優河のアルバム『魔法』の歌声に惹かれて

優河の歌声はスペシャルだ。もちろん誰ひとりとして同じ声の持ち主はいないし、私にとって魅力的な歌声と感じる人は数多いるけれど、やっぱり彼女の歌は特別だ。憂いを優美へと高めていく歌は、言葉がわからない海外の人の琴線も振るわせることができるだろう。頬を伝う一粒の涙も表せるようなその声には、絹のストールを纏っている如き品の良ささえ感じさせる。

180611-musicsketch-A.jpg

優河。1992年、東京生まれ。黒髪のロングヘアだった時もある。

◼自分の歌の世界を求めて。

しかし彼女が、自分の声の魅力に気づくのには時間がかかった。中学生の時はガールズバンドを組んでベースを担当し、グリーンデイなどのロックを演奏。クラスではそのメンバーと共に“四天王”と呼ばれ、高校まで存在感を誇っていたという。たまたまAIの「Story」を歌った時に、それを聴いた母親から勧められてヴォイストレーニングに付いたことはある。高校でオーストラリアに留学した時には「ギターを弾くのもカッコイイ」と思い始め、この頃からエンヤやノラ・ジョーンズなど自分が好きな音楽に出合うようになった。ただ、帰国後に音楽の学校に進んだ時も、シンガー・ソングライターを目指していたために曲作りやギターの練習に時間を割くことが多く、まだ天性の声には気づいていなかったそうだ。おそらく、もともと歌が上手なだけに、そこに収まってしまっていたのだろう。

最新アルバム『魔法』に収録されている「さよならの声」

歌声の魅力に気づいたのはサラヴァ東京でバイトしながら、そこを拠点にライヴ活動をしていた時。感想を言われることがとても増え、「そんなに声って注目されるものなんだ、人と違うものなんだって、そこで初めて気づいた」と話す。そして、ユーフォニウム等の管楽器奏者として知られるゴンドウトモヒコ(anonymass、pupa、METAFIVEほか)をプロデューサーに迎え、1枚目のアルバム『Tabiji』(2015年)を作る機会を得た。

「こういうスタイルでいいんだと肯定してくれる人が周りに増えていったことも嬉しかったし、ソング・ライティングも肯定されたことが嬉しかったですね。ただ、アレンジとかの面で伝える術を知らなかったので、そこでもどかしい思いはしました。ゴンドウさんとのやりとりで解消されていったこともあるし、伝えきれなかった部分もすごくありました」

『Tabiji』をリリースしてから、まさに旅路の如く、おおはた雄一とのツアーがスタート。それは優河のライヴ・パフォーマンスに多大な影響を与えた。

「ライヴの内容というか、歌がものすごく変わりましたね。おおはたさんがいろんな引き出しを開けてくれました。最初の頃は歌が内省的だし、歌い方も内向的だったと思うので、“シンガー・ソングライターというのは1回置いといて、もっと自由に歌っていいんだよ”と言われていた気がしたし、誰かと歌を作り上げるタイム感や呼吸感は、自分を開かないとできないんだなと感じました」

当時のライヴを私は見ている。おおはた雄一は自由度の高いパフォーマンスが魅力で、この時の彼のギターは優河の歌に寄り添うような演奏ではなく、空へ共に伸びていくように気持ち良いもの。そこでひらひらと舞うような優河の歌声に魅せられ、私は一瞬にして彼女のファンになってしまった。

EP『街灯りの夢』の収録曲「ましろのカメリア」。初期のライヴ映像から。

また、この時に優河の声にはアイルランド民謡の旋律がとても合うことを知った。そのルーツを聞くと、母親が出演した映画の劇伴の関係で知り合ったカテリーナ古楽合奏団がきっかけとなり、幼少時に「ロバの音楽座」のキャンプに兄妹と参加したこと。そこで手にした楽器で奏でるメロディがケルティックの旋律に近く、子供ながらとても好きだった記憶があるそうだ。哀しげな旋律は、彼女にとってどこか居心地の良い住処になっていたのだろう。

