文楽 『曾根崎心中』を手がける、
現代美術作家、杉本博司さんインタビュー。〈後編〉

インタビュー 2010.12.01

※このたび、東北地方太平洋沖地震により被害を受けられた皆さまには心よりお見舞い申し上げます。本日、3月16日、小田原文化財団広報部より、杉本文楽 曽根崎心中の公演中止のお知らせがあったことをご報告致します。チケットの払い戻しについては、3月18日(金)午前10時に神奈川芸術劇場HPにて案内があるそうです。
神奈川芸術劇場HP www.kaat.jp/

『杉本文楽 曾根崎心中』では、約300年ぶりに復活される序曲「観音廻り」で、当時の演出と同じように、お初の一人遣い人形が用いられることも話題のひとつ。その衣裳には、エルメスのスカーフが使用されるという。


1126news_4.jpgエルメスのスカーフを手に持つお初の人形。

――お初の人形の一人遣いを復活された理由は?

今回の舞台は、神奈川芸術劇場という来年1月にオープンする新しい空間。オペラも上演できる、非常に奥行きのある劇場です。観客席よりも舞台のほうが広いくらい(笑)。一人遣い人形を用いる『観音廻り』にとてもふさわしい空間なんです。通常、文楽の劇場がすごくフラットなのに対して、こちらは逆に奥行きで見せるという方針転換をしました。細い花道がずうっと闇の奥のほうまで続いていて、そこに勘十郎さんが遣う一人遣いの人形が現れたとき、ぽつんと、ほとんど点のようにしか見えない――そういう新演出を考えています」


1126news_5new.JPGお初の一人遣い人形を使って。舞台に映し出される映像を撮影。


――先日、桐竹勘十郎氏によるお初の映像を撮影されましたが、どのように使用されるか、どのような効果のために映像を使用されるか、可能な範囲で教えていただけますか。

「先ほど話したように、冒頭の『観音廻り』では、お初が舞台の奥のほうに、闇の中からすうっと登場する。そこから舞台中央に着くまでに、10分くらいかかるんです。そしてそこから、花道のように、観客席の中へと道が続いている。その舞台の左右には、巨大スクリーンが吊ってあります。そこに左右交互に、33箇所中24箇所の観音様が奉ってあるお寺を示す看板や道標が、映像で映し出されます。野球でバッターボックスに立った選手が、球場で大きなスクリーンに映しだされるように。

スクリーンに看板などが映ると、お初がそれに向かって拝む映像も映し出され、観客にはお初の表情がよく見える。それを撮ったのです。観客からみると、あれ、この映像はいま実況放送で撮っているのかな、それならカメラはどこにあるんだろう、といろんなことが脳裏をよぎるでしょう」

――とても幻想的なシーンですね。

このシーンのために、鶴澤清治さんに、オペラの前奏曲のような曲を三味線で作曲していただきました。しばら音楽が流れて場の雰囲気ができてきたところで、ぼうっと 一人遣いの人形が出てくる。桐竹勘十郎さんにも、徳兵衛役の吉田簑助さんにも、頭巾を被っていただきます。通常人形遣いのスターの方々は頭巾を被らずに舞台に登場しますが、今回は闇のなかで、みんな同じように頭巾を被り、人形が闇のなかに本当に生きているように見せるという方針でやります。

何か基準になるものがあると、スケール感が分かりますよね。人間が立っていれば、ああ、あれは人間だから、1.6メートルくらいだな、というように。でも人形遣いが黒衣で、通常の文楽の舞台にある書割などのセットもいっさいない空間で、観客が人形だけに目が行くようにすれば、人形が人間のサイズに見えるかもしれない。暗闇のなかに、本当に生身の人間が出てきたように見えるのではないかと、想像しています。誰より僕自身が、そんな舞台を観てみたいと思ったんです(笑)。

