エイミー・マンとロードムービー、『プアン/友だちと呼ばせて』『ベイビー・ブローカー』を観て。

この夏に観たアジアのロードムービーは2本とも傑作でした。
現在4Kレストア版公開で大盛り上がりのウォン・カーウァイがその才能に惚れ込んで製作を担当した『バッド・ジーニアス 危険な天才たち』のバズ・プーンピリヤ監督作『プアン/友だちと呼ばせて』。そして、是枝監督の『ベイビー・ブローカー』
2作とも、エイミー・マンの曲(『プアン~』のほうはエイミーが歌ったのではないのですが)とリンクしていて、楽曲も生き、そのシーンが印象的だったのです。

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『ベイビー・ブローカー』、是枝さんのいままでの作品の中でいちばん好きでした。ソン・ガンホが演じる、父のような存在でありながら実はどこにも居場所のない、とてつもない寂しさを抱えた男。この役柄が醸す哀愁が本作の魅力の軸になるものの、ソン・ガンホという俳優のすごさからしたら、ある種いままでの「彼らしい役の踏襲」だったようにも思えます。むしろ、カン・ドンウォン! 彼がイケ面俳優から何段階も飛躍して、父性も、恋愛感情も、善人になりたい切なさも、さまざまな心情を抱えた人物を見事に表現している点に惹かれました。そしてIUことイ・ジウンはまさにはまり役でしたね。彼女が演じたからこそ、自分の人生で選び取ることができずに人生を翻弄されている女性の悩みが、説明的ではなく、腑に落ちるように描かれていました。

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テレビのインタビューの際に、ソン・ガンホが「空港で待つカン・ドンウォンのファンの数が減ってました(笑)」と言ってました。「顔」ではなく、俳優としての力量で勝負するカン・ドンウォンへの脱皮です!

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IU演じるソヨンとカン・ドンウォン演じるドンスが観覧車に乗るシーンが切なかった。なぜかハル・ハートリーの初期の映画を思い出しました。同じような演出というわけではなく、不器用な恋の始まり、という意味で。

物語は周知のこととは思いますが書きますと、クリーニング店を営む男と福祉施設で働く男が赤ちゃんを売りさばくことで利益を得ようとし、そこに赤ちゃんポストに自身の子を預けてしまった若い女も加わって、「より金持ちな(そして人間性もいい)」養父母探しの旅に出る物語。彼らのオンボロ車を追跡する女性警察官ふたりの話も平行で進みます。赤ちゃん売買はもちろん犯罪ですが、旅を続ける彼らの心には実は常に「善」がある。「善」と距離を置いてしまっていて「悪」の側にいるんだと自分自身で思い込んでいる登場人物たちが、旅を続けるうちに心の奥にある善や情けに気づき、自身で浄化されていきます。人の優しさがじんわりと滲み出てくるような作品。
絵作りと編集は奥行があって素晴らしいのですが、実はBGMの存在感が若干too muchな印象でした。

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ペ・ドゥナは『空気人形』でも是枝作品に出演した俳優です。ちなみに車中でエイミー・マンを聴くシーンは夜なので、この写真のシーンではなかったはず。

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エイミー・マンの「Wise Up」がお店から流れてくるのに、駐車した車中でペ・ドゥナ演じる刑事が耳を傾けるシーンは泣けました。歌詞(詩)の解釈って極めて個人的なものだと思うのですが、私が感じたのは「他者が変化していくのを傍観しながら、何もできずにいる己までをも俯瞰して眺めている」、そんな、静かな静かな心の動きを捉えた曲です。ペ・ドゥナ演じる刑事は、自分が追いかけている不正行為を起こしたと思われる人物たちを、信じたい気持ちと、子どもを持つことに対して逡巡がある自身の気持ちを重ね合わせながら、この曲からメッセージを受け取ります。エイミー・マンの語りかけるような深く優しい声が説得力があって、ほかのBGMよりもずっと音量が小さくミキシングされていても、むしろ、核心的に起用された曲のように思えます。

是枝監督はエイミー・マンが好きなのでしょうかね。それとも、エイミー・マンの曲とシンクロするかのごとく『マグノリア』(1999年)を監督したポール・トーマス・アンダーソンが好きなのでしょうか。気になりました!

