話題に事欠かなかった、第65回グラミー賞授賞式®。

いったいどこまでが台本だったのだろう。今回の第65回グラミー賞授賞式®は、受賞者たちがスピーチで言葉につまるほど予想のつかない発表が続き、TVショウとしても最後までドキドキさせられた。

近年はロックよりもヒップホップやラテンミュージックの方がチャート上位を占めるとあって、オープニングは2022年のツアー興行収入第1位に輝いたプエルトリコ出身のバッド・バニーから。ラテン音楽でオープニングを飾ったといえば、第61回(2019年)でカミラ・カベロがリッキー・マーティンやレゲトン歌手のJ.バルヴィンも交えて華やかに演じたのを思い出すが、バッド・バニーはカジュアルな服装で現れ、多勢のダンサーとフロアを瞬時に揺らす。3年連続で司会に抜擢された南アフリカ出身のコメディアン、トレヴァー・ノアも舌好調で、会場の熱気を受け、トランプ元大統領やアメリカ上空を飛行していた中国の気球の話をネタにして笑いを誘う。

さて今回は、女性アーティストを中心に紹介していこうと思う。 

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プレゼンターには、同性のパートナーが子どもを連れて登場。

最初のサプライズはブランディ・カーライルのプレゼンターだった。今回は、演者を紹介するプレゼンターを担当するのは「アーティスト本人に因んだ人物」といい、登場したのは2012年にブランディと結婚した俳優キャサリン・シェパードとふたりの娘。もし、LGBTQに関して嫌悪的な発言をしていた日本の首相秘書官(当時)が観ていたら、チャンネルを変えただろうか。すでに受賞歴があり、キャリアも才能も認められているブランディは立ち振る舞いからして自信にあふれ、なかでも歌声の存在感から性別を意識させることなく、いちアーティストとしての表現を披露する。本来は、それが正しいのだろう。k.d.ラングがもし30年遅く生まれていたら、もっと評価は違っていたに違いない。

男性優位な最優秀ロック・パフォーマンス部門での受賞となったブランディ・カーライルの受賞シーン。

リゾのパフォーマンスを紹介したのは、ジャイラ・サリヴァンだ。リゾのコンサートでパフォーマンスをするビッグガール(ダンサー)を発掘するオーディション番組『リゾのビッグスター発掘』でスター性を認められたジャイラは、「リゾは自分の人生を大きく変えてくれた」と感謝する。

自分の身を晒してまで、批判と戦い続けるマドンナ

ひときわオーラを放ったのは、LGBTQを長きにわたって支援してきたマドンナである。カメラに向かって「衝撃的、スキャンダラス、厄介者、問題児、挑発的、もしくは危険人物と呼ばれたら、あなたは何かを持っているのよ。(中略)。新しい道を切り開いて、非難に耐えた人たち」と、たとえ問題児であっても必ず見て評価している人たちがいるとスピーチ。そして、最優秀ポップ・デュオ/グループ・パフォーマンス賞を受賞したサム・スミス(性別を限定しないノンバイナリーとしてカミングアウト)とキム・ペトラス(トランスジェンダー女性として今回初受賞)を「雑音や疑いの声や、くだらない批判を乗り越えて『Unholy』という美しい曲に昇華させた」と紹介した。

SNS上ではなく、久しぶりにリアルに見たマドンナは、髪型のせいなのか、メイクのせいなのか、年齢のせいもあるのか、やや別人に見えたものの、それは挑発的といったとメッセージを自ら実践して見せたとしても不思議ではない。右手に乗馬用の鞭を持ち、その衣裳はConfessions Tourを想起させたし、彼女は当然、わかってやっているのだ。そのマドンナを嘲笑うかのようなコメントをとても多く目にしたが、エイジズム(年齢差別)やミゾジニー(女性嫌悪)に対するメッセージの視点から取り上げているメディアを見つけて、私は安堵した。彼女は自分の身を晒して、そういった批判と戦っているのである。

