異能の歌手ネイ・パームを生んだ、波乱の人生

「ハイエイタス・カイヨーテの音楽には遊び心があって宇宙を飛び回っている感じだけど、この私のソロ・アルバムで表現しているのは自分の内面。私はスピリチュアルなヴォイスを生かして音楽を作っているの」

ハイエイタス・カイヨーテのヴォーカリスト兼ギタリストとして活躍中のネイ・パーム。この初ソロアルバム『ニードル・ポー』を私は寝る前に聴くことが多く、高みに到達していくようなゆったりとした心地良さがあると話すと、彼女はその言葉を待っていたかのように嬉しそうに話し始めた。

「それは良かった。眠りやすい環境を生む音楽を作りたかったからね。私はスピリチュアルな人間なので、自分が理解している神とコミュニケーションを取り、天上から私を介して降りてくるもので音楽を作っているの。私が音楽を生む時は自分のエネルギーを全て注ぐ。ステージにいる時のように自分を全て吐き出すようにして作っているけど、今回はソロなので普段よりも身が削られるような血を流したわ。このアルバムを通して、みんなが私を女としてより理解してくれると思う」

このアルバムは日記のようなもので、心の傷つきやすい状態をオープンに見せながら作業したそうだ。

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新世代の音楽シーンを牽引するハイエイタス・カイヨーテに直撃取材!(後編)

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2回目の取材とあって、前回以上にリラックスした雰囲気で迎えてくれた。

■独りで生きるために、14歳の時に物事の概念を考え直した。

「人間は、どれだけ長く生きられるかわからない。なかでもアーティストは非常に繊細で感受性が強いから、私がすごく好きなアーティストには若くして亡くなった人がいる。この厳しい音楽界の中で生き延びることは、とてもチャレンジングで難しいわ。私は自分の物の見方や尺度が人とは変わっているから、この音楽を通して少しでもそれを理解してもらえるように私の心が覗ける窓をできるだけ開いていったつもり。私の鍵となっているのは人間味と不完全な部分。そこに私の力があると思う」

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3月20日渋谷WWW Xでのソロ公演。ヘッドセットは東京で購入。大好きというビョークの「JOGA」のカヴァーも素晴らしかった。Photo : Yuki Kuroyanagi

その、人と変わっている所以についても、ゆっくりと紐解いていく。

「私は自分の人生に起きるひとつひとつのことに意識を持ち、全力で自分の命を注いできた。だからまず曲を作る上で自分自身を理解することが必要で、そのために“自分が体験してきていることをどう理解し、どう感じたらいいのか”という人間としてのワーク(作業)に尽力する必要があったの。つまり、みんなと自分をこの音楽でシェアするわけだから、そこにネガティヴなものは入れたくない。自分の機嫌が悪いとその空間のバイブが悪くなるから、私の傷となった体験を再プログラムしないとならなかったの。そのためには今感じているネガティヴな感情がどこからきているのかを知る必要があった。その傷を再度プログラムすれば、私は品格のあるバランスのとれた自分になれる。自分が受けた傷を少しでもポジティヴなものにするために、自分がどういった哲学的な立場で物を見て、どう判断するかということにも常に気を遣ってきたわ」

CDのブックレットにレバノンの詩人/画家/彫刻家であるKahlil Gibranの『The Prophe(預言者)』からの一節を引用しているのにも納得だ。 

Nai Palm 「Crossfire」 ギターは子供の頃に少し習い、あとは独学で磨いたそうだ。

母親とは11歳で、父親とは13歳の時に死別。しかも兄弟から引き離された彼女は住まいもなく、14歳から毎晩違う場所で過ごした。故郷といった感覚さえ喪失したため、“どん底”に落ちないために、物事の概念を考え直す必要が出てきたという。例えば“自分はどういった時に安心感を覚えるんだろう”と探求したそうだ。

