エルメスの職人たちの言葉で紡ぐドキュメンタリー、
『ハート&クラフト』監督にインタビュー。

インタビュー 2011.10.24

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革がバッグに、シルクと繊細な下絵がカレに、ガラスの塊がクリスタルになる瞬間。うっとりするほど美しいエルメスの製品の数々を生み出すのは、魔法ではなく、ひとりひとりの職人(アルチザン)の熟練の技と仕事への愛情――いまメゾンエルメスのル・ステュディオで上映中の『ハート&クラフト』は、そうした職人たちの証言を集めたドキュメンタリー映画だ。

エルメスの今年の年間テーマ「現代(いま)に生きるアルチザン」に呼応するようにつくられたこの作品を監督したひとり、イザベル・デュピュイ=シャヴァナ氏が日本公開に合わせて来日。長身にエレガントなスーツが似合う、凛とした美しさが印象的な彼女は、取材場所に現れると、「日本語が話せなくてごめんなさい」とチャーミングな笑顔を見せる。さまざまな工程と職人の言葉を紡いでつくった詩のような作品を慈しむように、丁寧に語ってくれた。


111024news_01.jpgイザベル・デュピュイ=シャヴァナ(Isabelle Dupuy-Chavanat)
デザイナー、ジャーナリスト。パリ・ゴブラン写真学校修了後、世界中を駆け巡り、詩情を交えた独自の眼差しで数多くのルポルタージュを『Madame Figaro』、『Vogue Décoration』、『AD』などの雑誌に寄稿。映画プロデュースも手がけ、サラ・ムーン監督と組んで3本の短編映画『L'Effraie(メンフクロウ)』、『Le Fil rouge(赤い糸)』、『La Petite Sirène(人魚姫)』を制作、2010年にパリのヨーロッパ写真美術館で発表。著名なレポーター、ドキュメンタリー作家であるフレデリック・ラフォンとともに『ハート&クラフト』の監督を務める。

――この映画にはフランス各地の工房で働く何人もの職人が登場します。国籍やバックグラウンド、年齢も違う職人たちですが、取材対象をどのように選んでいきましたか?

イザベル・デュピュイ=シャヴァナ(以下I):「特に基準があったわけではなく、直感的なものでした。初めてアトリエを訪ねたときは撮影用カメラを持たずに、フレデリック(この作品のもうひとりの監督であるフレデリック・ラフォン)とともに小型カメラで目についたものを撮っていきました。そのうちに何人かの職人と目が合い、話していて、その印象的な眼差しにはっと胸をつかまれる瞬間がありました。

2回目に訪れたとき、前回会った方たちに再会すると、初対面の時から少し距離が縮まり、信頼関係が生まれ始めたのです。印象的だったのは、彼らは多くを語らないけれど、その数少ない言葉がとても強い力をもっていること。それこそを映画を通して伝えようと思いました。

フレデリックも私も当初、職人はあまりしゃべらない人たちだと思っていましたが、ノウハウを意味するフランス語の"savoir-faire"が"知る"と"する"がひとつになった言葉であることを、彼らを見ていて実感したのです。そして、アトリエの片隅に小さなスタジオのようなスペースを設け、職人のなかで、もっと多く語りたいことをもっていると感じられた人たちにそこで15分ほど話を聞きました。

フランスではしばしば、アンチ権力、ヒエラルキーに対する反発がありますが、各アトリエで話を聞いていると、皆が幸福感に溢れていて、人生が花開いている様子を目の当たりにして、いったいどうなっているのだろう、と驚いてしまいました(笑)」


111024news_02.jpg『ハート&クラフト』より。
"Hearts and Crafts"
A film by Frédéric Laffont and Isabelle Dupuy-Chavanat, 2011

――もっとも印象に残った職人の仕事、工程を教えてください。

I:「すべてが私にとっては知らなかった仕事で、どの工程も愛着をもって観察しました。たとえば絹織物については、下絵を描くのにどれほどの時間が費やされるのか、また馬の鞍をつくる道具が新しくなったとき、職人がいかにしてその道具にふさわしい動作を見出していくか、そしてサンルイのクリスタルの工程ではいかにスピードと、頭の中にハッキリとしたイメージをもつことが重要か――どの仕事もとても印象深いものでした」

――取材した職人たちの言葉のなかで、イザベルさんにとってもっとも印象に残ったものは?

