「愛することとはどういうことか?」長編初挑戦の監督が、ソ連占領下で禁じられた「同性愛」という難題に向き合った理由とは。

インタビュー 2024.02.02

冷戦時代、ソ連支配下のエストニア。その空軍基地で、強制徴兵を受けた俳優志望の若者が、戦闘機パイロットと恋に落ちたーー禁じられた愛を描く映画『ファイアバード』は、ミュージックビデオの監督やプロデューサーとして活躍してきたペーテル・レバネの長編デビュー作だ。

1970年代後期、ソ連占領下のエストニア。モスクワで俳優になることを夢見る若き二等兵セルゲイ(トム・プライヤー)は、間もなく兵役を終える日を迎えようとしていた。そんなある日、パイロット将校のロマン(オレグ・ザゴロドニー)が、セルゲイと同じ基地に配属されてくる。セルゲイは、ロマンの毅然としていて謎めいた雰囲気に一瞬で心奪われる。ロマンも、セルゲイと目が合ったその瞬間から身体に閃光が走るのを感じていた。写真という共通の趣味を持つふたりの友情が、愛へと変わるのに多くの時間を必要としなかった。しかし当時のソビエトでは同性愛はタブーで、発覚すれば厳罰に処された。一方、同僚の女性将校ルイーザ(ダイアナ・ポザルスカヤ)もまた、ロマンに思いを寄せていた。そんな折、セルゲイとロマンの関係を怪しむクズネツォフ大佐は、ふたりの身辺調査を始めるのだった......。

70年代にエストニアで生まれ育ったレバネ監督に、長編第一作への思いを聞いた。

――1970年代のソ連体制下での同性愛のストーリーを描いた作品ですが、実話に基づいた映画だそうですね。原作との出会いについて教えてください。 

2011年のベルリン国際映画祭で、とあるロシア人映画評論家が友人が書いたという回想録を色々な人に見せていました。そのコピーを受けとった友人から「非常に素晴らしい、ぜひ読んで」とすすめられ、持ち帰って週末に読んだところ、感動を覚えたのです。なんて美しい、そして悲劇的な物語なのだろう、と。同時に、ソ連体制下のエストニアでこんなことが起きていたなんて、という驚きもありました。僕は初の長編監督に挑戦するために題材を探している、と周囲に話していたのですが、原作との出会いは偶然とはいえ、そんな背景があったからこそ実現したのだと思います。

――あなたはゲイであることを公表し、LGBTQ活動家でもありますが、原作に出合った時、使命感、あるいは「これは自分の物語だ」という感触を持ったのですか?

使命感も感じましたが、何より、僕はこの物語に共感できる、と感じました。僕自身も若い頃、ソ連体制下のエストニアで育っています。あの空軍基地は僕の家からほんの数キロのところにあったのです。僕自身も自分の気持ちに蓋をしなければならなかった。誰かに恋心を打ち明けることなどできない、そんな少年、青年時代でした。この映画は、同性愛を描いた映画としてはエストニアで初めて大々的に公開されるものです。この映画を観て、多くの人たちが同性異性を問わず、愛は愛なのだということに気づいてくれたらうれしい。同性異性を問わず、恋愛にまつわる悩みや苦しみは同じなのです。

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――原作者のセルゲイ・フェティソフは旧ソ連とロシアで活躍した俳優ですが、自身の回想録が映画化されることについてはどんな反応でしたか?

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二等兵セルゲイ(左:トム・プライヤー)は、兵役を終える直前、パイロット将校のロマン(オレグ・ザゴロドニー)と電撃的に恋に落ちてしまう。

セルゲイ本人が友人に回想録を渡し、ベルリン国際映画祭で人々の手に渡った。それは映画化が彼の夢だったからでしょう。セルゲイは「ロンドンのプレミアに行きたい」とも言っていましたが、残念ながら撮影開始前に亡くなってしまった。映画化に関しては非常に手厚くサポートしてくれました。モスクワで会って、3日間たくさんの話を聞くことができました。いろいろ質問しましたが、彼の答えは、脚本の最終稿にも、演出にも、俳優が役を演じる上でも、とても参考にしています。どんな音楽を聴いていた、どんな食事をしていた、というディテールも教えてもらい、非常に役に立ちました。

――原作者のセルゲイとの出会いで印象に残っていること、また彼から受け取ったものは何でしょうか?