そして、その後に発表したEP『街灯りの夢』(2017年)は、おおはたとのツアーの集大成となり、優河の歌の魅力がより開花した作品となった。

---fadeinpager---

◼気心の知れた仲間と音色にこだわった最新アルバム。

最新アルバム『魔法』(2018年)は、そこから大きく飛翔した1枚だ。「自分の世界観として、どういう音色を選ぶべきか」という『Tabiji』の頃からの悩みを、優河はこれまで共演してきたミュージシャン仲間と追求することにし徹した。千葉広樹(Ba : Kinetic、サンガツほか)に共同プロデュースをお願いするところから始まり、岡田拓郎(Gt : ex.森は生きている)やharuka nakamura、神谷洵平(赤い靴)といった理解者も集い、信頼するエンジニアである田辺玄らと具現化に向けてスタートした。田辺のスタジオCamel Houseは丘の上にあり、大きな窓の前に富士山が広がるという。その空間も音楽を心地良いものにしていった。

このアルバムを作る中で、最初に新しい自分の代表曲として完成したのは1曲目の「さざ波よ」。岡田や増村和彦(Dr)とのセッションから下地になるものができていったという。

「しかもベースとドラムの奏法で音楽にすごい奥行きが出て、しかも岡田拓郎くんのミックスで、すごいドラマチックに出来上がったので、これでいけると思いましたね。最終的な判断は私と千葉さんでしますが、ミュージシャンの人たちが客観的に聴いて、“こういう世界観じゃない?”とか、みんなの理想を持ち寄って曲に寄り添ってくれて、本当に素晴らしかったんです」

「魔法」に関しては神谷の助言が印象に残る。

「神谷さんは熱量に関して、“熱くなりすぎるというよりは、行きたいけど行かないみたいな”ということを言ってて。“思いっきりやってしまうと曲の世界観じゃないよね”っていう。どこかクールで、俯瞰で見ているような感じというか」

優河の歌い方がいわゆる熱唱型ではないため、そのトーンに合わせるために抑え気味にしたということもあるかもしれない。オーガニックな楽器の音色を使って深みのある水彩画を描くかのように、残響音を活かした繊細な音のレイヤーが情感豊かなヴォーカルに寄り添いながら、絶景に浸るような世界観を構築している。

“俯瞰で見ているような感じ”という感覚は、歌詞にも表れているように思える。実際、優河も「会いたい」といった直接すぎる歌詞は好みではなく、また、行間を読ませるとか想像させる部分も残すといったことより、普段から歌詞を書く時に「わりと自分と曲の間に場所を作っている」ことを意識しているという。

180611-musicsketch-B.jpg

おっとりとした雰囲気の中に強い意思を感じさせる優河。そしてよく笑う。

とはいっても歌詞を書く作業は、ふつう自分自身と向き合うことになる。歌詞を書きながら優河が一番助けられた曲は、やはり代表曲と呼べる「さざ波よ」だったと話す。

「この曲は自分にとって大きいです。飼っていた猫が亡くなったんですけど、目の前で死んでいく命を見た時に“さざなみよ 全てさらって”という言葉がまず浮かんで。自分にとってはすごく辛いことだけど、もっと大きな目で見たら“(生命は)これの繰り返し、自然なことなんだな”“波が寄せては引くとの同じことなんだな”と、その時に思えたんです。“たいしたことなんじゃない”と、猫も伝えていたというか、これで世界が成り立っているというように感じたんです」

---fadeinpager---

◼“別れ”の先にあるものにフォーカスしたかったわけ。

歌を聴いていると、歌詞とメロディが同時に出てきたのでは、と思うほど馴染んでいる。しかし歌詞は常に先に書き、メロディやコードから曲を作ることはできないそうだ。そして振り返ってみて、「このアルバムのテーマは “別れ” だと思う」と話す。

「去年、自分にいろんな意味での別れがたくさんあったので、結果的にそうなったんです。でも、自分はあまり別れを暗いものとは思っていない。聴き手の人たちに願いが言えるのであれば、別れを暗いものとして受け止めて欲しくないし、このアルバムも暗いものとして受け止めて欲しくないですね。いろいろと経験したことで別れは人を一番成長させると痛感したので、その先にあるものにフォーカスしたい気持ちが強くありました。なので、暗くなりすぎないというのは音作りでも歌でも回避できたかなと」

しかし、私には最初から暗いイメージはなかった。そもそも優河の声にほのかな光を感じることができるからだ。「空想夜歌」と「魔法」を最初に聴いた時にその声に魅せられ、「夜になる」や「愛を」などの歌い方にも次々引き込まれていった。「夜になる」には“私はいま、朝になる”という歌詞があり、そこからのスキャットも好きだ。彼女にとっての夜と朝はどのようなものなのだろう。

