「ヒロインが魅力的な映画って、やっぱりいいなと思います」成田凌が主演作『雨の中の慾情』に見出す魅力とは?

インタビュー 2024.11.28

階段から降りている途中、成田凌は小さな声で「イタタタ」と呟いた。山登りの経験者ならわかる、翌日の筋肉痛が残った足の重い運び。あてずっぽうに東北でいちばん好きな山の名前を挙げて「登山ですか?」と聞くと、「!」という驚いた表情から破顔一笑、「どんぴしゃです。3日間突貫で縦走してきました。尾根沿いはまだ夏の残る素晴らしい景色で、天空の楽園って言われるだけあって、歩いていて本当に楽しかったです」

役柄と本人は全く別人格とわかっていても、最新作『雨の中の慾情』で成田が演じた義男の不遇な青春を思い出すにつれ、彼が美しい風景の中に存分に身を置いたことに観客として救われる気がする。義男は原作者・つげ義春のアバターのような漫画家の青年で、本作はつげが1981年に発表した19ページの短編「雨の中の慾情」に、「夏の思いで」「池袋百点会」「隣りの女」を加え、漫画家の義男が恋慕する福子(中村映里子)、文学青年崩れの伊守(森田剛)の愛と友情が交差する三角関係が万華鏡のように変化していく。ただ、監督が『岬の兄妹』(2019年)『さがす』(21年)、ドラマ「ガンニバル」(22年)の片山慎三だけあって、3人の関係は思いもしない場所へと連れていかれるのだ。先の東京国際映画祭のコンペティション部門にもセレクトされ、連日、SNSには多彩な感想があふれた。この意欲作を演じた思いを聞いた。


――本作のどこに惹かれて出演を決意しましたか?

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漫画家の義男(成田)は、引っ越しの手伝いに向かった先で未亡人・福子(中村)の姿に見惚れ、一心不乱にスケッチする。同行していた小説家志望の伊守(森田)が福子と付き合うことになり、落胆する義男。しかし、ほどなく伊守と福子が義男の家に転がり込んでくることになり、義男は福子への想いを抱えたまま三人の奇妙な共同生活が始まり......。

とある作品の出演依頼が来ていると、マネージャーさんから事務所に呼び出されたんです。その声色からこれは相当大変なお話なのかなと思いました。そうしたら、片山慎三さんが監督で、撮影は台湾で、原作はつげ義春さんでと、もうすべてが魅力的で。瞬間、何か光が見えたというか、すごくテンションが上がりましたね。

――本作は義男をとりまく状況が刻一刻と変わっていって、どこへ連れていかれるのかと最後まで緊張感が途切れませんでした。場面ごとのシチュエーションで義男の人物像が微妙に変わっていく複雑な構造ですが、演じる上で大切にされたことは?

確かに状況は変わっていくけど、その都度、義男が対峙する人も変わってくるので、人物像は変わってもいいかなと思っていました。義男を演じる上で、彼の優しさと嫉妬心さえ持っていれば、いろんな感情があっていいなと。「義男を好演しよう」というようなよこしまなものは捨てていました。彼は根本的に優しい、でも、彼の日常や人生には何かが決定的に足りていない、これが欲しいというものはなんとなくわかっているんだけど、常に手に入らない状況にいるからずっともやもやを持ち続けている。そういうことを考えながら、場面ごとに現れ、そこにいる人たちと、毎回違うような感情で接していました。

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――片山監督の作品には、『岬の兄妹』『さがす』、評判となった配信ドラマの「ガンニバル」と、どこか人間の衝撃性や暴力性が日常に入り込んできます。本作の義男の日常にも、突然、そういう要素が入り込む瞬間がありますが、その世界観をどう感じますか?

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叶わぬ恋に落胆する義男の元に、転がり込んできた福子と伊守。背景の「つげワールド」を思わせる美術にも注目だ。

片山さんはすごくピュアな方なんですよ。自分のもっている独特な感性や世界観を作品にそのまま入れ込んでくるから、中には監督の言語が通じない人もいるかもしれません。でも、僕は片山さんが伝えたいことをわかっている、通訳できると信じてやっていました。片山さんは伝えたいことをバシッと伝えてくださるので、演出もわかりやすかったです。とにかく作品を良くすることを考えている監督と、どうしたら監督の頭の中を具現化できるか、スタッフ、キャストが一丸となって考えるという感じでしたね。

――義男は売れていない漫画家で、いろいろくすぶりながら漫画を描き続けています。それだけでは食べていけないので、大家(竹中直人)の依頼で、危険な商売にも手を出している。その過程で知り合い、兄弟のような関係になる伊守を演じるのが森田剛さんです。初共演ですが、芝居からどういう印象を受けましたか?

僕がこんなことを言うのはおこがましいんですけど、すごく心地が良いなと思っていました。自分ができていたかはわからないけど、お芝居で目を合わせているとき、勝手に通じ合っているような気がしていて。あれは、なんかすごかったです。撮影の合間に喋るってこともなくて、ただそばにいるだけだったけど、それでも森田さんはすべてをわかってくださっているように感じて、とにかく撮影中は森田さんが素敵だった記憶しかないですね。

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――義男が恋焦がれる福子役の中村映里子さんとの芝居では、どのような刺激がありましたか?

