿命もあります。この映画のピーターはアミールに恋をしますが、でも、アミールを撮影すること――つまりカメラを通して見たアミールに恋をする。本物の肉体としてのアミールというよりも、自分が撮ったアミールの偶像に取り憑かれている。その情熱的な愛は、その人そのものを愛するというよりイメージに恋をしていることも多いのです。

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François Ozon/1967年パリ生まれ。1993年に国立の映画学校を卒業。『焼け石に水』(2000年)でベルリン国際映画祭のテディ賞を受賞し、世界三大映画祭の常連に。『Summe of 85』(20年)、『すべてうまくいきますように』(22年)など、話題作多数。
『苦い涙』
●監督・脚本/フランソワ・オゾン
●出演/ドゥニ・メノーシュ、イザベル・アジャーニ、ハンナ・シグラほか
●2022年 フランス映画 85分
●配給/セテラ・インターナショナル
www.cetera.co.jp/nigainamida
6月2日(金)よりヒューマントラストシネマ有楽町、新宿武蔵野館ほか全国順次公開

 

text: Atsuko Tatsuta

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