アートとしての日本刀"aikuchi"をデザインしたマーク・ニューソンと、プロデュースを担当したWOW inc. 代表の高橋裕士さんにインタビュー。
インタビュー 2014.04.21
これまで、インスタレーション映像やモーショングラフィックスなど、数々のビジュアルデザインを手掛けてきたスタジオ、WOW inc代表の高橋裕士氏の生家、宮城県指定無形文化財の法華家(ほっけけ)は、1700年代から続く刀匠の一族。
高橋氏は、震災の影響から存続が危ぶまれている東北の伝統工芸を活性化するために、世界的に著名なデザイナー、マーク・ニューソンを迎え、工芸品ではなくアートピースとしての日本刀のプロデュース、ここに"aikuchi"が誕生した。作品名は、鐔(つば)を持たない形状の日本刀「合口」を意味し、平和な時代においてその価値は武器よりも「お守り」という意味合いに進化し、現代へと継承されてきた。
この世界限定10組のみ制作されたエクスクルーシブな日本刀は、刀身制作を法華家、収納ケースを東北伝統の箪笥"岩谷堂箪笥(いわやどうたんす)"と、漆塗り"秀衡塗(ひでひらぬり)"の熟練の職人が担当。そして、職人の技術を活かした刀装具のデザインをマーク・ニューソンが行った。
2014年3月20日に東京美術倶楽部にて開催された、1日限りの展覧会「WOW × Marc Newson "aikuchi exhibition"」のために来日したマーク・ニューソン氏と、WOW inc.の高橋氏に、伝統工芸を現代アートの解釈で再構築し創り上げた、"aikuchi"について伺った。
――今回、このプロジェクトがスタートしたきっかけ、そして、WOW inc.とマークさんがコラボレーションすることになった経緯を教えてください。
高橋裕士(以下T):僕の実家は東北で10代続く刀匠なんです。兄が家業を継承しています。僕は伝統工芸や伝統美術というものからは逃げていたわけですが、実を明かすと多少なりともコンプレックスを感じていました(笑)。僕は映像やヴィジュアルを制作する会社、WOW inc.を立ち上げて18年、イッセイ ミヤケさんのショーを演出したり、海外で仕事をしたりすればするほど、日本でもっと自分がやるべきことがあるんじゃないかとい思うようになりました。さらに、75歳になる父と一緒に、何か残ることをしたいという思いと、2011年に発生した震災で多大な影響を受けた東北の伝統工芸をまた活性化させたいという両方の思いに駆られて今回のプロジェクトを考えたのです。マーク・ニューソンとの出会いは、音楽プロデューサーをしている共通の友人に紹介してもらったことから始まりました。現代において、デザイナーとして最も成功している人物であり、カトラリーやグラスなどの日用品から、ファッション、さらにはヴァージン・ギャラクティックのスペースジェットのデザインのような大きなプロジェクトまで幅広く活躍している彼が、古来より日本に受け継がれてきた「刀」という工芸品を、どのようにアートへと昇華するのかを見てみたかった。だから、「見たことないものを作ってください」とオーダーしたんですよ(笑)。2013年10月にこのプロジェクトが実現したとき、本当にうれしかったです。
――お互いの印象をお聞かせください。
T:僕は、そもそもこのプロジェクトを受けてもらえるのか、ドキドキしていました。彼は、刀というモチーフが好きだとは聞いていたので、期待はありました。
マーク・ニューソン(以下M):彼は素晴らしく成功している人物で、野心家でもあるという印象でした。そして、このプロジェクトを真剣に取り組んでいるんだということが、会ってすぐに分かりました。
――刀というオブジェクトについて、どういう思いを持っていらっしゃいますか?
M:刀に対しては、基本的な知識しかありませんが、刀はオブジェクトとしてとても美しいですよね。技術を最も高いレベルで具現化したものだという印象があります。法華家の刀身は、完璧さというレベルまで高められていて、深く感銘を受けます。
T:マークさんには刀身以外の部分をデザインしてもらったのですが、伝統工芸の歴史を重んじる人の中には、このプロジェクトに対して厳しいことを言う人もいるかもしれない。あれは「合口ではない」とかね。でも、僕たちとしては、全く新しいもの、現代に受け入れられるものを作りたかったのです。刀について言えば、武将が負けると金と鉄と鍛冶屋は、次にずっと引き継がれていくものなんですよ。そして、神の召し物と言われるくらい、古来から刀というものは位の高いものだったのです。戦闘の場では、本来、一番強いのは槍と弓なのですが、ほとんど現存していません。精神的な意味も含め、昔は刀の価値がとても高いものだったのです。貨幣価値を越えた、人とのやりとりや繋がりを感じます。
――完成した"aikuchi"を見たとき、どのように感じましたか?
