私は生産性のない時の私を愛している。

文:犬山紙子

ウニの駆除の様子をyoutubeで見るのが好きです。ひたすら海中で、ハンマーのようなものでトントンとウニを割って駆除していくんですよ。シュコーシュコートントントンゴボゴボゴボ、シュコーシュコートントントンゴボゴボゴボ。音が気持ちいい。子どもが寝た後お風呂でひとりこの動画を見る幸せよ。

いやいや、ウニを駆除だなんてもったいなすぎる、どういうことだ、と初めて聞く方は思うと思います。私も「もったいな!」が最初の感想でした。
が、ウニ駆除にはしっかりと理由があるそうで。通常元気な海には海藻や珊瑚が生えているのに、それがどんどんなくなってくる通称「磯焼け」と呼ばれる状態が、近年日本の各地で見られるようになったそうです。

その直接の原因がウニというわけではないそうですが、一度磯焼けをした海を回復させようとする時に、ウニが多すぎると回復が非常に困難になるそうなんですね。せっかく芽吹いた海藻の苗やサンゴの芽をウニが食べちゃうと。え、でも駆除より食べたら、とも思うのですがほぼ流通しない食べられないウニが主流だろうです。……詳しくはスイチャンネルを見てください。ここに書いた説明もスイチャンネルの受け売りなので。

カシュ、と割れたらそこから黄土色のウニの身が出てくる。事情を知っていても「もったいない!」と思う自分。ウニを食べにくる魚たちの様子もお楽しみ。

と、このようにですね、私はこういう「なんの生産性のない時間」が本当に好きなんです。「何もしなかった……」って大人が罪悪感を持ってしまう時間。ウニの駆除動画は、最近の海事情を知るという側面はありますが、正直その情報がなくても見ていたい。あの音を聴いていたい。

スマホのパズルゲーム、クリアしたポケモンの更なる収集、お酒をだらだら飲みながら友達としょうもないLINE、会ったこともない人の推しがたりにいいねする、青春時代が急に懐かしくなって学生時代に見ていたCMの動画集を見る、何回も読んだ漫画をまた読む。それをすることでお金に変わるわけでもない、成長の投資でもない、誰かのためでもない、ただ生きてるだけの時間。

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photography : Inuyama Kamiko

生産性の向上こそが善、みたいな空気は景気が悪くなればなるほど蔓延します。私だって「子どもが保育園に行ってる間にその日の原稿を終わらせねば」と、生産性を意識する日々。でも、生産性に私の人生乗っ取られてたまるかって話なんですよ。誰かのためだけに、将来のためだけに、自分を動かし続けるだなんて。意味がない時間こそ愛したい。それはただ生きている自分を愛するということにとても近い気がするし、生産性のない状態の誰かのことだって愛せる気がする。

生産性のない時の自分がふと鏡に映ると、すごくいい顔してるんですよ。口なんか半開きで、メイクはよれてて。ゆるみきった、だるーんとした情けなくも愛おしい顔。目を閉じて「私の顔ってどんな顔だっけ」と思い出そうとすると、仕事でキリッとした顔ではなく、この緩み切った顔が思い浮かぶくらい、多分あれが「ただの私」。

イラストレーター、エッセイスト。1981年、大阪府生まれ。2011年『負け美女 ルックスが仇になる』(マガジンハウス刊)にてデビュー。
テレビのコメンテーターとしても活躍する。2017年に1月に長女を出産。

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