「普通の人というのは、非常に間違った“安心感”を描いていると思う。例えば “夫を見つけて結婚し、子供ができて自分たちの家を建てる=安心感”のようなもの。私は安心感を場所じゃなくて、“人や音楽、香り”に感じることに気づいたの。さらに、音楽や私の思考といった自分を救えるツールを見つけることができて、すごく幸せだった。人生は結婚して家庭を持つといった安定の形を目指すのではなく、私たちはどんな状況でもカオスの中にいるので、そこで生き延びるために自分の力で一つの神聖な場所を作ったり、神聖な力を持ったりしないと、安心感というのは感じられない。私はその力によって他の人の何か力になれると思うので、今は音楽を作っているし、私は美しい世界に貢献することも、それを1人でも多くの人とシェアすることも好き。アーティストはみんなこの目的を持って生きていると思うわ」

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■カオスは私の感情を揺らすためにも欠かせない環境。

前回インタビューした時に父親は宝石デザイナー、母親はヴィンテージショップを経営していたと話していたが、実際は11歳の時に彼女の子供時代は終わってしまっていたと明かす。「自分で自分を救わないと生きていけない」と決意した時に、彼女の指針となったのは母方の叔母だった。早くから自立していた叔母はアドベを使って自ら家を建て、蛇を飼い、ネイ・パームが「今思うと宮崎駿の映画みたいだった」と話すような暮らしをしていた。しかもバガヴァッド・ギーダー(ヒンドゥー教が世界に誇る聖典で、古来宗派を超えて愛誦されてきた)を伝えるクラシック・インディアンのダンサーだったそうだ。実はネイの母親もダンサーで、19歳の時にオーストラリアのバレエ団に在籍し、コンテンポラリーバレエの振り付けも勉強したという。海外へ行くこともあった母の音楽のコレクションは膨大で、その影響もあって、ネイは小さい頃から踊るより先に歌い、アフリカの音楽などに惹かれていった。

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細部まで自分の好きなものにこだわるオシャレぶり。Photo : Yuki Kuroyanagi

ネイ・パームには4人の兄弟と1人の姉がいたものの(彼女は4番目)、他の皆はちゃんとした勤務体系の仕事に就いたという。けれど、ネイは「私にはカオスが必要だった。きっちりした中にいるとインスピレーションが生まれない。嘘なく人生に直面できる」と、波乱の道を選んだ。

「カオスは私にとって感情を揺らすためにも欠かせない環境。人によって悲しみに対する反応はそれぞれ違う。私のクリエイティヴ精神は生まれた時からあったわ。もしかしたら幼い頃の環境から生まれたのかもしれないけど、大人になってからもそれを失わないようにキープしてきた。私はいつも過去を見てしまう。ノスタルジアと寂しさからすごく顧みてしまうのは、生きていた過去の方が詩的になるから。と同時に前に進みたいから、私は新しいものも求める。だって世界はこんなに広くてワクワクする場所がたくさんあって、自然界にも限りない美しさがある。人生は短時間しか体験できない。だから小さな気づきに敏感でありながら生きていたいと思っているの」

私はここでネイの話を聞いていてアリストテレスの「詩学」の話を持ち出したくなったけれど、彼女は一方的に話を進めていく。

Nai Palm 「Homebody」 ネイが育った思い出の地で撮影、自らロケーションを選んだ。

15歳の時には野生の動物のリハビリパークがある田舎に住んでいたこともあるという。そこから表現者への道程を聞いた。

「15歳でメルボルンに戻ったけど、やはり住む場所がなかったの。公園の小道を歩いていたらファイヤー・ダンスをやっている人たちがいて、私は火に惹かれやすいので寄っていったら、彼らは私のことを受け入れてくれた。そこでファイヤー・パフォーマンスを教わり、それが最初の仕事になったの。ストリートの活動をきっかけに人前で音楽もやるようになっていった。ネイ・パームはファイヤー・ダンサーとしての名前。パフォーマーとしてファイヤーが最初だけど、ギターは弾けたし、音楽はその前からやっていたのよ」

