画期的な試みでオスカー受賞『サウンド・オブ・メタル』。

2021年の第93回アカデミー賞は、授賞式の音楽監督をクエストラブがDJ兼で務めたのをはじめ、音楽に纏わる作品のノミネートが目についた。その筆頭は、1927年のシカゴにあるレコーディングスタジオを舞台とし、そこでの短時間での出来事にアフリカ系アメリカ人の生き様を集束させた『マ・レイニーのブラックボトム』である。

音楽に関する賞では、作曲賞を受賞したのはディズニー+ピクサーによる長編アニメーション『ソウルフル・ワールド』。主人公がジャズ・ミュージシャンになることを夢見る音楽教師とあって、ジャズ満載だ。受賞したのはジョン・バティステ、トレント・レズナーとアティカス・ロスだが、なかでもレズナーとロスは『マンク』でもノミネートされている。いまやナイン・インチ・ネイルズとしてよりも映画音楽の作曲家としての知名度の方が高いと言ってもいいくらいの活躍ぶりである。

 

歌曲賞を受賞した「FIGHT FOR YOU」は『ユダ・アンド・ザ・ブラック・メサイア(原題)』の楽曲。担当したH.E.R.、ダーンスト・エミル(D’Mile)、ティアラ・トーマスの3人は、グラミー賞でもメッセージ性のある別の楽曲で最優秀楽曲賞を受賞していて、共に受賞の快挙を成し遂げた。この映画は日本では今夏からレンタルビデオがスタートする予定だそう。

 

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主人公の聴覚と同化するような感覚。

今回は6部門にノミネートされ、編集賞と音響賞を受賞した『サウンド・オブ・メタル〜聞こえるということ〜』を取り上げたい。この話は、恋人のルー(オリビア・クック)とバンドを組んでツアー生活をしているドラム奏者のルーベン(リズ・アーメッド)が、突発性難聴になってしまう話である。当初2020年8月14日に全米公開予定だったが、新型コロナウイルスの感染が拡大したため同年11月20日に延期され、12月4日からアマゾン・プライムで配信されている。

映画とは大きなスクリーンで観てこそ映画の魅力を堪能できると思っているが、この作品に関してはヘッドフォンもしくはイヤホンで聴くことで、よりこの映画の世界に入り込める。というのも、難聴を改善するためにルービンはインプラント(人工内耳)の手術をするのだが、そこから聞こえるサウンド作りが徹底していて、まるでルーベンの頭の中に入ってしまったような錯覚を覚えてしまうからだ。タイトルもこの音から来ている。

目指したのはハイブリッドなドキュメンタリー映画。

そもそもこの映画は、デレク・シアンフランスがドラムを叩いていた時に聴力を失った自身の経験をもとに脚本を書き、夫婦で活動するメタル系デュオ、ジュシファーを起用して『Metalhead』を撮影していたことから始まる。撮影が頓挫し諦めていた時に、子どもの誕生日会で偶然知り合った、ドキュメンタリー映画経験の豊富なダリウス・マーダーに話したところ興味を持ってくれたため、シアンフランスは原案者として加わることで復活したのである。

ダリウス・マーダー監督の祖母が聴覚障害者であり、さらに監督の弟エイブラハムがミュージシャンで腰痛などを患い、世界から疎外感を感じていたという経験からも脚本や音楽制作に協力することになり、13年10月から本腰を入れ始めた。しかし、資金面など苦労が多く、なんとか7桁前半の製作予算で完成することができたそうだ。

sound-of-metal-METAL_SG_00002_rgb.jpgルー役のオリビア・クックとルーベン役のリズ・アーメッドは練習を積んで、実際にパフォーマンスしている。

ハイブリッドなドキュメンタリー映画を目指したという監督は、35mmフィルムで時系列に沿って撮影。主演ふたりには役に徹してもらい、ギターやドラムを本格的に練習してから実演を収録、さらにアーメッドはサウンドブロッカーを付けて耳が聞こえない状態で演技したという。また、聴覚障害者コミュ二ティの運営者ジョーを演じるポール・レイシは両親が聴覚障害者であり、ダイアン先生役のローレン・リドロフは聴覚障害がある。コミュニティのシーンはリアリティそのものといっていい。

