女として、母として、人として。心に深く響いた女性監督の映画。

こんにちは、編集KIMです。

初々しい気持ちで日々を過ごしていた時代の心象風景みたいなものが、自分の中のどこかに残っていて、映画を観ていて、時折、そこを刺激されることがあります。実際の自分の青春とはまったくシンクロしないようなエピソードだったりするのだけれど。

9月16日から公開されるフランス映画、『あさがくるまえに』。まだベッドで眠っている恋人を残して、シモンという名前の青年は窓から家を抜け出て、明け方の海に出かけます。野郎3人で青い世界を満喫。恋人には心底夢中だけど、ひんやりした朝の空気と、波音と、波が描く青いルートをサーフボードで抜けることは、シモンの青春を象徴するかけがえのない刺激。

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このワクワクを、『ロード・オブ・ドッグタウン』(2005年)でも感じました、部分的に。『あさがくるまえに』も『ロード・オブ・ドッグタウン』も、ともに女性監督の映画で、男たちのみずみずしさを、クールにかつ愛しさも含まれた視線で捉えていて、観ていてとっても心が動くのです。青春の疼きとか、この時期にしかない鮮度の高いティーンの感情を巧みに描く女性監督である『ロード~』のキャサリン・ハードウィックは、『トワイライト 初恋』(大人気シリーズの第1作目。日本でだけヒットしなかったと言われていますが、その後のクリステン・スチュワートは映画界をけん引する女優になりましたね~)でもメガホンをとった人です。

さて、本題『あさがくるまえに』に戻ると、この青いシーンの後に、まったく違う状況が待っています。
「命を終え、配り、新しく始めること」を細やかに、そして淡々と描いているところに、女性的で人間的な感慨を深く深く覚えました。この作品の監督カテル・キレヴェレは、シモンが恋人をベッドに置いて出かけてから、事故に遭い、脳死状態となり、家族が集い選択を迫られ、彼の心臓を含む臓器が「誰か」のもとに届くまでのたった1日を、静かに追います。

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回想シーンは1度だけ。シモンが恋人のジュリエットを見かけて初めて誘うシーンです。いまとなっては脳死状態になってしまったシモンってどんな人物だったのか、ここでも初々しい恋の模様が描かれています。以前から気になっていたけど自分のことを知らないジュリエットに声をかけ、ケーブルカーの乗り場まで一緒に歩き、手を振って別れて電車に乗った彼女を追って、坂の上のケーブルカー降り場まで必死に自転車を漕ぐシモン。ケーブルカーを降りた彼女の目にシモンの姿が映り、ふたりは物陰に隠れてキスします。……ちょっとストーカーっぽいシモンですが、巧みに伝えられる知的な誘い文句よりも、女の子のハートをがっつり掴むには、これくらい計算がないほうが遥かに強いのではないでしょうか。

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冒頭の海のシーンも、回想シーンの豊かな田舎町の風景も、人物たちの鼓動を感じるような繊細で大胆なカメラは、すこぶる素敵でした。風、匂い、色彩が、いかにもさりげなく、しかし奥行きをもって映しだされます。トム・アラリという撮影監督は、フィガロジャポン2017年11月号(9月20日発売号)P145で監督インタビュー(アルチュール・アラリ監督はトム・アラリの兄弟)にて紹介している『汚れたダイヤモンド』(16年製作・2017年9月16日公開)という作品でも撮影しています。風景には人の心が宿る、と感じさせてくれる撮り手です。

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カテル・キレヴェレ監督が素晴らしいのは、あっさりと場面転換する大胆さゆえ。映画の後半でシモンの「心臓」を受け取るかもしれない「誰か」の描写に、映画の軸がすっと移ります。

人生の行方におびえる「誰か」であるその女性は、大事な息子たちとの微妙なバランスを取りつつ、愛する女性との再会に心のエネルギーを使います。恋心を抱くふたりの女性同士は、ピンク色の口紅を塗っていて、どこか少女のような危うさが漂います。とてもやわらかで、強い力を込めて触れてしまうと壊れてしまいそうな繊細な心の機微を、センチメンタルに溺れずに、しっかりと描いているので、どんなに切ないシーンでも落ち着いた気持ちで観ることができる。知的な演出をする監督だなあ、としみじみ感じました。

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ここまで、幾つかの他の映画のタイトルを挙げながら、『あさがくるまえに』へのKIMの想いを語ってきました。
が、この作品を観終えた時に、思い出したのは、『モントリオールのジーザス』(1989年)というカナダの映画でした。命を分け与えることと、その先に人生は続く、という「人の存在感」を、このカナダ映画も、センチメンタルではなく淡々と描いていました。特にラストのほうで。映画のタイトルどおり、主人公の臓器が人々へ届けられます。
この年の夏、モントリオールに短期留学し、モントリオール映画祭に心弾ませ通っていた大学時代の私自身の記憶をたどりました。いまはもう閉館してしまったシネマスクエアとうきゅうにて『モントリオールのジーザス』は上映され、東京で再度観に行きました。

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『モントリオールのジーザス』 ●監督・脚本/ドゥニ・アルカン ●出演/ロテール・ブリュトー、カトリーヌ・ブルクナン ●1989年、カナダ・フランス映画 ●本編117分 ●ビデオレンタルのみ

生きること、そして生きることに対して繊細なのに甘さは抑えた、しっかりとした視点。うれしいですよね、こんなミレニアル世代の若手女性監督がフランスから出てきたことは!

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撮影中のキレヴェレ監督。女優出身でもないのに、美しい。

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『あさがくるまえに』
●監督・共同脚本/カテル・キレヴェレ 
●出演/ギャバン・ヴェルデ、タハール・ラヒム、エマニュエル・セニエ、アンヌ・ドルヴァル、ドミニク・ブラン 
●2016年、フランス・ベルギー映画 
●104分 
●配給/リアリーライクフィルムズ、コピアポア・フィルム 
●9月16日より、ヒューマントラスト渋谷、109シネマズ川崎、シネ・リーブル梅田、名古屋センチュリーシネマほかにて公開
©Les Films Pelleas, Les Films Belier, Films Distribution/ReallyLikeFilms

編集KIM=編集長森田聖美 2024年よりフィガロジャポン編集長。フィガロ歴約30年。旅、ファッション、美容、カルチャーなど、現場時代はマルチで担当。多趣味だが、いちばん大切にしているのは映画観賞。格闘も好きでMMAなどよく観戦に行く。旅は基本的にひとりで行くのが好み。チミーグッズをこよなく愛する。

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