劇場公開中の、柚月裕子による同名小説を映画化した『朽ちないサクラ』。警察の不祥事を追っていた新聞記者、津村千佳(森田想)が不審な死を遂げることから起きるクライムサスペンスである。千佳は大学時代からの親友ということで事前にある情報を伝えていた森口泉(杉咲花)は深い後悔に苛まれる。彼女は県警の広報科に務め、自身の情報漏洩が取り返しのつかない事態を招いたのではと苦悩する。やがて自らの調査で千佳の犯人探しに乗り出すが、そこでバディとして立ち上がるのが、生活安全課に所属する磯川(萩原利久)である。
萩原利久演じる磯川は、さまざまな思惑が交差する警察機構の中で、まるで奇跡のように、無垢な動機で泉とともに事件の真相を追う。グレーな男社会の中で、タイトル通り、可憐ながら、組織の色に染まらないサクラの色をした千佳を守る防波堤のような存在で、作品の中の希望を象徴する役でもある。萩原利久に、この作品でチャレンジしたこと、等身大の役を通して考えたことを聞いた。
――磯川は、杉咲花さん演じる泉に少なからずの好意を持っているけれど、それを悟られまいとする役どころです。暗い色のスーツ姿が多い警察機構の中で、彼の泉への純真な献身は作品の仄かな希望となっていますが、どのようなアプローチをされましたか。
磯川の行動の理由のひとつは"泉への恋心"なので、そのニュアンスをどう出すのかが僕の中で大きなテーマでした。やっぱり人って、好意が行動する上でのものすごいパワーになりかねない。恋心がモチベーションとなって、何でもやろうと思えばできるし、逆にそれがブレーキとなって、何も行動を起こさない理由にもなりうる。僕の演技の出し方で、作品のニュアンスが変わってしまうことはすごく意識しました。原廣利監督とも、磯川の行動の理由は内に秘めて持っているものであって、あまり外に出しすぎず、ニュアンスを匂わせるくらいにと話し合いました。僕が感じている磯川は、クリーンな子。色でいうと白だったり、濁りのない、染まっていない子だなと。その上で、恋心を強く出しすぎると、下心みたいなものが感じられ、違う色が出かねないので、そうならないようなニュアンスを心がけましたね。
――安田顕さん、豊原功補さん、坂東巳之助さん、和田聰宏さんなど警察組織を演じるみなさんの中でも刑事、安全課、公安警察官と立場と考えが違い、しかもみなさん表情から真意を受け取らせないので、誰が泉と磯川の味方なのかわかりません。
真相を探っていくサスペンスではありますし、観客にとっては誰が"クロ"なのか、その時々の見え方で変わっていく。僕は"シロ"として演じていましたけど、最初からそう見えているわけでなく、見せ方で徐々に白い部分が浮き上がっていく。そこがミステリー作品のおもしろさであると思います。かなり濃いキャラクターもいますが、磯川の持つクリーンさは大人たちに負けないパワーを持っていると思っていて。だからこそ不純さや濁ったニュアンスが出ると、完全にあちら側の人になってしまうから、純真さを失わないように演じました。この物語において磯川はストレートに物事を受け取る人間なので、瞬間的に観客の視点と重なる瞬間もあると思います。その意味で重要なポジションだなと思います。
――磯川がバディを組む泉役の杉咲花さんは、昨年の『市子』(戸田彬弘監督)でひとつ上のステージに覚醒したなという印象を受けます。今年になっても『52ヘルツのクジラたち』(成島出監督)、ドラマ「アンメット ある脳外科医の日記」(カンテレ制作)と、主演で群像劇を引っ張る力がすごい。間近で演じて、彼女のパワーの源を感じるときはありましたか?
僕は『十二人の死にたい子どもたち』(2019年、堤幸彦監督)で初めてご一緒したんですけど、当時から僕らの世代では頭ひとつ抜けた存在だったなと思っています。共演しても、ベテランの俳優さんと芝居をしているかのような安心感だったり、パワーだったりをすごく感じました。なかなか同世代でそういう要素を感じることは滅多になくて、飛び抜けていると思いますね。特に集中力。お芝居をしていて、すごく引き寄せられる目をしていらっしゃいますし、存在なのか、仕草なのか、ひとつひとつの要素に引き込まれる存在です。どうしてそういうことができるのか、秘訣はわからないです(笑)。 僕らもそうなれるならなりたいし、目標にされている方も多分多いと思う。こうすれば杉咲花になれますということがわかれば、多分、みんなやっていると思うくらい、それだけスペシャルな方だと思います。だから、再共演できたのはすごくうれしかったです。今後また機会があれば ご一緒したいな。
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――泉と磯川のバディは、今作ではまだまだ終わりという気持ちにならず、次も絶対に見たいと思うような終わり方ですよね。
そう思っていただけたら、すごくうれしいですね。
――男社会の文脈で描かれることが多い警察機構ですが、『孤狼の血』で新風を起こした柚月裕子さんが原作者であるだけに、今作では捜査の資格がない広報部の女性が主人公となっています。そのことによって、従来の警察ドラマとは違うと感じるところはありますか?