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大人3人、赤ちゃんひとり、途中から少年ヘジン(海進と書きます)が加わる疑似家族集団。赤ちゃんの名前はウソン(羽星と書きます)。海と空を思わせる名前がとても素敵。

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もう1作の心に響くロードムービーは、『プアン/友だちと呼ばせて』、タイ映画です。多数の媒体、特にスタイルマガジンの映画評でも紹介され、高評価を得ています。

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左がNYからタイに帰国したバーテンダーのボス役、トー・タナポップ。甘いマスクで本国でも人気俳優、かつモデルで歌手もやっているそう。右が死期が間近のウード役アイス・ナッタラット。身長が高く、韓国のモデル事務所に所属していたことも。

死が間近に迫った若い男が、昔のガールフレンドたちに再会しようと企み、現在NYでバーテンダーをやっているイケメン(かつての男友だち)を旅の道連れにする、というお涙頂戴のような、はたまたメインスチール写真からはコメディタッチのような作品に思われそうな1本。が、まったく違います。前作『バッド・ジーニアス 危険な天才たち』でも見せた予想を裏切る展開の鮮やかさ、サスペンスなストーリー運びは見事で、転調がものすごくウマい作品。車での男ふたりの旅が始まってすぐのところで流れるのが、映画『マグノリア』ではエイミー・マンが少しだけ書き換えて歌っていた曲「One」。昔きちんと調べてなかった!と、今回気付いたんですが、この曲は1960年代後半にハリー・ニルソンが発表した曲で、何人ものアーティストによってカバーされたり、歌われたりしてきています。私はエイミー・マンが作った曲だと思い込んでいましたが……。

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本作で起用されている「One」は男性の歌声だったので、ハリー・ニルソンのオリジナル版だと思います。『プアン~』のプアンとは、タイ語で友だちの意味です。英題が『One for the Road』。最後の一杯、帰りがけにもう一杯飲もう、みたいな意味合いだそうです。楽曲「One」のなかで、「1」とはもっとも孤独な数字、と歌われます。2を2で割ると1になる、というフレーズもあって、1の持つ寂しさを淡々と説明しているだけの曲。なのに、人はやっぱり誰かと一緒に生きていくべきじゃないか? とメッセージされているように聞こえます。最後の一杯を飲むのは、やっぱり誰かと一緒に。最後の一杯を飲むなら、本当にお気に入りの一杯をお気に入りの場所で飲みたいよね、とメッセージするこの映画とシンクロするみたいに。

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ウードはコリオグラファーを目指すアリスのもとを最初に訪れる。写真の場面は回想シーンでふたりが恋人同士だった頃。

旅の途中、女性ひとりひとりに会うごとにウード(アイス・ナッタラット)のこじれた過去の人間関係がほどけていきます。死が迫るウードは再会する人それぞれにギフトを用意していて、自分がこの世を去る前に、それらの品々を託していこうとしているワケです。センティメンタルな行為に見えるのですが……映画の後半に入ると鮮やかにそれが一変します。道連れのイケメンバーテンダー、ボス(トー・タナポップ)に対してもウードはギフトを用意していて、それは、ボスが彼自身の人生を振り返らせるために、ウードの過去に起きたことの告白へと転じていきます。

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女たらしのボスの過去には、大事にしていた恋愛対象がいた。

ウードとボス、ふたりとも辛い過去や恵まれていない部分があります。でも、最終的にそれぞれの人物が持つ本質的なネガティブさとポジティブさは変わらない、という点がやるせない。おふざけで隠そうとしても隠し切れないボスの一途でピュアな人間性。どんなに真面目であっても嫉妬心が強くて捻じれた劣等感を持つウード。その本質は、神さまから与えられた宿命のように変わりません。ただ、ウードは死の間際に自分のネガティブな面をすべて露わにして、後悔の気持ちとともに正直に友に吐き出します。観ているこちらまで、浄化されるようでした。

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パタヤのバーで寛ぐボスとウード

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人生で大切なものは何か、気付くための旅路。

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初夏から夏にかけて、『トップガン マーヴェリック』が公開され大ヒット、その主演であるトム・クルーズをミニシアター系の映画『マグノリア』に起用したポール・トーマス・アンダーソンの新作『リコリス・ピザ』も公開され、エイミー・マンの曲に想いを馳せる。そんな夏でした。

『プアン/友だちと呼ばせて』
●監督・共同脚本/バズ・プーンピリヤ 
●出演/トー・タナポップ、アイス・ナッタラット、プローイ・ホーワン、ヌン・シラパンほか 
●2021年、タイ映画 
●129分 
●配給/ギャガ 
●全国にて順次公開中 
https://gaga.ne.jp/puan/
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『ベイビー・ブローカー』
●監督・脚本・編集/是枝裕和 
●出演/ソン・ガンホ、カン・ドンウォン、ぺ・ドゥナ、イ・ジウン、イ・ジュヨン 
●2022年、韓国映画 
●配給/ギャガ 
●全国にて順次公開中 
https://gaga.ne.jp/babybroker/
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