海外レーベルと契約した、気鋭の4人によるWONKとは?
Music Sketch 2019.08.16
WONK(ウォンク)のライブを初めて見たのは2016年9月、それから常にリリースした作品は愛聴してきたが、その間、彼らはパリやベルリン、シンガポールなどでもライブを成功させ、ホセ・ジェイムズのリミックスを担当するなど海外での活動にも力を注いできた。いっぽうで個々の活動にも目を見張るものがあり、シェフとしても腕を振るう長塚健斗(Vo)、レコーディングエンジニアなどの活躍に加え、ベーシストとして他アーティストの作品に参加している井上幹(Ba)、トラックメイカーや楽曲提供に加え、ソロEPまたはソロボーカル作品も発表している荒田洸(Dr)、映画『なつやすみの巨匠』の音楽監督などを務める江﨑文武(Key, Syn, Pf)……と書き切れないほどだ。今回EP『Moon Dance』の発売タイミングで初インタビューが実現。発言にも個性が際立ついっぽうで、無意識ながら4人がバランスよくしゃべっていて、それがこの作品の象徴のようにも感じられた。
(写真左から)井上幹、長塚健斗、荒田洸、江﨑文武。
■最新EP『Moon Dance』は、次に発表するコンセプトアルバムのトレイラー的存在。
――WONKはイギリスのキャロライン・インターナショナルの所属となったそうですね。
井上:僕らはEPISTROPH(エピストロフ)というレーベルを立ち上げていますが、WONKはそのレーベルのひとバンドです。そのWONKに対して、キャロラインもインディーズレーベルなので、プロモーションだったり、配信、ディストリビューションといった機能を一緒にやっていただけるというパートナーの関係性ですね。
江﨑:レーベルを4人で始めたきっかけは、もうちょっとメタな視点で音楽業界を変えていきたいとか、こういう風な審美眼を持って活動していきたいとか、そうした思いからで。今後は海外展開もしていきたいなと思っていて、具体的にやりたいことも定まってきたので、このタイミングでご一緒することにしました。
――楽しみですね。今回、アルバムタイトルにも曲名や歌詞にもmoonという言葉が数多く登場します。
井上:初のコンセプトEPなんです。いま制作中のコンセプトアルバムが次に出る予定で、それがストーリー仕立てになるので、このEPはその序章としての立ち位置のものですね。
――映画でいうとトレイラーみたいな?
井上:まさにそうです。
江﨑:ざっくりいうと、インターネットというテクノロジーと、インターネットメディアを通じたコミュニケーションが実現したことによって、本来なら構造的には視野が広がるはずなのに、実際はみんな視野が狭まってきているというか。本当は多様性を認める方向を目指していたはずの世界が、より人と人が手を取り合って平和が訪れるはずの世界が、実際は意見の合わない人たちを排斥しようといった流れが強くなってしまっている現状を、パラレルワールドの形で表現したいなと思っています。
荒田:全曲映像にできたら最高ですね、という話はしていて。ストーリーになっているから、全部繋いだら映画みたいに見えるのがいいね、みたいな話はしてて。コンセプトアルバムを作るというのも、シングルを出しまくるといういまの時代とはかなり逆行しているんですけど(笑)。
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■芸の細かいことを繰り返して音楽表現し、歌メロもありきたりではないものを追求。
――これまでの作品やコラボ楽曲を聴いても、本当にいろいろなことができるWONKが、今回は初めて聴く人にも入りやすい、優しい5曲になったと思います。“やさしい”って、easy というより……。
長塚:heartful?
――そうです。音楽的にいちばんチャレンジしたのはどの曲ですか?
江﨑:「Mad Puppet」と「Sweeter, More Bitter」かな。だいたいの音楽ってハーモニー楽器で表現することが可能というか、最低限の要素は成り立つんですけど、「Sweeter, More Bitter」はどちらかというと、和音進行は何度も繰り返されている中で、音の抜き差しやちょっとした音色のニュアンスを変えるみたいな芸の細かいことを繰り返して音楽表現していくタイプの曲だったので。
―― 癖になる曲ですよね。
江﨑:荒田の家に行ってめちゃくちゃ素材を録りましたもんね。
荒田:ジェームス・ブラウンの声をサンプリングで途中入れているんですけど、そこがこだわりポイントで。J・ディラだって、誰か気付いていただきたいですね。あと、挑戦だったっていうことだと、この2曲は、歌もちょっとヤバかったですね。
――取材を前に最初のアルバムから全部聴き直してきたんですけど、全然違うなと思ったのはボーカルですね。今回は歌にもっと連れてってもらいたい気持ちがすごくありました。
長塚:うれしいですね。
江﨑:今作から初めて長塚もメロディを作るようになって。それまで荒田がメインで作っていたんです。荒田は僕らきってのメロディメイカーなんですけど、今回、声帯を使う本人が作るとニュアンスはだいぶ変わりましたね。
長塚:全部作ったわけじゃなくて、僕がベースを作って荒田が修正してくれたりとか。「Mad Puppet」は半分半分くらいでフレーズを出し合って。歌い方もちょっと変えて。
荒田:この2曲とも普通にやれば普通にできたんですよ。で、いくらでもメロは出てくるんですけど、こういうパターンの曲にはこういうメロが乗ってくるだろうなみたいな、ありきたりでしかなくて。それじゃ何もおもしろくないので、めちゃくちゃ悩みましたね。
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■歌詞には村上春樹の小説に出てくる動物を引っ張ってきた。
――「Orange Mug」は家族に向けて歌っていますよね。海外では、特にブラック系はお母さんに対してすごくいい感じで歌う人たちが多い中で、日本の中でこういう風に歌えるのは素敵だと思って。その後に「Sweeter〜」の“Bitter than the death of love in you and me”の部分が、逆に海外の人に受けるんじゃないかなぁって思いました。歌詞もいいですよね。
長塚:ありがとうございます。今回の作品にはちょっとSF感がある。異世界な感じとか浮遊感というか。それを言葉に置き換えた時に、異世界な、ちょっと気持ち悪い感じとかがありつつも、リアリティが感じられるもの。しかも、その話もコンセプト作品としてちゃんと一本繋がるんだけど、1曲1曲はちゃんと独立しているところをぼやっとさせたくなかったので、トータル感とのバランスを取るのがすごく難しかったです。
――「Blue Moon」のフューチャリスティックな感じというか、“Jellyfish”のところなど好きです。
長塚:高校の時に村上春樹さんにめっちゃハマって。実はその小説から引っ張ってきた言葉やその表現を英語に置き換えて書いてるところとかあるんです。“jellyfish”のところもそうなんですけど。「Blue Moon」では、実は村上春樹さんの小説のちょっと皮肉っぽいことを言ってる表現のところに出てくる動物を全部引っ張ってきてて。
――そうなんですね。ほかのメンバーからも歌詞について意見が出るんですか?
