王家衛『花様年華』とBTSの花様年華の交差点。

遅ればせながら「Dynamite」からBTSのファンになり、BTSのこれまでの活動の中で非常に大事なキーワードが花様年華と知った時、胸が震えました。その理由はもちろん、1990年代初頭にウォン・カーウァイ(王家衛)の作品と出合い、以来、憑かれたように香港映画および香港にも深く深くハマり(いや、実はそれ以前から香港映画にはハマってはいたのですが……)、もう逃れられないくらいアジア映画の誘惑にすぶずぶと堕ちていった想い出が蘇ったから。その香港へ向けた執着愛は、まさに「沼」でした。
その「沼」にハマるほど溺れたウォン・カーウァイ(王家衛)作品の1本である『花様年華』、そのタイトル名をそのまま用いながら、着想源であるなどとも言及されず、直接的な関係が表面的には語られないBTSによる「花様年華」。気になって調べてみても、BTSの「花様年華」とは「人生で最も美しい瞬間」を意味する言葉、付属的な意味としても「青春」という説明がなされていて、物語のリンクもありません。

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だからこそ、「WKW 4K」プロジェクトとして監督ウォン・カーウァイが自ら監修して、『恋する惑星』『天使の涙』『ブエノスアイレス』『花様年華』『2046』の5作が4Kレストアとして修復され、音声・画像・画像比率までもが刷新されて、新しい作品として映画ファンの前に差し出されたいま、やはり『花様年華 4K』をまず劇場で観よう!という気持ちになりました。
本当にウォン・カーウァイとBTSの花様年華の間に「何かしらの関係性」がないのか、私なりに探ってみたかったのです。

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花様年華が発表されていった翌2016年10月、大韓民国大衆文化芸術賞の授賞式で、ソウルの国立劇場にて。©︎Yonhap News/ZUMAPRESS/amanaimages

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まずは以下を観てほしいと思います。

「I NEED U」のMVです。鏡、そして洗面台が登場しますが、これらはウォン・カーウァイ映画でもよく使われる内装の小道具。鏡は多くの映画作家や映像作家が鏡を効果的に用いますが、自己と向き合うのではなく、他者との距離と関係性においても用いられるのがウォン・カーウァイ作品での特徴なのです。

今回の4K レストア版5作にはないのですが、制作は88年、日本での公開は90年代に入ってからの『いますぐ抱きしめたい』という香港で大ヒットしたウォン・カーウァイ作品がありますが、この作品の「疾走感」「夜」「不良少年の集団」「若さゆえの心のざわめき」は、BTSの「花様年華」の演出にリンクしているように思えます。

シャッターが下りた夜の街で行われる喧嘩や、男同士の間に流れる友情、かなわない恋愛感情など、『いますぐ抱きしめたい』で描かれた世界観は、ウォン・カーウァイ監督作『花様年華』よりも、BTS「花様年華」に通ずる部分がたくさんある……と感じました。

この「花様年華 on stage:prologe」ショートフィルムの冒頭で、Vが見せる刹那。これも『いますぐ~』のジャッキー・チュンが演じる役柄の行き場のない悲しさや、アンディ・ラウが感情を忘れて呆然とする流血シーンを思わせます。

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そして、「RUN」のMV。

このMVでの青年たちの疾走感は、もはや初期のウォン・カーウァイ映画そのもの!と感じました。車のうえで騒ぐシーンは『いますぐ抱きしめたい』と通じますし、トンネルを疾走するシーンは『天使の涙』を、少し緑がかった光が創り出す「ここではないどこか」の夢見がちな画面は『恋する惑星』というように……。

今回公開されたウォン・カーウァイ映画4Kレストア5作品の予告動画からも、なんとも鮮やかなアジアの街とそこに生きる人々の刹那的な疾走感が伝わってくると思います。

それがBTS「花様年華」のメッセージでもある「人生で最も美しい瞬間」と、私の脳内ではオーバーラップします。

では、ウォン・カーウァイ監督作『花様年華』をあらためて観て――。

人と人との心の距離感と身体の距離感を、極めてセンシュアルかつロマンティックに表現した究極の作品、としみじみ感じました。ストーリーはひと言で言ってしまえばW不倫です。肉体が通じ合っているマギー・チャン演じるチャン夫人の夫とトニー・レオン演じるチャウの妻は後ろ姿しか映りません。一方、心の奥で痛いほど相手を求めながら肉体関係にはいたらないチャン夫人とチョウから滲みでる「未セクシュアル」な関係性を、ありとあらゆる演出で舐めるように魅せるのが本作です。マギー・チャンの手元や脚で、トニー・レオンの立ち姿や煙草をくゆらす口元で、壁に掛かった時計が示す過ぎ行く時間を浪費するふたりのすれ違い、電話が行き違うことで募らせる不安と諦め……。書き出せばきりがないですが、恋愛の中にいる人にしか感じられない景色が映し出されています。それは『In the Mood for Love』という本作の英題にぴたりとはまります。

