夢を形に。大人の心にもささる絵本『ピンクのカラス』を松本千登世がつくった理由。

インタビュー 2024.03.26

フィガロジャポンの美容アンバサダー、ボーテスターとしての活動のほか、さまざまな媒体で幅広く活躍するエディター・ライターの松本千登世さんが、絵本を一からつくることに挑戦。個人で出版レーベル「BOOK212」を立ち上げ、約1年半の制作期間を経て、この春、絵本作家としてのデビュー作『ピンクのカラス』を世に送り出す。松本さん、そして挿絵を手がけたグラフィックアーティストの牧かほりさんに、絵本をつくるにいたった経緯やモノづくりの醍醐味など、この作品に傾けた情熱について伺った。

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『ピンクのカラス』
松本千登世著、牧かほり画 ¥5,500(BOOK212刊)

運命を変えたひと言「もし、カラスの羽がピンクだったら?」

絵本『ピンクのカラス』の構想は8年前から存在したという。カラスはイソップなどさまざまな寓話に登場するキャラクターだが、松本さんにとっても主人公はカラスありきで、それ以外に考えられなかったという。

「ある人が『もし、カラスの羽がピンクだったら、もっと愛されるのにね』って何気なくつぶやいたのですが、そのひと言が全ての始まりでした。そんな発想が私にはなかったので度肝を抜かれましたが、『羽が黒いから嫌われたり怖がられたりするけれど、羽がピンクになるだけで愛されるようになるかもしれない』って考えるカラスのことを想像すると、なんだか人間と重なって見えてきたんです。そこからストーリーがどんどん膨らんでいって、その日のうちに物語が出来上がりました。だから、カラスじゃなければこの絵本はつくらなかったし、つくれなかった」(松本)

物語の中で、カラスはさまざまなチャレンジを通して大切なことに気付くのだが、これは松本さん自身の経験に起因するところが大きいようだ。

「昔から人を羨ましがる性格で、自分にないものを見つけては羨ましがってきました。それは年齢を重ねても変わらないから、性質としてそうなんでしょうね。ふとネガティブになってしまうと、なんで私にはないんだろう?って思考に陥って、これを変えればこう見えるんじゃないかとか、すぐ空想するんです。私自身がカラスとすごく重なる部分があるから、この物語を書けたと思っています。でもある時から、人を羨ましがるってことは、裏を返せば、人の良いところを見つける天才だって思えるようになりました」(松本)

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着想から時を経て、松本さんが「BOOK212」を立ち上げたのは、2022年12月のこと。出版社に話をもちかけるのではなく、自ら"出版者"となることを選択する。

「いつか本として形にできないかな?と漠然とは考えていたのですが、日常の忙しさと、実現するためにどう動けばいいのか分からず、しばらくほったらかしにしていたんです。それが2022年の9月頃に『やるならいまだな』っていう気持ちが湧き上がってきて。絵は絶対に牧かほりさんに描いてもらおうと決めていたので、まずは彼女を説得するところから始めました」(松本)

「松本さんとは20数年前からの付き合いで、その頃は雑誌向けに挿絵を描いていたのですが、会っていない間に私はイラストレーターというよりアーティストに近い作品を手がけることが増え、花や植物ばかり描いていたので、20年ぶりに再会してのお話で、鳥がテーマの絵本ということに動揺しましたが、松本さんと一緒にお仕事できるなら答えは"イエス"しかなかったです。ただし、どうやってカラスを描いたらいいか、すごく試行錯誤しました。完成まで1年半ほど辛抱強く待っていただけたことがいちばんうれしかったです」(牧)

「出版も、最初はどの出版社に当たろうか?なんて話もふたりでしたのですが、実際に絵本をつくるにあたり、版型なり紙の質なり、何か我慢しなきゃいけないことが絶対に出てくるだろうって悩んでいたところ、ある人から『自分でやったらいいんじゃない? ひとりでやっている人もいるよ』ってヒントをもらったんですね。そこから、『自分だけでできるのかな? じゃあやってみようかな』という気持ちに変わって。だからこの絵本をつくるためだけにレーベルを立ち上げたことになります。起業とはむしろ程遠くて、何にもとらわれず自由に楽しむために、自分で出版する資格を得たという感覚です」(松本)

「やりたいことを自由に形にしたい」。そんな想いを突き詰めた結果、理想の形で夢を実現するため、チャレンジにいたった松本さん。この決断によって、結果的に自分自身がプロフェッショナルの編集者であることを再認識し、そのおもしろさをあらためて実感することになったという。

「私は編集者でライターというキャリアを重ねてきましたが、同時にどこかで、私自身が特別なスキルを持ってるわけじゃないとも感じていたんです。絵を描けるわけではないし、写真を撮れるわけでもない。でも今回絵本をつくるにあたって、有能なスタッフを集めることの楽しみをあらためて実感できたんです。かほこ(注:牧かほりさん)と知り合ったのはかなり昔ですが、ずっと才能に惚れ込んでいて、『今回の絵はかほこしかいない』って思ったからこそ、プロポーズのようなお願いをして、そして受けてもらえて。すごくうれしかったですね。編集者って、そういった喜びがあるなと思いました。あと"伝える"という作業は、自分が相手の想いをそのままの温度感で届けるのがベストですが、その温度をちゃんと感じ取るのも編集者としてのスキルだと思えるようになったんです。絵本に関わる人のいろんな才能を集めることを通して、そういった気付きがあったし、自己肯定にも繋がったと思うので、大好きなことを仕事にできる私はラッキーな人間だなと感じます。これまでもおもしろいことや才能のある人を世に紹介することは喜びではあったけれど、それをプロフェッショナルとして自覚することで、さらに前に進めるようになった気がしています」(松本)