I:「ジュエリーの製作を手がける、手話で話していたアリという男性の言葉。彼は以前、家事しかできなかったと聞き、心を動かされました。いまでは皆が彼とコミュニケーションをとるために手話を学んでいるほどなのです。もし誰ひとり彼の技量に気づくことがなければ、いまでも家事をしていたかもしれないと思うと胸を打たれます。もっと挙げてよければ、印象的な言葉はまだたくさんあります。でもひとつしか選んではいけないのですよね(笑)」


111024news_03.jpg『ハート&クラフト』より。
"Hearts and Crafts"
A film by Frédéric Laffont and Isabelle Dupuy-Chavanat, 2011

――一緒に監督を務めたフレデリック・ラフォンさんはあなたにとってどんな方ですか? 取材を進めていくうえで、彼から感銘を受けたこと、興味深いと感じたことがあったら教えてください。

I:「情熱の人。人生と人間への情熱――彼は戦争や紛争地帯によく赴きますが、そうした困難な状況や試練に遭う人々のところへ行き、繊細な感性をもって人間を写し取り、わたしたちに伝えてくれる。非常に思慮深い人です。

私が18歳のときに彼と知り合い、お互い世界中を飛び回って仕事をしていましたが、一緒に何かをする機会はなく、20年ほど会っていませんでした。それが数年前、偶然映画館から出てきたときにばったり出会ったのです! 私が職人たちの話をすると、彼は"僕はこれまで醜いものをたくさん見てきたために、老女のようになってしまった。だからこそいまは美しいものを見たい"と言いました。偶然の再会のおかげで、この映画を一緒に手がけることができました」

――あなたにとってエルメスにまつわるエピソードがありましたら教えてください。

I:「幼い頃から母がエルメスのスカーフやバッグを持っていて、身近にあったことを思い出します。いつかエルメスの職人さんが、私の望みどおりのバッグをつくってくれたらうれしいですね(笑)」


111024news_04.jpg『ハート&クラフト』より。
"Hearts and Crafts"
A film by Frédéric Laffont and Isabelle Dupuy-Chavanat, 2011

――これから映画を観るmadameFIGARO.jp読者へ、メッセージをお願いいたします。

I:「これは、エルメスの職人たちが真心を込めて語ってくれた、いくつもの証言を集めた映画です。この作品が皆さんの心を打つとすれば、人はどのように自己実現するか、自分にふさわしい仕事をして花開いていくことがいかに大事かという点だと思います。

フランスではいま、若者たちが学業を終えた後、仕事を見つけにくい状況です。進路を早い段階で決めますが、若いうちは自分が将来何をしたいのかまだわからない。一般教養的な勉強を長く続け、自分にどんな仕事が合うのかわからないまま月日が経ってしまいます。その意味で、この映画はぜひ若い方やそのご両親にも観ていただきたいと思っています。敷かれたレールの上を歩く以外の道があるかも知れないと感じてほしい。そして手仕事の価値を、再発見していただけたらと思っています」

――映画を観ていて、登場するアトリエに勤めたくなりました(笑)。

I:「すばらしい。これはあなたのためにある映画です(笑)」

――もっと早くこの仕事に出合えればよかった、という元パン屋勤務の年輩の女性の言葉が印象的でした。

I:「エルメスのアトリエでは研修にいくつかの段階があり、彼女は当時まだ勤めはじめたばかりだったので、本当に高揚感をもって語ってくれました。彼女が働いていたのはアルデンヌ地方のアトリエですが、この地方自体が失業率が高く、問題を多く抱えている地域です。ここにエルメスが、とても控えめな形でアトリエを構えました。看板にエルメスの名前はなく、アルデンヌの革工房、とだけ書かれています。職人も、さまざまな背景をもった人たちを積極的に雇用していて、あのパン屋さんに勤めていた女性は、59歳で雇用されるという非常にユニークなケース。あと6年ほどすれば彼女は退職するでしょう。その数年のために新たに雇うことは、他ではないと思います」

職人たちの真摯な手仕事と輝くような瞳に、スクリーンを通して向き合ううちに、あなたにも好きな仕事をするよろこびを得られる無限の可能性があるのだという、彼らからの寡黙で雄弁なメッセージが、心を照らし始めるはずだ。


特集上映「ドキュメンタリーフィルムから広がる世界」
現在メゾンエルメスのル・ステュディオでは、本作品を含むさまざまなドキュメンタリー映画を集めた特集上映が公開中。
上映中~11月27日(日)
メゾンエルメス10階 ル・ステュディオ
東京都中央区銀座5-4-1
問い合わせ先:エルメスジャポン Tel. 03-3569-3300
事前予約制/入場無料
*上映スケジュールの詳細など最新情報は下記ウェブサイト参照。
http://www.art-it.asia/u/maisonhermes


上映プログラム:

A.エルメス製作映画『ハート&クラフト』
●監督/フレデリック・ラフォン、イザベル・デュピュイ=シャヴァナ
●2011年、フランス映画
●47分

B.ル・ステュディオ セレクション「パリと職人たち」

C.山形国際ドキュメンタリー映画祭 本年度コンペティション作品および過去のライブラリーから計9作品
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