何よりも彼の人となりが印象に残っています。心が優しく温かい、そしてとてもポジティブな人です。他人に共感する心を持っている人だと感じました。映画の中に取り入れたわけではありませんが、こんなエピソードもあります。モスクワでディナーをした時、若い男性のウェイターに色目を使っているのです。ここはモスクワなんだけど大丈夫? と我々のほうが心配になりましたよ。いずれにせよ、映画を撮っていて主人公のモデル本人に会えることはなかなかないので、本当にラッキーだったと思っています。

――登場人物は美男美女ぞろい、非常にロマンティックで美しい映画ですが、悲劇もあり、また厳しい現実面も描かれています。それらのバランスをどのように意識しましたか?

ソ連時代の空軍基地の話を聞くと、虐待や自殺もあり、搾取もあり、基地での生活は鬱々としたものだったようですが、社会的リアリズムを描くつもりはありませんでした。話の中心に据えたかったのはラブストーリー。そこ力を注ぎました。とはいえ、外の世界から感じられる脅威や恐怖も描かなくてはならない。脚本を執筆する上でも、それぞれのシーンを演出していく上でも、意識してバランスをとっています。何よりも大事にしたのは田舎からやってきた19歳の若者が見る世界、という視点です。田舎からきた若者には空軍基地の生活はどこか華やか。美しいパイロットがたくさんいて、ジェット機も素晴らしいと感じている。空軍基地内での生活はよりダークに、ダーティに、そして寄りのショットで撮影し、空軍基地を出た後の生活とのコントラストを出すように考えました。主人公がモスクワの演劇学校に入ってからの生活は多様な色を用い、カラーグレーディングも違う方法をとり、引きの映像によって周囲の空間を見せ、開放的な雰囲気を心がけています。

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――監督ご自身が最も大事にした、思い入れのあるシーンはどこでしょうか?

暗室で写真を現像しているシーンは、我ながら心に響くシーンだと思っています。主人公のセルゲイが、消えゆく時間を掴もうとしているんだ、といった意味の話をしますが、これは原作にはありません。セルゲイを演じたトム・プライヤーとふたりで書いた部分です。実はリサーチ中、いろいろな退役軍人にインタビューしたのですが、ある人が「僕は暗室で現像している時に恋に落ちた」と話してくれた。荒々しい基地生活の中で、ドアをロックして暗闇の中で現像する。ふたりの初めての逢瀬には格好のシチュエーションだと思って取り入れました。

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同僚の女性将校ルイーザ(ダイアナ・ポザルスカヤ)は、後にロマンと結婚し、子どもを儲けるのだが......。

――演劇学校で先生が「古典劇を演じさせることの意義」を説明するシーンがありますが、これには何か特別なメッセージが込められているのでしょうか?

先生役を演じているのは、実はベルリン国際映画祭でセルゲイの回想録を紹介していた映画評論家なのです。もともと原作者本人に先生役を演じてもらおうと思っていたのですが、残念ながら亡くなられたので、代わりに彼の友人である評論家に演じてもらいました。このシーンで伝えたかったのは「もっと心で感じなさい」ということです。「最近の若者は堪え性がない。愛することがどんなことなのかわからなくなっているのではないか」と、亡くなる前に原作者のセルゲイは言っていました。その言葉に影響を受けたのがこのシーンです。彼の友人である映画評論家にこのシーンの趣旨を説明し、彼が即興で演じてくれた。要は「ハートに従え」ということですが、これが主人公のその後の行動に影響する、重要なセリフです。 

――世界中で紛争が起こり、保守化の傾向が見られ、女性の権利にもLGBTQの権利にも揺り返しが感じられます。このタイミングで本作が公開されることについてはどう感じていますか? 