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■エゴを出さずに、大きい「人間」という世界と繋がることが喜び

『ニードル・ポー』はアボリジニの歌からスタートする。アルバム全体がどこか語りのようなポエトリー・リーディングのように感じる箇所もある。

「ジェイソン・グワンバル・グルウィウィは先住民族アボリジニで、ガールプー族の儀式を司る歌い手。とても特別な人なの。オーストラリアにいるほとんどの人たちはアボリジニの領域に触れないけれど、音楽も含め本当に素晴らしい文化があるので、私は本当のオーストラリアのアイデンティティを音楽を通じてオーストラリア人にも世界にも伝えたい。音楽は永遠に残るものなので、いまの人にも今後の人にもオーストラリアの文化についても教えていきたいの」

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本名ナオミ・サールフィールド。オーストラリアのメルボルン出身。落ち着いた風格と茶目っ気が同居する20代だ。私もオーストラリアに行く度にアボリジニ・アートを集めていることもあって、アボリジニ文化についての雑談も。 

特筆すべきはそのジェイソンの歌を筆頭に、声を重視してアルバムを制作したこと。3人のバックシンガーの声を異なった要素と考えてハーモニーをオーケストラのように捉え、はめ合うように作っていったそうだ。シンプルなギターサウンドの上で渦巻くそれは、まるで声の魔術を体感しているようだ。 

「人間の声は凄いパワーを持っている。私はフラメンコギターが好きだったけど、ギターを通してある感情を表現すると楽器を通しての解釈が加わってしまう。でも歌だとそのままダイレクトに感情を出せるのよね。フラメンコではカンターラ(女性の歌い手)が歌いながら感極まって泣いてしまう。その泣き崩れていくような表現から、歌詞がわからなくても感情が伝わってくる。今回アルバムの最初にセレモニー・マンのチャントを持ってきたのは、本当にピュアなヴォーカル表現だと思っているから。彼がやっている音楽は何千年もの歴史あるもので、私は彼の歌を聴いた瞬間、力強い感情を受け取り、私も泣き崩れて彼のトランスにはまってしまった。一般論をいうと、いまのミュージシャンはエゴが先に出てしまって、どうしても自分を前に出したくなるし、自分にこだわりすぎて残念よね。自己愛に浸りすぎると、もっと大きい『人間』という世界と繋がることが喜びではなくなってしまう。私はこのアルバムは日記のようにして作ったけれど、完成後は私個人のものではなくひとつの祝い事であり、みんなのものであると思っているわ」

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『ニードル・ポー』発売中

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自分の存在すべてでアートにこだわりたいという。

CDにはネイ本人による曲解説があり、収録曲にはソロ曲以外にもハイエイタス・カイヨーテでおなじみの曲やデヴィッド・ボウイやレディオ・ヘッド、ジミ・ヘンドリックス等のカヴァーも含む。西アフリカの弦楽器コラの音色が入っているのも嬉しいし、全編聴きどころに溢れている。 ネイ・パームが人生と魂を込めた『ニードル・ポー』は、癒しから浄化、そして最終的に祝いのアルバムとなったほど、実はとてつもないパワーが秘められたアート作品になっているのだ。そして今年6月には「TAICOCLUB'18」の出演のために、ハイエイタス・カイヨーテと共に日本に戻ってくる。

*To Be Continued

音楽&映画ジャーナリスト/編集者
これまで『フィガロジャポン』やモード誌などで取材、対談、原稿執筆、書籍の編集を担当。CD解説原稿や、選曲・番組構成、イベントや音楽プロデュースなども。また、デヴィッド・ボウイ、マドンナ、ビョーク、レディオヘッドはじめ、国内外のアーティストに多数取材。日本ポピュラー音楽学会会員。
ブログ:MUSIC DIARY 24/7
連載:Music Sketch
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