長塚:今回からだよね。初めてちゃんと「これはこういうことを言うよ」って歌詞を事前にみんなに共有して。
井上:いままでは長塚以外は楽器の担当という面が強かったので、ベースの音はベースの音、キーボードの音はキーボードの音、ボーカルは意味ではなくて音列の羅列の方が重要で、リズムとメロディと、歌詞の歯切れのよさ、語呂のよさみたいなところに、僕らは注視していたんです。でも、コンセプトアルバムを作るに当たって、いちばん重要なのは“何を伝えたいのか”になってくるので、もちろん、音もその一要素ですけど、いちばん伝わりやすい歌詞を大切にしようというのは当然の成り行きというか。
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■柳宗悦さんの啓蒙していく姿勢と、WONKやレーベルでやろうとしていることとの共感。
――最後に、自己紹介代わりに、4人がいまオススメしたいものを教えてください。
江﨑:いま読んでいる本で、柳宗悦さんの『民藝とは何か』。何がすごいかって、自分のある美学を持って、それが世の中にまだ概念として存在しなかったりしても自分の美学を基に作品を収集し、そこにこういった美があるんだよっていうことを啓蒙していくことによって、それがやがてアートとして成立していくっていうところがすごく面白い。WONKやEPISTROPHでやろうとしていることも似たようなことだなと思っていて……。
――というと?
江﨑:それこそ『GEMINI:FLIP COUTURE #1』では、もっと日本のビートメイカーの認知を広めたい、こんなにかっこいい音楽をやっている人たちがいるんだぞということを伝えたくて。僕らはそうした音楽をある種「収集」して提示していくことをやってるわけなんですけど、まさにそれと同じことを民藝という分野でやった方が柳宗悦さんだなぁと思っていて、すごくインスピレーション源になりそうという。
長塚:僕は(このEPで)村上春樹さんが題材になっている点がいくつかあるので、僕がいちばん最初に村上春樹さんを知ったきっかけである『海辺のカフカ』で。みんな知っていると思うし。あと『もし僕らの言葉がウィスキーであったなら』も好きですね。
荒田:僕は小澤雅志さんをオススメします。『Pollux』のジャケも描いてくれて。どの辺がかっこいいか言語化できない。The Massというギャラリーもおもしろい企画をやっているのでオススメです。
(写真左から)荒田洸、長塚健斗、江﨑文武、井上幹
井上:アニメーション監督の幾原邦彦さん。昔は「美少女戦士セーラームーン」シリーズ(1992〜96年)、その後だと「少女革命ウテナ」(1997年)、「輪るピングドラム」(2011年)、最近だと「さらざんまい」(19年)で、全部普通のアニメーション枠で放映されているアニメなんですけど、テーマがものすごく深くて、人が言及しないようなことをあえて伝えようとするアニメーション作品が多い。
―― 哲学的という?
井上:哲学的といえば哲学的ですね。「少女革命ウテナ」は1997年の作品で、主人公の少女がヒーローになって敵と戦うんですけど、その少女が学ランを着て学校に来た時に、「なんでお前、学ランを着ているんだ」って言われるシーンから始まる。全編、そういうジェンダー的なところがあって。
―― ジュディス・バトラーとか喜びそうですね。
井上:そうですね(笑)。「輪るピングドラム」は地下鉄サリン事件の加害者の子どもと被害者の子どもみたいな立ち位置の子どもが業を背負う必要があるのか、みたいなテーマに基づいたアニメで。でもめちゃくちゃポップなアニメなんですよ。「さらざんまい」も普通に地上波で放映されたものなのに、ちゃんと考えて見るといろいろ入っているなっていう、エンタメとアートの境目を壊していく活動だなと思っていて、それがすごく好きですね。
最新EP『Moon Dance』、現在発売中。
〈仙台公演〉 8月24日(土) 開場18時 開演19時 会場:仙台darwin ゲスト:iri
〈大阪公演〉 9月19日(木) 開場18時30分 開演19時30分 会場:梅田Shangri-La
〈札幌公演〉 9月20日(金) 開場19時 開演19時30分 会場:札幌SPiCE
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*To Be Continued
音楽&映画ジャーナリスト/編集者
これまで『フィガロジャポン』やモード誌などで取材、対談、原稿執筆、書籍の編集を担当。CD解説原稿や、選曲・番組構成、イベントや音楽プロデュースなども。また、デヴィッド・ボウイ、マドンナ、ビョーク、レディオヘッドはじめ、国内外のアーティストに多数取材。日本ポピュラー音楽学会会員。
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