最後に、お初の信仰心によって、本物の観音様が顕現する。お初が観音様に邂逅する、というシーンをつくりたかったのです。ふと振り返ると、本物の平安時代の十一面観音が、奥にセリ舞台ですうっと上がってきます。そこで暗転し、第一幕が終わります」


1126news_6new.JPG人形遣いは全員頭巾を被り、観客の視線が人形に集中するようにしているという。


――一人遣い人形のお初の着物に、エルメスのスカーフを使用されることになった経緯を教えていただけますか。


銀座のメゾンエルメスにあるアートギャラリー、フォーラムを訪れたとき、このスカーフが展示されているのがぱっと目に付いたんです。朱色とオレンジ の色味が着物にいいのではないかと、思いつきました。それから数カ月後、エルメスから招待していただき、リヨンのエルメスの工場を1日かけて見学するという機会があり、この話をしたら、スカーフを差し上げます、と言ってくださったんです。桐竹勘十郎さんは、ご自身で人形の着物を縫う場合もあるのですが、桐竹さんにもお見せしたら、おもしろいのではないですか、と。

後で聞いたのですが、このスカーフのデザインモチーフは、オーストラリアのアボリジニーの人たちのパターンということでした。実は僕はアボリジニーの方々と一緒に、先日シドニービエンナーレに参加していたんです。巨大な19世紀の発電所跡を使って、そこに稲妻が落ちてくるという、大掛かりなインスタレーションを行い、そこでアボリジニーの人たちに、雷を招来する儀式をやってもらいました。その雷とも、このスカーフのパターンは通じている。だからアボリジニーつながりという因縁もあるのです」


――杉本さんが立ち上げられた小田原文化財団で、今後ほかにも舞台や展覧会など、何か決定していることがありましたら、教えてください。

古代から現代にわたる美術と演劇を軸に、時代やジャンルを超えて、芸術文化の振興活動を行っていきます。施設は来年着工予定。舞台も3つほどつくる予定で、能舞台もあります。能から現代劇まで、何でもできる空間。ただ、巨大な劇場ではなく、 100~150人くらいの客席数です。ここで実験的につくり、それを大きな劇場へ持っていったり、海外で上演したり、そういう展開ができるようにと考えています。

演劇はもともと、古代でも中世でも、ギリシャの大規模なコロセウムのような劇場もあるけ ど、日本の能なども、ほとんどは数十人くらいの規模で行われていたんです。佐渡にはいまも能舞台がたくさん残り、村落共同体のなかでの神事、祭礼が行われていて、今度そのひとつを観にいきます。そこもたぶん、村じゅうのひとが集まってもおそらく100人もいない。近郊の人たちが来ても100~150人くらい。山の神様や水の神様など、土地に密着したさまざまな神様を呼びだすのがお祭りだった。そういうときに上演される演劇は、神と交流するひとつの手段なんですよね。大劇場で行う演劇は、それはそれでおもしろいのですが、古代劇の復活という意味では、小規模でやるということに意味があるのです」


1126news_7new2.jpg小田原文化財団の模型を前にする杉本博司さん。

『杉本文楽』のチケットは好評発売中。『曾根崎心中』のオリジナルに忠実に復活させるばかりでなく、奥行きのある空間を自在に使いながら展開される、まだ誰も見たことのない舞台に、いやがうえにも期待が高まる。特に、通常の文楽にはない、上階から見下ろせるA席、B席が興味深い。ここで行われる実験的な舞台が、やがて海外で上演される日も訪れるかもしれない――そんな画期的な作品が生まれる瞬間を目撃しに、ぜひ会場へ訪れたい。

*前編はコチラ


『杉本文楽 曾根崎心中』
●3月23日~27日
●神奈川芸術劇場 ホール
S席¥5,700、A席¥4,200、B席¥3,000
問い合わせ先:神奈川芸術劇場 Tel 045-633-6500
http://sugimoto-bunraku.com
http://www.kaat.jp
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