パオロ・ソレンティーノ/映画監督・脚本家
1970年、イタリア・ナポリ生まれ。『イル・ディーヴォ 魔王と呼ばれた男』(2008年)でカンヌ国際映画祭審査員賞、『グレート・ビューティー 追憶のローマ』(13年)でアカデミー賞外国語映画賞に輝いた。『Hand of God―神の手が触れた日―』(21年)でヴェネツィア国際映画祭審査員大賞を受賞。
アーティストの視点は、ナポリの街から獲得した。
「ナポリを見ずに死ぬなかれ」。作家ゲーテがナポリのあまりの美しさに感動して残した言葉だ。カンヌ国際映画祭コンペティション部門でワールドプレミアされた、イタリアの名匠パオロ・ソレンティーノの最新作『パルテノペ ナポリの宝石』。ナポリの古名で神話上の人魚でもある"パルテノペ"の名前を付けられたひとりの女性の人生を通し、ナポリを舞台に記憶と時間、そして自由について探求する叙情詩だ。
「時の移り変わりによって人間がどう変化していくかに興味があったのです。メランコリーやノスタルジー、叙事詩的であり叙情的でもある世界を描いてみたかった」
主人公パルテノペは美貌と知性を兼ね備えながらも、愛する人とはすれ違い、葛藤の多い人生を余儀なくされる。その姿は、これまで手がけた作品とは明らかに異なる輪郭を持つ。
「今日、女性の冒険というテーマには男性のそれよりもはるかに興味深く、表現すべきものがあると思いました。女性を主人公にすることで、これまでとは異なる物語の広がりが生まれると感じた。私は政治家や犯罪者など、自分が知らない人や世界を描き、知ることに常に興味を持ってきました。〝女性〟という存在もまた、未知の人物像であったのです」
興味深いのは、パルテノペの数々の経験を通して、ナポリという街の実像と虚像が交錯した輪郭が立ち現れることだ。
「ナポリは素晴らしい街ですが、すべてが過剰と狂気に満ちている。それは魅力的である一方、住んでいる者にとっては疲弊の原因にもなる。私は37歳までナポリで暮らしましたが、子どもが生まれて家族との生活を考えた時、その猥雑さを避けるために街を出ました。いまでもしょっちゅう里帰りをしますが、長居は無用なのです」
故郷に対する複雑な思いを吐露するが、それでも「ナポリという街に育てられた」と明言する。
「人間が形成される青春期をすべてナポリで過ごしました。特に物事をアイロニカルに見つめるアーティストとしての視点はこの街から得たものであることは間違いない」
映画に繰り返し登場する美しい"海"のイメージは、この映画の主題である自由の象徴としてスクリーンを埋め尽くす。アルコール依存症のアメリカ人作家、この地域を牛耳っているギャング"カモッラ"、枢機卿など強烈な個性や残酷さも併せ持つ登場人物とビジュアル表現は、ソレンティーノの作品と同様にフェデリコ・フェリーニを連想させもする。
「フェリーニは私にとって重要な監督ですから、意識せずとも影響はあると思います。最も重要なのは、私にとっての美しさには、ある種のグロテスクさが含まれているということ。美しさとは、驚きをもたらしてくれるものなんです」

『パルテノぺ ナポリの宝石』
1950年、ナポリの裕福な家に生まれたパルテノペ。最愛の兄と幼なじみの愛を受けて育つが、23歳の時に起こった悲劇的な事件が、彼女の人生に暗い影を落とす――。
8月22日から新宿ピカデリーほか全国で順次公開。
https://gaga.ne.jp/parthenope/
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*「フィガロジャポン」2025年10月号より抜粋
text: Atsuko Tatsuta