いまの時代になっても、この映画にまだメッセージ性があるということを逆に悲しく感じています。アメリカでLGBTQ関連の書籍が禁書になり、女性の生殖に関する自己決定権が侵害され、ロシアでは最高裁がLGBTQ活動を過激派テロと認定した。この映画をロシアで上映すれば処罰されます。歴史に逆行する動きが世界各国で起きているだけに、このストーリーを語る重要性は増していると感じます。皆さんにこの物語に共感してほしい、人ごとではなく、自分のこととして捉えてほしいのです。幸い、エストニアでは10年ほど前に、同性パートナーシップ法が可決、施行され、2023年1月1日から婚姻平等法も施行されて、前進しています。誰もが、他者に害を与えない限り自分の好きな道を歩むことができ、自分の好きな人を愛することができる社会を作ることが急務だと思います。

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――主人公の罪の意識や、親、友人、妻など、周囲の人々の葛藤や苦しみも描かれています。これは半世紀を経たいまでも変わらないと考えますか? 

周囲の人々の反応は、意図的に描いたディテールです。社会の文脈がなければ、個人の中で葛藤は生まれない。差別がなければ人は普通に幸せに生きることができるはずが、余計なコンテクストのせいで葛藤が生まれるのですから。現在の社会情勢については僕自身は希望的観測を持っています。少なくともエストニアでは進歩しています。婚姻平等法の施行に対する支持率は、25歳以下の若者の間で8割、反対は10パーセント以下です。残念ながら65歳以上では7、8割が反対。これは人間が時代や社会の文脈によって条件づけられていることを物語っています。ソ連支配下の時代、同性愛は精神病であるとされ、表に出れば収容所で5年は強制労働させられると決まっていました。子どもの頃からそういったことを植えつけられれば、疑問を感じず、信念になってしまいます。ですが若い世代は、自分たちはそんな価値観は受け付けない、と声を上げている。ここ1年半ほど右傾化し、ヘイトスピーチや人種差別発言がはびこりましたが、それに反発して中立的な立場にいた若者たちが声を上げています。ここ2年の間で、LGBTQの権利を支持する声は40パーセントから55パーセントに引き上がった。僕は、少なくともエストニアに関しては希望的な見方をしています。

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タブーとして語ることのできなかった、真実の愛の物語。その結末をぜひ劇場で見届けて。

――映画の最後に「この真実の物語を愛する人とシェアしてください」というメッセージがあります。この映画は単にLGBTQ映画という括りに収まらない、愛の物語なのですね。

人は生きていく中で、ただただ人を好きになり、愛するだけなんだ、と年を経るとますます感じるようになりました。家族の形にもいろいろあります。シングルマザーも、シングルファザーもいれば、女性ふたりが子どもを育てたり、夫がふたりいる女性もいる。僕の周囲だけでも非常に多様な家族の形があります。何よりも大事なのは、人が愛し合うことが許されること。それでこそ美しい世界ができ上がる。これが唯一の正しい形だと強いるから、さまざまな葛藤や苦しみが生まれるのです。ルイーザという女性の存在も重要なこの映画は、ゲイの愛の物語ではなく、愛することを禁じられた3人の物語だと思っています。この映画が世界中で社会の変化に影響を与えられることを願っています。

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Peeter Rebane/1973年、エストニア生まれ。ミュージシャン、モービーの『Wait for Me』やペット・ショップ・ボーイズの『Together』のMV、22台のカメラを駆使して撮影したドキュメンタリー『Robbie Williams: Fans Journey to Tallinn』(BBCワールドワイド)などの監督として知られる。エルトン・ジョン、ボブ・ディラン、マドンナ、スティング、レディー・ガガ、メタリカ、クイーンなど著名なアーティストがバルト三国でライブを行う際はプロデューサーとして活躍。
ファイアバード
●監督/ペーテル・レバネ
●出演/トム・プライヤー、オレグ・ザゴロドニー、ダイアナ・ポザルスカヤほか
●2021年、エストニア、イギリス映画
●107分
●配給/リアリーライクフィルムズ
●2024年2月9日(金)より新宿ピカデリーほかにて公開
www.reallylikefilms.com/firebird

 

text: madame FIGARO japon

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