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教育学の博士でもある、ジル・バイデン夫人も登場。 

今回は本当にバランスよく賞が配分されているように感じた。しかし、ちょっとした繋がりを思わせてしまう部分も見え隠れした。後半に向かうにつれて、前半にあった伏線から、最優秀ポップ・パフォーマンス・ソロのプレゼンターにドウェイン・ジョンソンが登場した時はアデルが受賞すると予想できたし、年間最優秀楽曲賞をジル・バイデン夫人が手渡すのなら、世代的に「もしかしてボニー・レイット?」と思ったら、やはりそうだった。「ノミネートの中でたったひとりで曲を作ったのが彼女だから」という説もあるが、だとしたら、最初からソングライティングをひとり、もしくは作詞・作曲・編曲の3人ほどに絞って選ぶべきだろう。ちなみに、教育学の博士でもあるバイデン夫人は、夫の首相就任式での詩の朗読にアマンダ・ゴーマンを抜擢したほど識見のある人物である。 

年間最優秀レコード賞をリゾに渡したのはクリス・マーティン。リゾの最新アルバム『ナチュラル』の最後には、「Coldplay」という曲を収録している(バンド名を使用することを許可してもらった経緯などはここでは省略)。とはいっても、コールドプレイとしてもクリスとしてもコラボがとても多いので、ここも一概には縁のある人物がトロフィーを渡したとは言い切れないだろうが。

全く予想できなかった主要4部門。最後はファンが結果発表。

主要部門は多岐にわたるジャンルから素晴らしい作品がノミネートされているため、どの作品が、誰が受賞してもおかしくない展開で、全く予想できなかった。ここにノミネートされただけでもすごい栄誉なのだ。第59回(2017年)で主要部門3部門をビヨンセではなくアデルが受賞したことから、今回もふたりの一騎打ちだと注目する人もいたとは思うが、自分はアデルも大好きだけれど、新作は音楽的にこれまでの路線から飛躍を遂げたようなチャレンジな作品ではなかっただけに、そこまで票は伸びないと思っていた。ノミネートされたのは大好きでリスペクトするアーティストばかりだったが、アルバムとしても、BGMとしても最も頻繁に聴いたのは、気持ちが上がることもあって、リゾとハリー・スタイルズだ。

今回はビヨンセの受賞を予想、もしくは希望する声が特に多くように感じた。自分もそうだ。テイラー・スウィフトやアデル、リゾをはじめ、ビヨンセをリスペクトするアーティストが多いこともあるが、なにしろアルバム『ルネッサンス』は、ゲイであったビヨンセの亡き叔父に捧げた曲や、クィアコミュニティへの讃歌など含まれていて、まさに今回のグラミー賞®の核となるようなアルバムだったからだ。したがって、候補者のほとんどは自分が受賞するとは思っていなかったようで、ボニー・レイットにしろ、リゾにしろ、名前を呼ばれた時の表情だったり、動揺して放送禁止用語を叫んでしまったりなど、その様子は反応から読み取れた。

しかし、リゾとサマラ・ジョイ……とブラック系の受賞が続いたところで、「ビヨンセは主要部門を受賞しないのでは?」と感じてきた。そもそも、モータウン特集に続き、ヒップホップ50周年特集も組み、最後にジェイ・Zのパフォーマンスが待っているとして、ここでビヨンセが主要部門を受賞したら、ブラック系尽くしになってしまう。それゆえ「また避けられるかも」と察したのだ。書き忘れたが、今回は新たな趣向として、音楽ファンが集まり(ここで選ばれた人たちも多様である)受賞者を予想するという試みがあった。そして最後の年間最優秀アルバムの受賞者の発表時に、その面々がステージに上げられ、最後にはハリー・スタイルズを推した一般人も巻き込んだドラマチックな発表となった。 

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新設した賞も多く、日本人の受賞も珍しくなくなってきた。

パフォーマンスはどれもインパクトのある素晴らしいもので、特にヒップホップ生誕50周年のパフォーマンスには懐かしいメンツが次々と出てきて楽しめた(ふたりになったRUN D.M.C.が自らのデザインカラーでビースティ・ボーイズのTシャツを着用!)。スティーヴ・レイシーのパフォーマンスにはサンダーキャットが登場、追悼のコーナーでは高橋幸宏氏が紹介されたのもうれしかった。また今回も新設された賞が複数あり、ブラック・ミュージックに貢献し、世界中にポジティブなインパクトを残したアーティストに贈られるドクター・ドレー グローバル・インパクト賞(初回はドレーが受賞)、特別功労賞としてのソーシャル・チェンジ賞(後述)などに加え、最優秀グローバル音楽アルバム部門では宅見将典さんが受賞。日本人では最優秀コンテンポラリー音楽楽器アルバム部門で小川慶太さんの受賞もあり、世界的に注目されている音楽賞にふさわしい広く目配りされた内容になっていると思った。

