松崎ナオの音楽が息づく、『ブルーアワーにぶっ飛ばす』

最近、会う人みんなに薦めている映画は、『ブルーアワーにぶっ飛ばす』。監督はCM界の第一線で活躍する箱田優子で、脚本も手がけている。主人公は仕事に追われる30歳のCMディレクター、砂田夕佳。監督のゆかりの地でも撮影していることから、自身と被ると思われる部分は少なくなく、それだけにこの作品に対する思い入れの強さを感じる。なにより、日常をそのまま切り取ったような展開に、多くの人が共感すると思う。

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写真左から、主人公の砂田夕佳(夏帆)と清浦あさ美(シム・ウンギョン)。

■主人公ふたりを、夏帆とシム・ウンギョンが好演!

砂田を演じる夏帆が、「いまいちばん自分がやりたかった役とやっと巡り合えたと、心から思えました」(資料より)と公言し、「共感する部分がたくさんあった」と話しているだけに、とにかくすごくいい! 間違いなく彼女の代表作になるはずで、この作品を観たら、みんな彼女のファンになってしまうのでは。そして、もうひとりの主役、清浦あさ美を演じるシム・ウンギョンも素晴らしい。この役も最高でしょう。このほか、出てくる役者がみないい味を出していて、脚本はもとより、演出にも監督の手腕が存分に発揮されている。

生きていく自分自身との対峙はもちろん、心の機微に触れるであろうシーンが随所にちりばめられている。ロードムービー的な要素もあり、そこに導かれながら、ちょっとした“あや”に気付くおもしろさも。砂田の日常を通して、常日頃自分が思っていたり、考えるのを避けていたことを見直せる部分もあると思う。

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映画には、箱田監督の仕事現場を思わせるCM撮影のシーンも。

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■音楽担当の松崎ナオには、台詞やSEも音楽に聞こえていた。

なかでも好きなのが、この映画にあふれるウィット。そして、そこに共鳴し、響かせているのが、松崎ナオが担当した音楽である。箱田監督と松崎ナオに話を聞いたところ、松崎はこれまで映画に音楽を付けた経験がなかったため、またプログラミングといった作業もできないので、最初は思うままに映像に音楽を付けたという。

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砂田の夫、玉田篤(渡辺大知)。

「台詞の素の音がおもしろかったので、歌としてコードか何か付けちゃえばいいのかな、とか、風の音や物音とか全部声でやったらおもしろいかなと思って、とりあえずやりたいと思う、浮かんだものは1回再現して聞いてもらおうと思っていました」(松崎)。

つまり、映画の主人公のほかに、松崎ナオも歌や音楽で常に存在している状態だったという。その音源付きの映像を最初に観た時のことを、監督は次のように話す。

「朝ワクワクしながら待っていて。で、来た!と思って、ダウンロードして観るじゃないですか。そうしたら(松崎ナオが)“ゲロッゲロ!”って言ってて、爆笑して、“初めて入った店で謎の丼を出してくれたけど、『これナニ飯なんだ!? うわぁ〜、わからん!!』”みたいな状態」(箱田)

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田舎の風景に登場する音楽や音響にも凝っている。

そのような全部に音楽や声を付けてきた前代未聞の状態から、音楽監修を担当した池永正二(あらかじめ決められた恋人たちへ)などとも意見交換することで、現在の最終的な形に至った。「最初、台詞とかSEまで、この人には音楽に聞こえている、というのが衝撃で(笑)」と監督は話すが、初期段階からだいぶ修正されたものの、監督の意向から松崎ナオの持ち味もうまく生かされている。ちょっとした表情にユーモアあふれる音が付いていたり、松崎の声で表現された部分もあったり、音遊びの楽しさが映画に息づいているのだ。

