フランツ・カフカへの100年前の恋文を、情熱で甦らせた作家とは?

インタビュー 2024.08.04

100年前の恋文を、情熱で甦らせる。

マリ= フィリップ・ジョンシュレー|作家

いかなるものにも囚われず、ただひたすら一途に、魂を燃やすような言葉がちりばめられたマリ= フィリップ・ジョンシュレーの『あなたの迷宮のなかへ カフカへの失われた愛の手紙』は、没後100年を迎えた20世紀最高峰の作家のひとり、フランツ・カフカへ宛てられた愛の書簡集になっている

『変身』や『城』などで知られる、深い苦悩に満ちた世界を描く堅物のカフカ。しかし『ミレナへの手紙』として日本でも出版されている、1919年の春にプラハの文学カフェで知り合ったミレナ・イェセンスカーに送っていた手紙には細やかな情愛があふれていて、意識の奥を描くカフカのイメージとはほど遠く、驚かされる。

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没後100年を迎えるカフカの恋人として知られるチェコ人女性ミレナ・イェセンスカー。カフカから彼女への手紙は後に出版されたが、失われてしまったミレナからの手紙には何が書かれていたのか。作家への愛と情熱、父や夫との葛藤、そして自身の孤独と叫び。別離後もカフカを慕い続け、強制収容所で絶命した女性の魂を現代の作家が甦らせる。『あなたの迷宮のなかへ カフカへの失われた愛の手紙』 村松潔訳、新潮社刊 ¥2,640

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ところが肝心のミレナからカフカに宛てた手紙は紛失してしまっていて、おそらくカフカが燃やしたものと思われていた。著者はその失われた恋文を、21世紀の現代、自分の手で再現してみようと思い立ったというのだから、それに挑戦するだけでも並々ならない情熱と覚悟が必要だったに違いない。

来日中のジョンシュレーが発した、「私はミレナの恋文を書いている間はずっと、本当に恋に落ちていたのです」というきっぱりとした口調がとても印象的だった。

「カフカの文学の世界はあまりにも暗くて難解だったのですが、『ミレナへの手紙』を読むと、カフカが手紙を頰に押し付けて愛おしく思うほど、言葉を超えた感情が伝わってきて胸を打たれました。人間の脆さを赤裸々に見せていたり、内密な部分をさらけ出しているようなところに心惹かれたのです」

こうして完成した本書は、カフカを慕い続けた1世紀前の女性の息遣いが聞こえてくるような、激しく、生々しく、孤独と不安で刻まれた恋文になっていて、読む者の胸をリアルに揺さぶってくる。

「私はもともと、手紙を読むのが好きなのです。ヘンリー・ミラーからアナイス・ニンへ出した書簡集『ヘンリーからアナイスへ』や、ヴァージニア・ウルフの『V・ウルフ書簡集』などを読んできました。カフカの手紙の行間から、どんな女性かを想像してみて、90年代にいた女性ジャーナリストみたいな人ではないか、と思ったのです。強靭な意志の持ち主。スポーツをやっていたのでタフで、生活苦のため働かなければいけなくなると、彼女は駅で赤帽をしていた。一途な女性です。私は夢中になって、2カ月で書き上げました」

手紙を書く習慣を失ったいまの時代。「心と心が出会った」というカフカとミレナの恋を、色褪せたレトロなスタイルではなく、繊細で現代風に編み出した本書は、私たちを無限の愛の世界に誘う。

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MARIE-PHILIPPE JONCHERAY/マリ= フィリップ・ジョンシュレー
1974年、フランス生まれ。ソルボンヌ大学で現代文学、国立東洋言語文化学院(INALCO)で中国語を学んだ後、中等学校と高校で10年間フランス語を教える。2024年現在は作家業に専念、詩も発表している。

*「フィガロジャポン」2024年7月号より抜粋

text: Kasumiko Murakami photography: Bénédicte Roscot

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