『デヴィッド・ギルモア:ライヴ・アット・ポンペイ』の映画監督に取材
Music Sketch 2017.10.20
ドキュメンタリー映画『デヴィッド・ギルモア:ライヴ・アット・ポンペイ』は、デヴィッド・ギルモアやピンク・フロイドのファンはもちろんのこと、歴史的建造物「ポンペイ円形闘技場」で行われたスペクタクル・ショーに、誰が見ても魅了されてしまうはずだ。私は10月25日にZepp DiverCityで行われたプレミア上映会に行ったが、ステージ上に大写しされる映像と、最高の音響システムから流れる大音量を浴び、その地にいるような臨場感に1曲演奏が終わるごとに拍手しそうになるほどの迫力を体感することができた。
ポンペイ円形闘技場はローマ時代の石作りの建造物として知られ、実は1971年にデヴィッド・ギルモアはピンク・フロイド時代にパフォーマンスを行なっている。当時は観客を入れず、日中にバンドだけがこの地に立って演奏していた。ピンク・フロイドの大ファンである私は、この貴重な映像をマドンナ一家のパーソナル・シェフを務めていた西邨マユミさんのお宅に遊びに行った時に観ることができ、とても感激しながら堪能した。
冒頭の上映会には、監督を務めたギャヴィン・エルダー氏がデュラン・デュランの仕事のために来日中で、たまたま同席していた。急遽取材を申し込んだところ、快く引き受けていただけた。
ギャヴィン・エルダー監督。イギリスで生まれ、4歳で南アフリカのケープタウンへ。日本に2年間滞在したことがあり、そこで知り合ったデュラン・デュランのドキュメンタリー映画を撮影したことが彼の転機となった。
■ヘビも生息する歴史的建造物に観客を集めた初コンサート
—ポンペイ円形闘技場で撮影することは最初から決まっていたのですか?
ギャヴィン・エルダー(以下E):なかったよ。デヴィッドと彼の最新アルバム『飛翔(Rattle That Lock)』のワールドツアーをしていて、僕の役目はそのツアーでドキュメンタリー映画を撮ることだったんだけど、シカゴに滞在中に、彼が「ポンペイを撮るのはどうだい?」と言ってきた。僕は考えたこともなかったので、信じられなかったよ。このツアーを撮ることだけでもいい経験だと思っていたのに、ポンペイは違うレベルに行くことだからね。ただ、計画を練るのに十分時間があったし、物凄いコンセプトフィルムができると思った。僕にとって71年のポンペイの映画はデヴィッドと仕事をする前に観ていたほど、印象深いもの。しかも、その映画を撮影したエイドリアン・メイベン監督は今回のポンペイまでショーを観にきて、会うことができて本当に光栄だった。しかもロンドンでのプレミア上映会にも出席してくれて、僕のことを「仲間だ」といってくれた。まさか45年後にこんなことになるとはね。
—ワールドツアーの会場自体、どこも素晴らしい場所ばかりでしたが、特にポンペイは屋根が全くないのでセッティングが大変だったのでは?
E:そうだね。ヴェスヴィオ山の火山の噴火の直前くらいまで使われたことがないし、コンサート会場として使われたのは今回が初めてだったので、いろいろ苦戦した。照明スタッフが遺跡の穴に落ちて腕の骨を折ったり、ヘビが出たり。通常、観光客が行く時は床のアリーナまでしか行くことができず、他は野放しなので、野生動物がウロウロしている。だから機材の運搬も大変だったし、カメラは20台設置したものの、観客のいるエリアには安全上の都合からカメラを固定できず、非常口のようなものを作る必要など、いろいろ制限があった。デヴィッドからの希望で空からもドローンを使って撮影しようとしたら、最初は「ユネスコの世界遺産だから」と許可が下りず、やっとOKが出たらと思ったら、当日誰かが個人的に飛ばしたドローンが観客の上を飛んでいた。照明スタッフがレーザービームでドローンのカメラ部分を遮れば撮られないということで、それでなんとか追い払えたけど、本番中も大変だったよ。
2016年7月7、8日の2日間に、西暦1世紀にグラディエーター(剣闘士)が戦った石造りの円形闘技場に計4,000人ほどの観客が集まった歴史的コンサート。
■45年ぶりの会場で、思い入れの強い野外コンサートに
—ポンペイでの撮影にあたって、デヴィッドからの意見はありました?