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田舎に帰って、大好きな祖母のお見舞いに行く砂田。

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■音楽を聞いているだけでも、笑えるシーンがいっぱい。

箱田監督に松崎を紹介したのは、音楽プロデューサーの篠崎惠子。長く一緒に仕事をしている矢野顕子から松崎を薦められ、そこからこの映画に合いそうだと、箱田を松崎のバンド、鹿の一族のライブへ連れていった。そこで箱田は、「さっきまでメチャメチャ笑っていたのに、見終わった後になぜか泣いているっていう。(映画も)こういう読後感になるといいなぁと思っていた」と、松崎に依頼することに決めたそうだ。

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音楽を担当した松崎ナオ(Vo & Gt、写真中央)と、演奏担当した鹿の一族のメンバー仲間の鹿野隆広(Dr & Cho、写真左)、鹿島達也(Ba & Cho、写真右)。

松崎ナオは1998年にデビュー。最近ではデビュー同期である椎名林檎が2017年に「おとなの掟」をセルフカバーした時に共演し、話題になった。実は私は松崎ナオのデビュー当時からしばらくの間、彼女の活動をサポートしていた時期がある。今回とても久しぶりの再会だったが、彼女の音楽に対する感性も、しゃべり方や仕草もまったくと言っていいほど変わっていなかったのがうれしかった。そして、地道に音楽活動を続けていた彼女に、特異な才能を生かせる新たなチャンスが到来し、評価されていることもうれしかった。

観終わるのが惜しい気持ちになるほどの映画内容に加え、この音楽があったからこそ、クスッと笑えたり、心がキュッと掴まれたりするシーンがより魅力的になっていると思う。監督も「劇中でヤイヤイ言ってる時に、台詞の後で(音楽も)ヤイヤイって言ってて、そこ拾ってるんだ、とか(笑)。亀のシーンもそうですけど、笑えるからいいなぁと思える部分がいっぱいあります」と話す。

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ロードムービー的なおもしろさもあり、一気に引き込まれるストーリー。

松崎は観客に絶対チェックしてほしい部分について、「子どもが出てくるシーンでちょっと青っぽいところは、子どもの時って無邪気なんだけど、無邪気だから気付かない恐ろしさみたいなものを入れたいなと思って。ゾクッてしてくれたらラッキー、とは思っています」、と話していた。

本作は、企画の段階で「TSUTAYA CREATORS’ PROGRAM FILM 2016」審査員特別賞を受賞し、映画監督デビューを飾った完成後は第22回「上海国際映画祭」アジア新人部門 最優秀監督賞と優秀作品賞を受賞したのをはじめ、国内外で話題を集めている。観終わった後の気分がなんとも言えず、またすぐに観たくなってしまう中毒性がある。脚本やキャストの演技、ロケーションや撮影など、すべての要因が合致しているからだが、やはりこの音楽の個性も欠かせない一因だ。

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映画からインスパイアされた楽曲を収録したCD『清く、ただしく inspired by ブルーアワーにぶっ飛ばす』。アートワークのデザインは松崎ナオが担当。筆者による、箱田監督、松崎ナオ、池永正二による鼎談を掲載している。

『ブルーアワーにぶっ飛ばす』

●監督・脚本/箱田優子
●出演/夏帆 、シム・ウンギョン、渡辺大知ほか
●2019年、日本映画
●92分
●配給/ビターズ・エンド
●10月11日(金)より公開
http://blue-hour.jp

©2019「ブルーアワーにぶっ飛ばす」製作委員会

*To Be Continued

音楽&映画ジャーナリスト/編集者
これまで『フィガロジャポン』やモード誌などで取材、対談、原稿執筆、書籍の編集を担当。CD解説原稿や、選曲・番組構成、イベントや音楽プロデュースなども。また、デヴィッド・ボウイ、マドンナ、ビョーク、レディオヘッドはじめ、国内外のアーティストに多数取材。日本ポピュラー音楽学会会員。
ブログ:MUSIC DIARY 24/7
連載:Music Sketch
Twitter:@natsumiitoh

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