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デンマーク人が編集賞、フランス人が音響賞を受賞。

映画はオープニングのライブシーンから、ルーベンの内面と外面の感覚を表現している。そしてこの映画では視聴者がルーベンの頭の中に入り込み、彼の新たな現実を一緒に体験することができるようにと、フランス人のサウンドデザイナーで作曲家のニコラス・ベッカー(音響賞受賞)、デンマーク人の編集担当ミッケル・ニルソン(編集賞受賞)、そしてアメリカ人のマーダー監督の3人は、あらゆる種類のマイクを使った実験を行い、音そのものを探求していったという。

パリでは監督とベッカーが無響室へ行き、10分後には心音、血液の音、腱などすべての音が聞こえるという体験。また、ベッカーはルーベン役のアーメッド自身の音を採集するために、耳鼻科医に会いに行くシーンの撮影後、そこにあるブースで聴診器のマイクや頭蓋骨用の受振器、口の中にもマイクを入れるなどして彼の身体の音を録音。その素材を使ってシーケンスを作り、それをニルソンに渡して編集してもらい、これらアーメッドの身体の微妙な音によって感情的なリアリティを生み出そうとしたそうだ。

誰もが自分の内なる音を知っていると思う。

ベッカーとニルソンはfilm.avclub.comのインタビューで次のように話している。「耳が聞こえなくなっても、組織や骨を通して音を受け取ることができる。そして、脳がそれを音に変換する。でも、これは誰もが知っていることだと思う。話していても、自分の身体の共鳴音が聞こえてくるからね。つまり、誰もがこの感覚、内なる音を知っていると思う。だから、たとえ難聴の経験がなくても、それが正しいかどうかを感じることができるんだ」(ベッカー)

ベッカーは、人工内耳というものをほとんどの人は体験していないはずだからと、リアルさを追求すると同時に、誰も聞いたことのない、聞き慣れていない音で、いままでに経験したことのないような疎外感を感じてもらおうとしたという。

いっぽうニルソンは、聞こえてくるサウンドをストーリーテリングのツールとして使い、観客に主人公の頭の中に入っていくことを意識するようにしたという。

「意識すべきなのは、自分があるキャラクターの視点に置かれ、そのキャラクターと一緒に何かを感じているということ。ルーベンと一緒に聴覚の感覚を失うけれど、人工内耳を開けたときには、また彼と一緒に感覚を得ることができるんだ」(ニルソン)

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写真右:リズ・アーミッドは手話をマスターし、サウンドブロッカーを付けて、耳の聞こえない状態で演技したという。

だからこそ、エンディングのシーンにすべてが注力されている。どう感じ、どう考えるか、そう思った時にはあなたはルーベンと同化していると言っても過言ではないと思う。そして、私は静寂の優しさも寂しさもはわかっているつもりではあるものの、自分の音を知るというそこまでの体験をしたことはない。自分の音を知ることは、自分自身を深く見つめることに繋がるのだろう。

ストーリーからして素晴らしい映画なのだが、この音に対する試みだけでも新感覚をもたらす画期的な作品といえよう。世界規模のコロナ禍ゆえ、自宅でヘッドフォンやイヤホンで視聴した人は多いはずだ。未だの人は必見!

※『サウンド・オブ・メタル〜聞こえるということ〜』はAmazon Prime Videoで独占配信中。www.amazon.co.jp
※第93回アカデミー賞授賞式は、 5月3日(月・祝)までWOWOWオンデマンドでアーカイブ配信中。www.wowow.co.jp/academy

*To Be Continued

音楽&映画ジャーナリスト/編集者
これまで『フィガロジャポン』やモード誌などで取材、対談、原稿執筆、書籍の編集を担当。CD解説原稿や、選曲・番組構成、イベントや音楽プロデュースなども。また、デヴィッド・ボウイ、マドンナ、ビョーク、レディオヘッドはじめ、国内外のアーティストに多数取材。日本ポピュラー音楽学会会員。
ブログ:MUSIC DIARY 24/7
連載:Music Sketch
Twitter:@natsumiitoh

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