T:マークさんから上がってきたデザインを見たとき、泣けるほどうれしかったですね。普通、もっと自分の色を出したいとか、そういう意識が生まれてくるものだと思うのですが、作品を見て、彼が刀身に対するリスペクトをちゃんと持ってくれているのがとてもよく伝わりました。しかし、同時に"合口"といえども小さな鐔があるところなど、斬新なデザインが出来上がったと思います。刀というのは、美しさもありますが、怖さもある。そういう相反するものを兼ね備えた究極な存在だと思うのですが、そういうことも含めてよく表現されていて、現代の人が憧れを持つようなモダンなデザインに仕上がっていると思います。そういう感性が今の伝統工芸には必要です。伝統工芸が一部の人だけしか分からない、クローズドな世界でいることはとても残念です。
――今回のプロジェクトで苦労した部分は?
T:自分はプロデュース側なので、マークさんがやりたいことをできる環境を整えることに意識を集中しました。しかし、刀というのは1000年近くの歴史がありますから、まず、日本の刀の文化をマークさんに理解してもらうために、膨大な資料を送らせてもらいました。それを読むのが大変だったんじゃないでしょうか。
M:私は妥協するのが基本的に嫌いなのですが、どうしても物理的な制限や、技術的な制限というのが存在します。今回は、時間的な制約もあって、とても大変でしたね。しかし、これを私に与えられた課題だと思うことにしました。"デザイン"という作業をするときは、何かしらの制限がある。それが"アート"との違いですよね。そして最も大変だったのは、制作のプロセスや文化の色合いを、深く理解することでした。一方で新しいことにチャレンジしながら、他方では、長きにわたり伝統的に行われていたことを受け入れなければ、このプロジェクトは完成しませんでした。
――鞘(さや)に描いたグラフィックパターンについてお聞かせください。
M:まるで細胞の断面図のようなパターンは、数学的な公式を表しています。組織化されているのだけれど同時に非組織化されていて、規則性もあり同時に不規則性もある。こういったことは自然界にも存在しています。それをひとつの象徴として表現しています。
――またコラボレーションする機会があったら、どんなものを作ってみたいですか?
T:今回、伝統的なモチーフをやったから、もし次回があるなら、現代的なものをコラボレーションしたいですね。我々は、ソフトウェアのプログラミングや、ユーザーインターフェイスの制作をしているので、例えば、彼がエクステリアをデザインして、僕が中身をやっても面白いかもしれませんね。
M:依頼があれば、何でも!
――プライベートについての質問ですが、東京に来た時に必ず訪れるアドレスや行ってみたいところは?
M:まず畳のあるところには必ず行くね!(笑)時間があれば温泉に必ず行きたい。例えば、青森や修善寺。
T:宮城の秋保温泉や作並温泉もおすすめですよ。
――今までで一番印象に残っている、リゾート地や旅のディスティネーションは?
T:ヨーロッパに行くと、必ずフィレンツェに寄ります。街がコンパクトにまとまっていて面白い。北の方に車で1時間くらい行ったところに、4代続く肉屋がやっているレストランがあって、そこに必ず行きます。死ぬ前にどこに行きたいかって聞かれたら、ここだと答えるくらい好きです。
M:私は半分仕事で、半分プライベートな感じでいつも旅をしているのだけれど、ギリシャの島が一番印象に残っています。オリーブ畑のグリーンが美しい土地です。ロンドンから近いわりに、全く異文化がそこにあるのが刺激的です。(ロンドンと違って)毎日お天気だしね!
【PROFILE】
高橋裕士/HIROSHI TAKAHASHI
WOW inc.代表。1700年代から代々続く刀匠の家庭で伝統工芸や古美術に囲まれて育つ。1997年仙台で会社設立し、2000年に東京、2007年にロンドンへ活動の場を広げる。現代における日本の伝統と美の普及にも取り組んでいる。
www.w0w.co.jp/aikuchi/

【PROFILE】
マーク・ニューソン/Marc Newson
現代デザイナーの中で最も成功を収め、影響力を持つ人物の一人。家庭用品から家具、腕時計、自転車、車、ヨット、レストラン、飛行機の内装、建築、そして自身の彫刻作品と多岐に渡るジャンルで数多くの革新的な作品を発表し続けている。
photo:YUJI KOMATSU, texte:KEIKO KAMISHITA