米国麻薬取締局と闘うビリー・ホリデイの姿を描いた映画。

『ザ・ユナイテッド・ステイツ vs. ビリー・ホリデイ』はサスペンス・エンターテインメントとして見応え満点だが、衝撃の事実の連続が心を揺さぶり、余韻もすごい。特筆すべきは、ビリー・ホリデイを演じるアンドラ・デイが、演技未経験だったとは思えないほど、全身全霊を捧げた熱演で魅せること。アンドラ(本名:カサンドラ・モニーク・ベイティ)は、芸名をビリーのニックネーム“レイディ・デイ”にちなんでつけたほど、彼女を崇拝しているシンガー・ソングライターだ。

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主演のアンドラ・デイ。闘う人々を鼓舞する歌「ライズ・アップ」などが大ヒットしている。1984年ワシントン州生まれ。

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ダイアナ・ロスも、初演技で『ビリー・ホリデイ物語/奇妙な果実』(1972年)の主役となったが、彼女の場合は人気歌手となってからの銀幕デビューだった。アンドラは2015年にアルバム・デビューした時から評価は高いものの、まだアルバムは1枚しか発表していない。しかし、この映画の評価が今後の歌手人生に影響するであろうことに微塵も臆することなく、ビリーになりきり、肌の明るさもビリーを彷彿させるこの体当たりの演技から、途中からドキュメンタリーを観ているかのような錯覚に陥りそうになる。

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ビリーが麻薬取締局の標的にされたのは事実だった。

この映画の着想となったのは、欧米で活躍するジャーナリスト、ヨハン・ハリの著書『麻薬と人間100年の物語』(2021年、原書は2015年)。このなかで、ビリー・ホリディを死に追い詰めたのは、ハリー・J・アンスリンガー率いるアメリカ合衆国財務省管轄の連邦麻薬取締局だとしている。

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何としてでもビリーを捉えようとするハリー・J・アンスリンガー(ギャレット・ヘドランド)。

アンスリンガーは麻薬を嫌うだけでなく、ジャズを「音楽で表現された猥雑さであり、黒人に棲む生来の衝動が息を吹き返し、表に出ようとしている証拠そのものだった」というほどの、生粋の白人至上主義者。映画の舞台となる1940年代のアメリカは、その前に繁栄したアフリカ系アメリカ人による文化運動「ハーレム・ルネッサンス」の勢いも受け、人種差別の撤廃を求める公民権運動が各地で息づいていた。それに敵対したのが連邦麻薬取締局長官のアンスリンガーだったのだ。

しかし、アンスリンガーがジャズ・ミュージシャンを麻薬で取り締まろうとしても、彼らには強い連帯感があり、密告してもいいという関係者をひとりも見つけることができなかった。そこでビリー・ホリデイを逮捕して見せしめるための標的と定め、黒人の中にいても怪しまれない黒人の職員、ジミー・フレッチャーを覆面警官として投入した。

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ビリーの魂が蘇るかのような、アンドラ・デイの迫真の演技と歌。

映画の見どころの多くは、人種差別の現状を描いた歌「奇妙な果実」を、「公民権運動を刺激するから」と抹消しようとする国と、そこに対抗するビリー・ホリデイの生き様、その狭間に立つジミー・フレッチャーにある。追いつ追われつの緊迫感とさまざまな愛に身を委ねて揺らぐ情感が、ビリーの歌とともに波打っていく。

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写真右:覆面警官でありながら、ビリーに惹かれるジミー・フレッチャー(トレヴァンテ・ローズ)。

子どもの頃から売春宿で働かされてきたビリーが、身体を重ねて、愛されることの安堵感や歓びを知った時の一瞬の表情も印象に残る。ニーナ・シモンをはじめ、当時の大半の黒人女性シンガーたちにとっては、結婚しても結局、夫の稼ぎのために働く日々が続く。歌うこと、歌っている時が好きでたまらないのに、DVのように「愛される」ということを勘違いしてきたために、自分の人生を真っ直ぐ進むことができない。そんな彼女が不屈の精神で唯一守ったのが、彼女のレパートリーの中で最も意味の重い歌「奇妙な果実」であり、それを使命として歌い続けた。