E:何もなかった。ただ、曲の流れを考える上で、今回入れたいと彼が考えていたのがあったよ。長い間演奏していなかった曲で、リックに捧げる曲を入れたいと「虚空のスキャット(The Great Gig in the Sky)」(ピンク・フロイド『狂気』)を加えた。ツアー中は常にリックのことを彼は考えていたよ。もう彼は(亡くなってしまったから)ここにいないんだけどね。あと、彼はいろんなアルバムから曲を入れようとしていた。「デブでよろよろの太陽(Fat Old Sun)」(ピンク・フロイド『原子心母』)」とか、ファンにとって人気の曲「コンフォタブリー・ナム(Comfortably Numb)」(ピンク・フロイド『ザ・ウォール』)を入れたのはベストだった。だからポンペイでは、たくさんのヒット曲が入ったセットリストになったよ。
—特にあなたが気に入っているシーンは?
E:リック・ライトに捧げた曲「天国への小舟(A Boat Lies Waiting)」。とてもゆっくりとした穏やかな曲で、見ていてデヴィッドが情感を込めて歌っているのがわかったし、たくさんのシルエットとスモークが焚かれた中の照明もドラマチックで、僕にとってエモーショナルかつアーティスティックで意味のあるものだった。「時のない世界(Sorrow)「(ピンク・フロイド『鬱』)の時の力強い光が三角の方向に流れる中で、彼のシルエットが黒く浮かび上がるところも好きだ。
—ハプニングはありました?
E:ドローンの件以外は、とても優秀な人たちだったので何もないよ。みんなレジェントたちと働いていた経験豊かな人たちばかり。デヴィッドの人選が素晴らしいし、誰もがステージでエネジーを発揮できるように、それぞれを気持ちよく過ごさせてくれた。
巨大な円型スクリーンにはMVをはじめとする神秘的な映像が、またレーザー光線を駆使した極彩色のライティング、パイロや花火など壮大なショーとなった。
—毎日のように刺激を受けました?
E:もちろん。みんな素晴らしい仕事ぶりで、各自が違ったアイディアを持っていて、お互いをクリエイティヴにプッシュしていたよ。
—デヴィッドはどうでした?
E:ある日、彼が「毎回どのショーでも“歌う”というよりも“歌詞の意味を考えて歌っている”と話してくれたんだ。最初に会った時から感じていたけど、音楽が彼の一部だと思った。仕事ではなくてね。ギターを通して自分自身を表現している。それが彼の声なんだ。ステージ上の彼はエモーショナルだ。バンドや観衆から生まれてくるものを得ながら歌うから、その日によってパフォーマンスが違う。ポンペイではたくさんの亡霊とも対話しながら歌っていたよ(笑)。
■ライヴ以外のツアーを追ったドキュメンタリー映像にも注目を
—コンサート以外のドキュメンタリー映像では、家族やチームの温かさを捉えていますね?
E:デラックス・ボックスに入っている映像には、ツアーがどんなふうに進んでいるのか、全部の場所のフレイバーが入っている。元々はその撮影がメインだったからね。デヴィッドは親しい人たちをツアーに連れて行くのが好きで、普通のツアーとはちょっと違う。大半のバンドはコストの問題を最優先するので1週間に4ヶ所ほどライヴをやったりするけど、彼はツアーの日程は少ない分、ひとつひとつの地方で楽しむようにしている。
—とはいえ、今回50公演ほど行なっていますよね。各地での撮影テーマはありましたか?