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マギー・チャンのチャイナドレス姿が美しすぎて、それを見るだけでも宝のような作品です。身体にぴたりとはりつくリーンなシルエット。丈はすべてミモレ丈。襟はマギーの長くしなやかな首を強調するために通常よりも高く仕立てられています。背が高いマギーは、チャイナドレスの柄行もきれいに見せられ、背中からお尻にかけてのなだらかなラインは細身ゆえに神々しい色香が漂っています。実際、後ろ姿をヒップラインから切り取るカットがあって、見惚れるほどです。映画の中で使用されたチャイナドレスは約30着。ファッションや女性のアクセサリーが好きという人にも、この点は必見です。

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そして久しぶりに観て印象的に感じたところは、効果的なグリーンの使い方でした。昔観た時は「赤」の印象がとても強かったのです。でも、鍵となるのはむしろグリーンでした。ドレスの色はもちろんですが、壁紙、電話機、花瓶、ファイヤーキングのような翡翠色をしたカップ&ソーサー、スープを入れるジャー……。赤と反対色の緑が、互いをより際立たせます。肉体と精神と、男と女と、漂流と定着と、終わりゆくものと始まるものと。
もしかしたら、それらは「人生で最も美しい瞬間」に込められた想いなのかもしれません。

BTSが「花様年華」という言葉を使った理由とは――ウォン・カーウァイの『花様年華』は着想源ではなかったかもしれません。
でも、ウォン・カーウァイ監督作に表現される色彩や疾走感、映像の独特なリズムは、アジアのクリエイティブやエンターテインメントを愛する人たちに多大なる影響を与えたと信じています。クリストファー・ドイルの揺らぐカメラ、ウィリアム・チョンの美術も、一世を風靡しました。人の心の機微を描くことを大切にしながらも、俳優一本の役者だけにこだわるのではなく、香港四天王からアンディ・ラウ、ジャッキー・チュン、レオン・ライを起用し、リバイバルの度に新たな若い世代のファンを獲得する青春映画『恋する惑星』に中国の歌姫フェイ・ウォンを起用するなど、アーティストがこんなに映画の中で羽ばたいている。音楽が重要な意味を持つ作品づくりもウォン・カーウァイ監督の個性です。
10代後半から20代のパン・シヒョクプロデューサーが、ウォン・カーウァイにインスパイアされた部分があったのではないか……そんな勝手な想像をしている私です。

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『花様年華 4K』を観終えて劇場のロビーに出ると、クランベリーズの「Dreams」を中国語でフェイ・ウォンが歌った「夢中人」が流れていました。うれしさで鳥肌が立ちました……。

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シネマート新宿のロビーにこんなスペースも。ポスターを観客のみなさんが撮影もしていました。若い観客たちで劇場は賑わい、映画上映の理想がここにある!と感激した次第。

王家衛は、永遠です!

『花様年華 4K』
●監督・脚本・製作/ウォン・カーウァイ  
●撮影/クリストファー・ドイル、リー・ピンビン 
●出演/トニー・レオン、マギー・チャンほか 
●2000年、香港映画 
●98分 
●配給/アンプラグド 
●シネマート新宿ほか、全国順次公開中
© 2000 BLOCK 2 PICTURES INC. © 2019 JET TONE CONTENTS INC.ALL RIGHTS RESERVED

編集KIM=編集長森田聖美 2024年よりフィガロジャポン編集長。フィガロ歴約30年。旅、ファッション、美容、カルチャーなど、現場時代はマルチで担当。多趣味だが、いちばん大切にしているのは映画観賞。格闘も好きでMMAなどよく観戦に行く。旅は基本的にひとりで行くのが好み。チミーグッズをこよなく愛する。

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