アンドラ・デイは、歌唱法もビリー・ホリデイに寄せているが、とはいえ、声質や鼻に抜ける感じや軽やかさには違いがあり、逆にアンドラのスモーキーな声質に寄り添ったサラーム・レミ(ナズ、フージーズ、特にエイミー・ワインハウスとの仕事でも知られる)の楽曲プロデュースが心地よい。また「Tigress & Tweed」は、アンドラと前作から交流のあるラファエル・サディーク(exトニー・トニー・トニー、exルーシー・パール、ディアンジェロやTLC、メイシー・グレイ等での楽曲提供)による曲だ。

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歌うシーンは、やはり観ていて楽しい。

演技では、既に第78回ゴールデン・グローブ賞〈ドラマ部門〉主演女優賞を受賞し、第93回アカデミー賞主演女優賞でもノミネートされているが、歌での注目も期待される。

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黒人女性の脚本家と黒人男性監督による入魂の作品。

正直、冒頭の白人女性のインタビュアーがビリーに向ける質問からして驚愕する映画だ。なかでも象徴的なのは、ホテルに着いたビリーが客用エレベーターに白人女性と一緒に乗ろうしたところを、そのホテルで唯一黒人として働いているボーイに制止されるシーン。黒人の中でも男性と女性、もちろん女性の中でも白人と黒人の差別が、ほんの些細なことからも描かれている。

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何が何でもビリー・ホリデイを逮捕しようとするアメリカ連邦麻薬取締局。

病室で亡くなる時の話など、『奇妙な果実 ビリー・ホリデイ自伝』(1998年)に書かれていたこととは違う点もあり、事実よりもいまの時代を意識し、映画として脚色されて描かれた点は多少はあるだろう。それでも、この映画でのビリー・ホリディの説得力はすごい。

脚本は黒人女性として初めてピューリッツァー賞戯曲部門を受賞するなど、数多くの賞を受賞しているスーザン=ロリ・パークス。オプラ・ウィンフィリーが黒人女性作家ゾラ・ニール・ハーストンの名作『彼らの目は神を見ていた』(2005年、主演ハル・ベリー)をTV映画として製作した時の脚本も担当し、話題になった。

監督のリー・ダニエルズは、人種差別をテーマにした『大統領の執事の涙』(13年)が各国でヒットし、絶賛された。ほかにも『プレシャス』(09年)でアカデミー賞作品賞と監督賞、英国アカデミー賞作品賞にノミネートされ、音楽業界を牛耳る父親とその家族を描いたTVシリーズ「Empire 成功の代償」(15〜20年)の大ヒットでも知られている。

このふたりならではの、さすがの秀作である。アンドラ・デイはこの映画を機に、音楽の世界ではもちろん、女優としても飛躍を遂げるだろう。
 

『ザ・ユナイテッド・ステイツ vs. ビリー・ホリデイ』
●監督・脚本/リー・ダニエルズ
●出演/アンドラ・デイ、トレヴァンテ・ローズ、ギャレット・ヘドランドほか
●2021年、アメリカ映画
●131分
●配給/ギャガ
●2022年2月11日(金)より、全国ロードショー。
© 2021 BILLIE HOLIDAY FILMS, LLC.
https://gaga.ne.jp/billie

*To Be Continued

 

音楽&映画ジャーナリスト/編集者
これまで『フィガロジャポン』やモード誌などで取材、対談、原稿執筆、書籍の編集を担当。CD解説原稿や、選曲・番組構成、イベントや音楽プロデュースなども。また、デヴィッド・ボウイ、マドンナ、ビョーク、レディオヘッドはじめ、国内外のアーティストに多数取材。日本ポピュラー音楽学会会員。
ブログ:MUSIC DIARY 24/7
連載:Music Sketch
Twitter:@natsumiitoh

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