「加害者になる可能性」という恐怖を描いた、映画『関心領域』。

インタビュー 2024.07.30

「加害者になる可能性」という恐怖。

ジョナサン・グレイザー|映画監督

英国の異才ジョナサン・グレイザーの10年ぶりの新作『関心領域』は、2023年に発表された映画の中でも最も衝撃的な作品であることは間違いないだろう。第2次大戦下のポーランド、アウシュビッツ収容所の所長一家の日常を描いた本作は、ナチスによるユダヤ人への残虐行為を直接見せることなく、その残酷さをどの作品よりも鮮烈に表象している。

第76回カンヌ国際映画祭でグランプリを受賞後、アカデミー賞では国際長編映画賞と音響賞の2冠に輝いた。グレイザーは、収容所の所長とその妻と不倫する将校、ユダヤ人のゾンダーコマンド(囚人労働者部隊)の視点から語られる、マーティン・エイミスの小説との出会いがこの映画への出発点だったと語る。

「加害者の視点を見いだそうとする私の興味は、エイミスの小説を読む前からありました。芸術家として身を置くには極めて居心地の悪い場所です。彼の試みにはとても勇気づけられました。ですが、この小説を忠実に脚色するつもりはありませんでした。原作は私にとって非常に重要な火種であり、核という位置づけなんです」

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©Two Wolves Films Limited ,Extreme Emotions BIS Limited,Soft Money LLC and Channel Four Television Corporation 2023. All Rights Reserved.

第2次世界大戦下のポーランド、アウシュビッツ強制収容所の隣にある美しい庭や温室、プール付きの邸宅には、収容所の所長ルドルフ・フェルディナント・ヘス、その妻ヘートヴィヒと5人の子どもたちが住んでいた。ピクニックやランチに出かけ、優雅な生活を送る彼ら。やがて、ルドルフには転勤要請が来るが、ヘートヴィヒはその邸宅に留まることを選ぶ......。●『関心領域』は全国で公開中。

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タイトルの「関心領域」とは、収容所の周囲40平方キロメートルのエリアを示す時にナチスが使った言葉だ。

グレイザーはポーランドへ赴き、小説の主人公のモデルとなっている実在の収容所の所長ルドルフ・フェルディナント・ヘスをはじめ、当時の記録や証言を念入りに調査したうえで、実際に収容所の壁から50メートルのところで撮影した。映画では原作小説のようなドラマティックな物語は展開されず、淡々と彼らの日常を追う。非人間的な行為が行われている施設の隣で、どのように人間が生きていくのか、いかにそこから目を逸らしていたのか、というおぞましい現実を描き出している。

「音は重要でした。壁で隔てられた庭にいる時に聞こえてくる音で、恐怖や閉塞感をすべて表現する必要があったのです。どれもサウンドデザイナーのジョニー・バーンによって入念にリサーチされ、使われた音は町の中などさまざまな所で採集しました。聞こえているものはすべてリアルで、映画の中で再利用されているのです」

映画の中で露呈する人間のグロテスクな本質は、観客にホロコーストのような大量虐殺はいまでも起きていることを再認識させる。

「私たちは進化しなければならないと思う。でも、言うは易し、行うは難し。加害者、被害者ということではなく、この映画は私たち一人ひとりが加害者になる可能性について描いている。私たちは誰を愛し、誰に共感し、誰に共感しないと決めるのか。非常に複雑な状況ですが、基本的には内面的な検証であると私は思います」

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JONATHAN GLAZER/ジョナサン・グレイザー
1965年、ロンドン生まれ。ジャミロクワイなどのMVを手がけ、『セクシー・ビースト』(2000年)で長編映画監督デビュー。『記憶の棘』(04年)、『アンダー・ザ・スキン 種の捕食』(13年)はヴェネツィア国際映画祭コンペ部門に選出された。

*「フィガロジャポン」2024年7月号より抜粋

text: Atsuko Tatsuta photography: Kuba Kaminski

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