クリエイターの言葉 アリ・アスターが最新作『ボーはおそれている』で描き出す恐怖とは?

インタビュー 2024.02.12

「家庭」とは美しい場所であると同時に、檻なんだ。

アリ・アスター|映画監督

『ヘレディタリー/継承』と『ミッドサマー』の2作で、ハリウッドで最も新作の公開が待たれる映画監督のひとりとなったアリ・アスター。気鋭の人気制作配給会社であるA24とタッグを組んだ最新作『ボーはおそれている』を引っ提げ、2度目の来日を果たした。

「前2作はホラーというジャンルを用いて描いたけれど、今回はもっと多くのジャンルを入れ込んだ悪夢コメディ。映画というより、文学ジャンルにおけるピカレスクロマンに近いスタイルと言えるね」

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殺伐とした街で孤独に生きる中年男性のボー(ホアキン・フェニックス)は、父の命日に帰省する予定だった。ところがハプニングの末、出発直前に家の鍵が盗まれ、飛行機に乗り遅れてしまう。困り果て、母に電話をかけるが、母はボーの話を帰省したくないための嘘と決めつけて怒り出す。再度ボーが母に電話をかけ直すと、電話口に出た謎の男が衝撃の内容を口にしてー。●『ボーはおそれている』はTOHOシネマズ日比谷ほか全国にて公開中。

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分娩室に母親のヒステリックな声が響き渡る衝撃シーンで始まる『ボーはおそれている』。大人になったボーを演じるのは、ジョーカーもナポレオンも意のままに演じる名優ホアキン・フェニックスだ。「前2作もそうだったけれど、今回は最もパーソナルな作品になっている。僕自身はユダヤ教を実践していない"似非ユダヤ人"という気もするけど、明らかにユダヤ人としてのアイデンティティに縛られている。ユダヤ教を信奉していない僕の中には神が存在しない。じゃあ神に代わる、神に最も近い地上の存在は何かというと母親なんだ。そしてなぜか僕たちは漫然とした罪悪感を抱いている。この母親と罪悪感は、常にセットで僕たちにまとわりついているんだ」

主人公ボーは、父の命日に合わせ、蚤の市で買った母へのお土産の聖母子像を手に帰省するはずだった。ところがセラピーを受けた際に精神科医から投げかけられた不穏な言葉が現実のものとなり、ボーは夢と現実が錯綜する宿命の旅へと迷い込んでいく。

「付け加えると、僕はなんとなく自分の居場所がないと感じている。家庭といえば無条件の愛や、ありのままの自分を受け入れてくれる場所というストーリーがさんざん語り継がれてきたけれど、その温かく美しい場所は、表裏一体で義務の空間であり、逃れられない場所。僕たちを誘う空間であると同時に、檻となる空間でもあるんだ」

隅々までこだわりを効かせた、めくるめく悪夢的セット美術も素晴らしい『ボーはおそれている』の背景を、にこやかに解説してくれる鬼才はまだ37歳という若さ。鮮烈なデビューからのパーソナルな三部作を終え、これから先、彼はどこへ向かうのだろうか。

「今回初めて組んだホアキンは、ボーを『決断できないために身動きが取れなくなってスタックしちゃってる人。決断したとしても、その結果の因果を抱えた人だ』と解釈し、僕の想いを言い当てたので、すごくうれしかった。最も親しい友人になった彼とは、もう一作一緒に作るつもり。詳しくは話せないけど西部劇になる予定で、僕の好きな西部劇は『荒野の決闘』とだけ言っておこうかな(笑)」

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ARI ASTER/アリ・アスター
1986年、ニューヨーク生まれ。アメリカン・フィルム・インスティチュートで美術修士号を取得。サンダンス映画祭に出品されたデビュー作『ヘレディタリー/継承』(2018年)と第2作『ミッドサマー』(19年)が絶賛され大ヒット、世界的名声を得た。

*「フィガロジャポン」2024年4月号より抜粋

text: Reiko Kubo photography: Robby Klein Getty Images

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