E:ヨーロッパ編では僕はバンド全員にインタビューし、南米はファンに話を聞くなど視点を変えてたし、北米もまた違う内容にした。ツアースタッフ全員が大家族のようになっていて、ツアー最終日にはロック系のレジェンドはシャンペンを開けたりしてパーティをやるけど、彼の場合はアットホームな雰囲気に溢れている。彼の娘や息子も映っているよね。
—奥さまはどんな人ですか?ピンク・フロイド時代に歌詞を頼んだところから知り合ったそうですが。
E:そうだね。彼女は決めたらそこに向けてガッと頑張るタイプ。今は作詞家であるけど、元々作家でもある。彼女はポジティヴだし、とてもいい関係で、デヴィッドが自分の表現を外に出すにあたってとても貢献している重要な存在。ポリーなしにツアーは実現しなかったよ。
中央右がデヴィッド・ギルモア(G,Vo)、71歳とは思えない活躍ぶり。左が妻のポリー・サムソン。
—ドキュメンタリーの中にはピンク・フロイドの音楽に多大な影響を受けてきた人たちが登場します。あなたにもそういう音楽はありましたか?
E:僕自身は人生を変えられるほどの影響は音楽やミュージシャンからは感じていなくて、髪型とか服装とかにはあるな。でもその当時のミュージシャンは、今よりも政治的なことをもっと歌にしていたよね。そういう人たちの歌を聴いて深く考えさせられることはあったと思うので、自分の思考に影響があったのは確かだと思う。最近のポップ系アーティストは体制に抗議するとか、疑問を呈するような曲を作ることが少ないので、それは寂しい。人に対して考えるところを与えることをできていないと思うのが残念だと思う。
■いろんな人を取り上げることで、自分にもアイディアが生まれる
—あなたは音楽以外にも、南アフリカのブルット・マレーといった美術家のドキュメンタリーも撮っていますよね?
E:ありがとう。そうなんだ。彼はすごく興味深いアーティストだ。彼の映画を撮って2年前にヴェネツィア・ビエンナーレに出展した。彼の作品も好きだし、彼は僕の友達でもあるよ。ケープタウンに住む91歳の建築家ギャウィー・ヘイガンも興味深い一人だ。ぜひチェックしてほしい。
—その人のどこに興味を持って、撮りたいと思うのですか?
E:アイディアが面白く、その人の生き方や思考のプロセスとか、そういったことに興味を持って取り上げたりするよ。音楽だけでなく、いろんな人を取り上げることによって自分の中にももっと大きなアイディアが生まれてくるからね。
—最後に、今一番の夢は何ですか?
E:ポンペイを撮影することだったから、次を探さないとね!
『ライヴ・アット・ポンペイ』。ボックスセットなど種類が多々あるので、詳しくはコチラを→http://www.sonymusic.co.jp/artist/DavidGilmour/discography/
余談ながら、1994年の新生ピンク・フロイドの10月公演をロンドンで一緒に見た仕事仲間3人が取材現場で偶然顔を合わせ、また、 取材中にエルダー監督に電話をかけてきたデュラン・デュランのニック・ローズは、私がこの仕事を始めて最初にインタビューした海外ミュージシャンだったので、奇遇な縁も嬉しかった。
*To Be Continued
音楽&映画ジャーナリスト/編集者
これまで『フィガロジャポン』やモード誌などで取材、対談、原稿執筆、書籍の編集を担当。CD解説原稿や、選曲・番組構成、イベントや音楽プロデュースなども。また、デヴィッド・ボウイ、マドンナ、ビョーク、レディオヘッドはじめ、国内外のアーティストに多数取材。日本ポピュラー音楽学会会員。
ブログ:MUSIC DIARY 24/7
連載:Music Sketch
X:@natsumiitoh