「夜がとても苦手で、夜型ではないです。歌詞も夜には書かないし。あの空気感とか空のトーンは好きですけど、やっぱりちょっと怖いし、触れられないものという認識がある。夜になると世界との関わりが薄れていく気持ちになるというか。“朝になる”というのは希望があるというか、すごくオープンになっていくという気持ちですね」

この答えからも、このアルバムのトーンを感じてもらえるだろうか。また全てが別れの歌ではなく、「空想夜歌」や「愛を」、「瞬く星の夜に」は違うという。なかでも「愛を」は18歳の頃に書いたここでの一番古い曲。以前CDに収録したが、違う感じで録り直したいと、前から一緒に何かやりたいと話していたharuka nakamuraにお願いしたそうだ。

---fadeinpager---

◼これまでの歌の人生を1回リセットして完成させたかった。

実は、このアルバムで再スタートをしたいという気持ちが強くあったという。

「自分の歌の人生を1回リセットしたい気持ちがあったので、このアルバムを自分でプロデュースすることで何かを変えたかった。自分の見られ方もそうだし、自分の感覚も嫌になってしまった時期だったんです。もちろんゴンドウさんやおおはたさんとできたことは何にも代え難くて大切ですけど、自分で歌を歌っていく以上、誰かの懐でやっていてはいけないなと強く思って。元々“四天王”と呼ばれていた時があったように、私は意思がすごく強かったのに、いつからか全てにおいて人を優先することが多くなってきた。音楽面でも人からアドバイスされたことに対して“じゃぁ、そうやってみます”という姿勢になりがちで。だけどいま自分が(事務所に所属せずに)1人になった時に、まず自分が全ての責任を持つというか、もっと腹を括らなくてはと思ったんです」

「さざ波よ」に続いて完成した「岸辺にて」にある“あなたの淋しい瞳は 私の夢を壊すから”という歌詞には、おそらく「自分の夢には自分で向かう」という意思表明が込められているのだろう。

180611_yuga_01.jpg

アルバム『魔法』。コラージュ作家の小田富美子が優河の手を使って製作したもの。「手と魔法ってすごく近いものがあると思うんです」と、優河は話す。
Amazonで見る≫

最後にアルバムタイトル『魔法』の意味を聞いた。

「『魔法』という歌の歌詞にあるように、出会いや別れから生まれていくいろいろな物事、それに感情の揺れも、人との関わりから全てできていますよね。そしてどれも自分の意思とは違って、魔法みたいに偶然の重なり合いから生まれている。それらは決して一見美しいものばかりじゃないけど、見方によってはいろいろなことへの活力になり得る事柄だったりすると思うんです。そういうものが生まれること自体が魔法だし、別れがテーマだけど、別れを通さないと見えないこともたくさんあるから、このアルバムを通してその後にあるものを魔法みたいにして包めたらいいな、という気持ちを込めています」

180611-musicsketch-D.jpg

バンドとのライヴでの世界観も素晴らしいが、ソロでのライヴも必見! 撮影:廣田達也

『優河 魔法リリース 弾き語りツアー』

6月23日(土)愛知県 K.D.ハポン
6月24日(日)京都 アーバンギャルド
6月28日(木)宮崎 若草 hutte&co-ba Miyazaki
6月29日(金) 鹿児島 Bar MOJO
7月1日(日) 熊本 NINi
7月2日(月)佐賀 awai
7月3日(火)福岡 春吉バルCLUTCH
7月8日(日)金沢 もっきりや

そのほかのライヴなど詳しくは公式サイトへ
www.yugamusic.com/

*To Be Continued

音楽&映画ジャーナリスト/編集者
これまで『フィガロジャポン』やモード誌などで取材、対談、原稿執筆、書籍の編集を担当。CD解説原稿や、選曲・番組構成、イベントや音楽プロデュースなども。また、デヴィッド・ボウイ、マドンナ、ビョーク、レディオヘッドはじめ、国内外のアーティストに多数取材。日本ポピュラー音楽学会会員。
ブログ:MUSIC DIARY 24/7
連載:Music Sketch
X:@natsumiitoh

Share:
  • Twitter
  • Facebook
  • Pinterest

Business with Attitude
Figaromarche
あの人のウォッチ&ジュエリーの物語
パリシティガイド
フィガロワインクラブ
BRAND SPECIAL
Ranking
Find More Stories