東京フィルメックスで見つけた、女性の自立を描いた静かな映画『熱帯雨』

こんにちは、編集KIMです。
とても慌ただしい2019年晩秋~年末で、ひとつ前のブログからずいぶんと日があいてしまいました。素晴らしい作品にたくさん出合った2019年だったのに……、ご紹介できず残念です。
昨今、#MeToo運動やダイバーシティ議論が活発ですね。セレブや俳優たちなど、華やかな場で繰り広げられる主張や論争は目につきやすいと思いますが、KIMが『熱帯雨』を観た時に感じたのは、本当に多くの人たちが内なる#MeTooの想いを抱え、それに日々立ち向かいながら、静やかに生きていくという描写の説得力でした。

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中国語の補習によって、だんだん距離が縮まってゆくふたり。

シンガポールの中学校で中国語を教える教諭の女性と、彼女に恋をする中学生の男子生徒の恋の物語、と簡単にあらすじを紹介すると、ロマンティックな禁断の恋愛もの、と誤解してしまう人も多いでしょう……そんな単純ではないのです。

主人公である女性教師は、夫の父親を介護しています。彼女と夫の間には子どもができない。その償いの意味もあるのかもしれませんが、身体の悪いに義父に尽くします、淡々と。ただし、愛情を込めて。夫は自らの父親の面倒を日々みてくれている妻に対し、基本的には感謝はしていても、「心」は配っていない。ヒドいことはしないまでも、介護を当然のことととらえていて、かいがいしく世話をする姿が自身の視界に入ることにも、少々辟易しているようにも見えます。家族の間に起こる出来事の間で、「慣れ」から感謝がなくなってしまったり、日常に飽き飽きしてしまっている夫婦関係なのです。
夫はハンサム。いい仕事についていて高収入。いっぽう自分は妊娠できない女……そういうことが、女性教師の表情にいつも影を落としています。
彼女は勤め先の学校でも「中国語教師」であることに自信が持てないでいる。なぜならシンガポールは英語優先で、中国語なんていまさら……という社会の風潮があるようなのです。
これは、私が2019年の1月に映画『家族のレシピ』にまつわるグルメ取材のためにシンガポール取材をしていた時に聞いたこととは違っていました。英語・中国語が両方できるほうが、シンガポール社会において有利、と聞いていたので。
実はこの女性教師はマレーシア出身という設定。シンガポールは多民族国家で、小さな土地に多くの人種が暮らしています。この出身国に関しての描写や社会的背景も、彼女が心から笑うことができない状況を映画のなかで作りだしています。
男子生徒のまっすぐな恋心は、彼女を開くスイッチとなります。大事に考えている中国語教育に関心を持って勉強してくれること、女として自信を失っている彼女に(武術大会で優勝するような)イキのいい若い男の子が憧れてくれていること、身体が不自由な義父に対してなんの偏見もない態度でその生徒が接してくれること……。

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武術大会での勇姿。教師の他に、もうひとり彼を応援する人物がいる。これが本作のハートフルな部分をさらに際立たせる。

女教師と男子生徒の恋物語、というよりも、男子生徒の存在によって、彼女が、自分自身を開放して、ひとりの人間としての主張する意志を取り戻すのです。
そこに、この映画の静かな美しさがあります。
東南アジアに降り注ぐ夕暮れ時のスコールが、人々を雨に濡れない場所に導いたり、そこで「関係」のドラマも生まれます。

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シンガポールの夕方のスコールには私も取材中にヤラれました。この気候を生かして、クライマックスをこのシーンに持ってくるアンソニー・チェン監督は、「映画的であること」の意義をすごくよくわかっているクリエイターだなあ、としみじみするシーンでした。そしてラストに近いシーンでは、雨によって感情があらわになり、その感情さえも洗い流されていきます。

人の感情を丁寧に繊細にとらえた映画です。派手なスターなど出ていないけれど、リアルな心情がスクリーンに刻まれていきます。
最後に彼女はどういう人生を選択するのか。ずっと笑顔が少なく、どこか諦めを抱いていたひとりの女性がどうなっていくのか。
ぜひ、機会があったらラストを確認してほしいです。ラストシーンに映る空も心に響きます。

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この場所はどこか。彼女の人生の選択の結果がここに。

今回の東京フィルメックスでは、この作品はコンペティション部門に登場したものの、無冠でした。最優秀賞も、観客賞も何ひとつ、とれなかったのです。でも、素晴らしい作品だったので、少しでも多くの人が、どこかの映画祭やシンガポールや台湾などアジアの街で観る機会を得られたら、そして配給会社が目をつけて日本での公開がかなったら、と願っています。

『熱帯雨』
●監督/アンソニー・チェン
●出演/コー・ジャールー、ヤオ・ヤンヤン
●2019年、シンガポール・台湾映画 ●103分
●日本公開未定、2019年東京フィルメックス コンペティション部門にて上映

編集KIM=編集長森田聖美 2024年よりフィガロジャポン編集長。フィガロ歴約30年。旅、ファッション、美容、カルチャーなど、現場時代はマルチで担当。多趣味だが、いちばん大切にしているのは映画観賞。格闘も好きでMMAなどよく観戦に行く。旅は基本的にひとりで行くのが好み。チミーグッズをこよなく愛する。

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