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ほとんど仕切りもないような家で共同生活を始めた三人の関係性は微妙に捻れていく。

作品を観た方にはわかっていただけると思うんですけど、この映画の中でずっと素敵じゃないですか。ヒロインが魅力的な映画ってやっぱりいいなと思います。福子さんがただそこにいるだけで、ムードが漂って、空気感が変わる。義男が自分の家でひとりで漫画を描いている時や寝ている時と、あの家に福子がやってきた時とでは、空気感が全然違いましたからね。

――台湾の嘉義市のレトロな建築物や風景で展開するドラマなので、どこか郷愁や、懐かしさが帯びる三角関係なのもおもしろいですよね。

義男が暮らしている部屋は昔からの文化住宅ですけど、いまも現役で、ほかの部屋には普通に人が住んでいるんですよ。映画に登場する犬も、そこの家の犬です。だから、生活感がそのまま映っていて、どうやってこんな素敵な場所を見つけてきたんだろうと驚きました。文化住宅のすぐ近くの商店街も本物で、近隣の方々が普通に暮らしていて、映画の中の魚屋さんも実際にあるお店がそのまま登場しています。本番の時だけ音を立てないように協力していただいたんですけど、商店街の人も「はいはい、どうぞ」という感じで、全然気にされてなかったというか。温かくて気取らないムードが全編を通して流れていて、そういうところもこの映画の大事な要素になっていると思います。あと、撮影監督の池田直矢さんがすごく素敵な方で、出来上がった映像も素晴らしいんですよね。池田さんって撮影中、登場人物を取り巻く情景もそうですが、役者の感情をずっと細かく見てくださっている方で、その池田さんの撮りたい映像を目指して構築された舘野秀樹さんの照明もまた素晴らしくて。台湾って街にいろんな色の光が差し込んでいて、この映画でも夜のネオンがいろんな色で構築されているんです。僕も反対色の光の中で演じることが多くて、それがムードを作って、魅力的な映像になっています。この映画はそういった面でもすごく攻めていると感じますね。

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――夜の義男の部屋が、アンバーの光の色が効いていたりしていて、『欲望の翼』のラストにちらっと出てくるトニー・レオンを連想させたりしますよね。

この映画は日本と台湾の合作で、多分、台湾のスタッフさんからするとこんなに時間をかけるのかと驚かれたと思うんですけど、一緒にやっていくうちに片山監督の熱が伝わって、みなさんも、すごく愛情をもってやってくださいました。彼らは明るいし、よく飲みに行ったりもして、いい関係を築くことができたと思います。撮影が終わってもうずいぶん経ちますけど、先日、台湾のスタッフさんたちが集まってバーベキューをした時に、日本のスタッフが渡航して参加してましたから。SNSでも繋がっているので、 誰々が最近こういう作品に参加しているとか、話をできるのがうれしいですね。

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Ryo Narita/俳優
1993年生まれ、埼玉県出身。2014年、ドラマ「FLASHBACK」(フジテレビ)で俳優デビュー。 2018年、映画『スマホを落としただけなのに』『ビブリア古書堂の事件手帖』で第42回日本アカデミー賞新人俳優賞を受賞。主演を務めた『カツベン!』(19年)では第74回毎日映画コンクールで男優主演賞を受賞。以降『窮鼠はチーズの夢を見る』(20年)『街の上で』『くれなずめ』(ともに21年)『ちょっと思い出しただけ』(22年)ほか多数の映画、ドラマに出演。近作に「1122 いいふうふ」(24年/Amazon Prime Video)「降り積もれ孤独な死よ」(24年/読売テレビ・日本テレビ)、映画『スマホを落としただけなのに ~最終章~ ファイナル ハッキング ゲーム』(11月1日公開)『【推しの子】-The Final Act-』(12月20日公開予定)ほか。

――最後に、成田さんにとって、片山監督とこの作品の魅力はどういうところにあると思いますか? 

片山さんの魅力は逃げないところ。生きていて対峙しなきゃいけないことってたくさんあるけど、時には逃げたり、避けたりすることもあるじゃないですか。でも、片山さんは逃げない。実は『雨の中の慾情』を物語にすることで、片山さん自身が削られているところもあって。序盤、エネルギーを使いすぎてしまって、撮影の池田さんが「今日はもう、撮影は終えましょう」とストップをかける時があったくらいです。この作品にはそれだけのエネルギーが詰まっていて、だから、本当にたくさんの方に観ていただきたいです。目まぐるしく、いろいろな要素で構成されていますが、義男が福子をずっと好きで追い求め続けているという点でぶれない映画になっています。行ける時はいろんな劇場に行って、とにかくみなさんの感想をお聞きしたいです。

『雨の中の慾情』
●監督・脚本/片山慎三
●原作/つげ義春
●出演/成田凌、中村映里子、森田剛、足立智充、中西柚貴、松浦祐也、梁秩誠、李沐薰、伊島空、李杏、竹中直人ほか
●2024年、日本・台湾映画
●132分
●配給/カルチュア・パブリッシャーズ
●R15+
●2024年11月29日(金)よりTOHOシネマズ 日比谷ほか全国で公開
©2024 「雨の中の慾情」製作委員会
公式サイト:https:/www.culture-pub.jp/amenonakanoyokujo/
公式X:@ame_yokujo
公式Instagram:@ame_yokujo

 

text: Yuka Kimbara

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