クリエイティビティを刺激する、映画『ジャズ・ロフト』。

クリエイティビティを刺激するエピソード満載のドキュメンタリー映画だ。戦場カメラマン、そして報道写真家として一世を風靡したユージン・スミス。彼がニューヨークのマンハッタンにあるロフトに住んでいた間に撮りためた写真と録音テープを元に、そのロフトに集まったミュージシャンの話やユージンの人生などが語られる。ジャズの演奏風景はもちろん、スクリーンには当時の音楽が常に流れ、証言の多さがこのドキュメンタリー映画をより立体的なものにしていく。

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アメリカ人の写真家、ユージン・スミス(1918〜1978年)。Self-portrait, W. Eugene Smith, (c) 1959 The Heirs of W. Eugene Smith.

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1950年代後半〜60年代にかけて、気鋭の音楽家や芸術家たちが集ったロフト。

画家のデヴィッド・X・ヤングがマンハッタンにある花問屋街、6番街821番地に見つけたロフトは、彼の友人のミュージシャンたちが深夜にセッションするには好都合の場所だった。電気もまともに引かれていないような古くて狭い建造物に、未だ稼ぎの少ないミュージシャンがそこに住むようになるのに時間はかからなかった。カーラ・ボノフもここに住んでいたといい、証言者として登場したのには驚いた。

『ライフ』誌でのフォト・エッセイの評判により、既に名を成していたユージン・スミスだが、1957年からロフトで暮らすようになるまでには、沖縄戦での悲惨な体験からの長い入院生活、『ライフ』編集部との喧嘩別れなど、紆余曲折があった。ニューヨーク郊外での、自然と家族に囲まれた幸せな生活を置き去りにしてまで穴倉のような場所に住み着いたのには、とにかく仕事に専念したい思いが募ったからだという。

211005-jazz-02.jpg建物にはミュージシャンも住み始め、画家の部屋がセッションの場になることも。©1999, 2015 The Heirs of W. Eugene Smith.

もともと音楽好きだったスミスは、上階から響いてくる演奏を記録するように頻繁に録音し始め、それはラジオ放送や電話での会話、立ち話、猫がネズミを追いかける音にまで及んだ。この莫大な録音と写真という双方の記録があることで、このドキュメンタリー映画が完成している。お金がなかったとはいえ、録音機材に凝ったこともあり、その音源には貴重なものが数多あったようだ。

クラシック音楽の作曲家であり、ジャズの演奏家でもあるホール・オーヴァトンが住人となったことで、ジャズミュージシャンの行き来が増す。そこでは、ディキシーランド・ジャズとビーバップが混在し、この時期にジャズが全方面へ一気に拡散していったと、映画は物語る。そして、止めどもなく即興演奏を楽しむ様子がスクリーンから溢れてくる。オーヴァトンの生徒だったスティーブ・ライヒが当時のことを語っていたり、ロフトに遊びに来ていた作家ノーマン・メイラーや画家サルヴァトール・ダリの様子をユージンが撮影していたり、次々登場するエピソードについ興奮してしまう。彼らにとっても、この場は刺激となったに違いない。

211005-jazz-03.jpgロフトに遊びにきた、楽しそうな様子のダリ(写真中央)。©2009, 2015 The Heirs of W. Eugene Smith.

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ユージン・スミスの半生とジャズの進化を、彼の記録が物語る。

写真家ユージン・スミスのことや著名な写真については知っていたが、彼の人生については知らなかった。最近は、ジョニー・デップが製作と主演を務めた映画『MINAMATAーミナマター』(2021年)で、水俣病の存在を世界に知らしめた写真家として、再び脚光を浴びている。この『ジャズ・ロフト』では、ユージンの息子や写真評論家、彼と交流のあったミュージシャンの証言を元に、彼の半生が明かされていく。

なかでもユージンが報道写真を掲載するにあたり、モノクロ写真のドラマ性を出そうとして、光と影を強調するために現像中にプリントの表面を漂白していた手法の話は興味深かった。写真のレイアウトについて写真家が編集者やデザイナーと議論することは、今日ではまったく珍しくないが、当時は写真家が意見すると反感を買っていたようだ。仕事に没頭するユージンと、演奏に夢中になるジャズ・ミュージシャンには、睡眠をコントロールするのにも精神を安定させるためにも必要とした薬物は同じだったようで、結果、精神を壊してしまったミュージシャンの話も登場する。

211005-jazz-04.jpg写真左から:セロニアス・モンクとホール・オーヴァトンの会話風景は大変貴重。Photo by W. Eugene Smith, 1959 (c) The Heirs of W. Eugene Smith.

終盤にはスミスのお気に入りのミュージシャンだったズート・シムズ(サクソフォーン奏者)や、オーヴァトンとセロニアス・モンク(ピアノ奏者/作曲家)の貴重な会話、さらにモンクの10人編成バンドのリハーサル風景も登場する。内容をすべて明かしてしまうと興ざめになるので、ここでやめておくが、ジャズが進化していく様子はもちろんのこと、クリエイティビティが湧き上がっていく瞬間を何度も体感できるこのドキュメンタリー映画は、たとえユージン・スミスのことを知らなくても観る価値は十分にある。

また、状況は違うとはいえ、アーティストの集まる場としてアンディ・ウォーホルのファクトリーを思い起こしてしまい、時空を越えられるのなら、是非このロフトに遊びに行きたかったと思った。

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タウンホールでのリハーサルをしていたモンク・オーケストラ。©1999,2015 The Heirs of W. Eugene Smith.

著名な写真家であるロバート・キャパや、写真家/画家/キュレイターなど多彩に活躍したエドワード・スタイケンと一緒に写った写真が彼の栄光を象徴する一方で、地獄のような日々も味わってきたユージン。波乱万丈の人生であったが、この映画の完成によって、彼がロフトで過ごした期間を詳細に記録した労苦は報われ、映画からも多くの人々を刺激していくのは間違いない。言うまでもなく、彼が遺した作品の振り幅も相当なものである。

 「ジャズ・ロフト」

●監督/サラ・フィシュコ
●出演/サム・スティーブンソン、カーラ・ブレイ、スティーヴ・ライヒ、ビル・クロウほか
●2015年、イギリス映画 87分
●配給/マーメイド・フィルム、コピアポア・フィルム
●10月15日(金)より、Bunkamuraル・シネマ他にて全国順次公開
https://jazzloft-movie.jp

*To Be Continued

音楽&映画ジャーナリスト/編集者
これまで『フィガロジャポン』やモード誌などで取材、対談、原稿執筆、書籍の編集を担当。CD解説原稿や、選曲・番組構成、イベントや音楽プロデュースなども。また、デヴィッド・ボウイ、マドンナ、ビョーク、レディオヘッドはじめ、国内外のアーティストに多数取材。日本ポピュラー音楽学会会員。
ブログ:MUSIC DIARY 24/7
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