男性、女性で作品の見え方に違いがあるのかはわからないのですが、原作を読んだ印象としては、現代社会の縮図を見た感覚になりました。人が何者かによって死んだという事実はひとつしかないけれど、立場だったり環境だったりでそこにどういう真相があるのかという見え方には、人によってすごく温度差がある。それっていまの社会において、いつでも見受けられる光景じゃないですか。インターネットやSNSの発達で、人は情報を簡単に入手できるようになった。でも外野がインターネットを通して触れることと、当事者の見ている景色って、ぜんぜん違うだろうし、その時のシチュエーションでぜんぜん変わることがある。ひとつの事象をどう見て、どう感じるか。その不安定さや、立場によって変わる価値観の違いは、現代の社会そのものだなって思います。それを、警察機構を扱った作品で見られるのが、この作品のひとつのおもしろさじゃないかな。
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――萩原さん自身のことを伺いますが、子役時代から活動をされていて、これまでいろんな役を演じていて、今作の磯川でファンになるひとがいれば、『美しい彼』の平良で好きになった人もいるかと思います。役で持たれたイメージについては、ご自身ではどう感じていますか?
僕自身は、そこには別に何も思わないですね。見る方の自由な部分だと思っています。基本的に、僕はどんな役も演じる上で「近いな」と感じることってなくて。ここの性格が似ているとかは多少ありますけど、別人である以上、演じる上で個人的には自分の素の色を出さない方が僕はうまくいくことが多い。もちろん、普段のクセが意識せず、出ちゃうことはありますけど、まずはそういうものを全部、封印して、一から役の人物像を作っていったほうが、逆の自分らしさみたいなのは出るのかなと思っています。役のイメージに左右されることも僕の中ではなくて、どの作品がきっかけであれ、見てもらえることがすごくありがたいことだなと。役に興味を持って、僕のことを知ってくれて、好きになってくれて、投影しながら見てくださってもいいけど、でも作品そのものを見てくださること自体がすごくありがたいです。磯川に関しては、25歳の僕が26歳の磯川を演じることは、その年代のときにしか出せないものがあるかなと思います。
――キャリアが長いのに、いつもフレッシュな演技をされていて、どうやって息抜きをされているんだろうと思っているのですが、自分の素に戻るためのリセット方法はありますか?
基本的に僕、撮影が終わればもう素に戻ります。それと趣味として、スポーツ観戦がとても好きで、特にバスケットボールとサッカーのプレミアリーグを観る時が完全なる素ですね。プレミアリーグではマンチェスター・シティが贔屓で、NBAは(ゴールデンステート・)ウォリアーズ。この2チームは、基本的に全試合、ちゃんと観ます。実は試合の時間に合わせて生活サイクルが組まれてるぐらい。何時から試合があるから、何時までにこれしなきゃとか、何時から試合があるから、ちょっといま寝ておこうとか。素には戻れるんですけど、凄まじく日常が振り回されてもいます(笑)。
――すごい。この人のプレイの特徴は、とか蘊蓄を語るタイプですか?
そうですね。むしろそっちの方が、喋らせたら止まんないかも(笑)。撮影現場でもプレミアリーグとNBAを観ている人とは会話が弾みますし、もう10年も観続けて、その趣味は今後も変わらないし、この先も長く楽しみたいと思っています。
●監督/原廣利
●原作/柚月裕子『朽ちないサクラ』(徳間文庫 刊)
●出演/杉咲花、萩原利久、豊原功補、安田顕 ほか
●2024年、日本映画、119分
●配給/カルチュア・パブリッシャーズ
©2024 映画「朽ちないサクラ」製作委員会
全国で公開中
https://culture-pub.jp/kuchinaisakura_movie
text: Yuka Kimbara