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羽の1枚1枚に命が吹き込まれた、躍動感あふれるカラス。

『ピンクのカラス』は、とりわけ大人にこそ読んで欲しいと松本さんは語る。心が温かくなる前向きなメッセージは、読む者の背中をそっと押してくれるはずだ。

「子どもたちにはもちろん読んでほしいですけど、自分に迷っている方にぜひ手に取っていただきたいです。迷いのある瞬間にすっと取り出してもらえる本になったらいいなと。ちなみに『このカラスが人間だとしたら何歳だと思う?』と周りに聞いてみたところ、18歳って答えた人もいるし、50代の人が『いまの自分と同じくらいかな』って言ったり、私は12歳かな、14歳かなと迷うところで。人によって全然違った答えが返ってくるのもおもしろいところです」(松本)

そして、この絵本のもうひとつの魅力は、なんといっても生き生きとした表情と羽を持つカラスのヴィジュアルだ。挿絵を担当した牧さんは、10シーンに及ぶカラスの絵を1年半ほどかけて躍動感たっぷりに描き上げた。まるで生きているような目の表情や、羽1枚1枚のタッチの美しさから、絵を通してカラスのさまざまな想いや生き様が伝わってくるかのようだ。

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「とりわけ難しかったのは、カラスの黒色でした。人もそうかもしれないですけど、ありのままでいることってやっぱり難しくて。ピンクとか色を乗せるとかっこいい絵になるし、ポーズも決まるんですけど、黒はそのままの姿だからこその難しさがあります。これまでにもモノトーンの作品を描いてきたし、むしろ黒を使うのは得意なほうなんですけれど。実際のカラスも、青光りしてるように見えたり紫っぽく見えたり、羽と口で質感が違うことで、全く別の黒に見えたりもして、実にいろんな黒があるんです。そんなカラスの黒い羽を表現するために、まず鉛筆で下書きを描いてから、水に溶ける色鉛筆の黒、墨汁、アクリルなどさまざまな黒を使って重ねていきました。さらに、好奇心旺盛な生き生きとした目にすることもとても大切にしましたし、動きのある絵になるように、ポーズにもこだわりました。あと、当初はカラス以外に誰もいなかったけれど、小さな虫たちを登場させることにしたんです。それによってカラスとの対話を彷彿させる構造にもなるかなと思って」(牧)

カラスは、ことあるごとに誰かと"会話"するのだが、実際にその相手が誰かということは物語では明確にされていない。それは敢えて狙ったものだと松本さんは振り返る。

「誰と話をしているかについては、内緒にしたかったんです。なぜなら、私もそうなんですけど『誰かがそう思ってるんじゃないか』って、勝手に想像することってないですか? 自分で思い込んでしまっていることを、まるで"誰か"に言われたように統一することで、誰の声なのかを分からないようにしたかったんです。だから小さな登場人物を提案してもらったことで、ストーリーに広がりが出たように感じて、すごくうれしくなりました。一見、鳥とは関係のない人生を歩んでいる虫たちが、カラスに目を向けているように見える気がしてきたんです」(松本)

そうして試行錯誤を重ねて完成した『ピンクのカラス』は、オンライン販売を皮切りに、書店でも取扱予定だ。時間がかかってでも、妥協せず、自由にクリエイションに情熱を注ぐことができた一冊だとふたりは言う。

「これまで広告やテキスタイルの仕事に多く関わってきましたが、長く世に残るのは絵本がいちばんじゃないかなと思うので、イラストレーターとして携わることができたことをすごく光栄に思っています。小学校の卒業アルバムに『絵本を描く人になりたい』と書いた、自分の夢を叶えることもできました」(牧)

「『私たちより長生きするかもよ』って、かほこに言われてすごくドキッとしたんです。もちろん、本が人に届いて、本として生き続けてくれることが前提ですが、絵本って"モノ"ですけれど、命を吹き込む価値があるって気付かされました。そして、この絵本を見て、カラスのイメージが変わるといいな。黒いカラスのことを怖くないんだねって思ってもらえると、作者としてすごくうれしいです」(松本)

「BOOK212」という名には、2歩進んで1歩下がって、また2歩進んで......という丁寧な歩みの積み重ねも込められているという。一生大切にしたくなるような本を、きっと今後も丁寧に制作し続けてくれることだろう。

絵本『ピンクのカラス』刊行記念
もしキミの羽がピンクだったら?展

原画展示、ワークショップ(紙芝居など)、絵本販売ほか
日時:2024年3月28日(木)~4月2日(火) 11:00~19:00
会場:clinic
東京都世田谷区三軒茶屋1-33-18 ブルーボトルコーヒー奥
www.clinictokyo.com
松本千登世
フリーエディター・ライター。航空会社、広告代理店、出版社を経てフリーランスに。雑誌やWEBなどで美容記事やインタビュー記事、エッセイの執筆を中心に活動。

牧かほり
グラフィックアーティスト。花、植物、この世に存在しない生き物などを描き、1枚の絵から、プロダクト、映像、空間演出などに展開している。自身の創作活動とともに、フィリップモリス、デサント、アップルなど企業とのコラボレーションも多数。

interview & text: Eri Arimoto

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