【スモーキー・ロビンソン、スティーヴィー・ワンダー】GettyImages-1463269745.jpg
モータウン特集ではスモーキー・ロビンソン(82)とスティーヴィー・ワンダー(72)が共演。 photography:Getty Images
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(写真中央の赤茶革ジャン)LL・クール・Jを中心に懐かしい顔触れも多々登場。 photography:Getty Images
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優秀グローバル音楽アルバム部門で宅見将典さんは、西城秀樹さんが叔父にあたるそう。 photography:Getty Images

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思わずあふれ出る言葉が胸を打つ、キム・ペトラスやリゾのスピーチ。

スピーチでいえば、2年前に亡くなった友人の話やマドンナへのリスペクト、女の子として育ててくれた母親への感謝も語ったキム・ペトラス、また、プリンスへの感謝から始まり、授業をサボってビヨンセのコンサートに行ったことで人生が変わったという話をしたリゾの感情豊かな話が胸を打った。そして、毎回のことだけれど、最優秀新人賞のスピーチも泣けてしまう。サマラ・ジョイもまさかもらえると思っていなかった様子で、歌声とは別の初々しさがとても沁みた。 

そして、宗教というものを意識せずにはいられずにはいられなかった。サム・スミスとキム・ペトラスのパフォーマンスにはキリストを揶揄するようなものがあり、リゾやメアリー・J・ブライジの歌には自然とゴスペルがアレンジされ、授賞式の最後を飾ったDJ キャレドやジェイ・Zたちは、最後の晩餐を想起させるセッティングで登場したからだ。ソーシャル・チェンジ賞を受賞したイラクのシンガー・ソングライター、シャーヴィン・ハジプールは、ヒジャブで身を覆わなかったイスラム教徒の女性がイラン政府に拷問死させられたことに対し、抗議したアンセムで評価された。

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悪魔を思わせるようなサム・スミスの周囲でキリストを想起させる男性たちが踊る。photography:Getty Images
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「宗教に自分は必要とされていないようだ」と発言しているキム・ペトラス。 photography:Getty Images

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渋滞で遅刻したこともあり、映像に映る機会も少なかったビヨンセ

それにしてもビヨンセはどうなのだろう。最優秀R&Bソングの受賞者として発表された時には渋滞に巻き込まれていて会場に間に合わず、その時はナイル・ロジャースが代理で受賞、そしてグラミー賞®の累計受賞記録が32と史上1番になったのは最優秀ダンス/エレクトロニック・アルバムでの受賞である。本当は主要部門も受賞して更新したかったはずだし、そこでのスピーチは用意していたはずだ。

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黒人女性が最優秀ダンス/エレクトロニック・アルバムを受賞したのは、ドナ・サマー、ジャネット・ジャクソン、リアーナに続くもの。 photography:Getty Images

サム・スミスとキム・ペトラスのプレゼンターとして登場することで爪痕を残したマドンナと、画面に映る時間が少なく、授賞式での影が薄くなってしまったビヨンセ。これまで取材した印象からいえば、ウィットに富んだ問題児のマドンナに比べると、ビヨンセは控えめで真面目な優等生タイプである。しかし、すでに社会に与えてきた影響力、貢献度は計り知れないし、リゾに限らず、ビヨンセによってこの世界に導かれたアーティストは今度ますます増えるだろう。深読みするならば、社会的影響力が強すぎるがために、グラミー賞®は女性/黒人というマイノリティの下位に置かれている彼女に栄冠を被せることを躊躇っているのだろうか。……と、あれこれ案じていたら、当のビヨンセは以下のようなインスタグラムをアップしていた。偉大な彼女はもはや達観の境地に達していたのだった。さすがである。

 

*To Be Continued

「第65回グラミー賞授賞式®」
※同時通訳版と字幕版それぞれWOWOWオンデマンドでアーカイブ配信中
https://wod.wowow.co.jp/program/186772
案内役:ジョン・カビラ、ホラン千秋
スペシャルゲスト:Travis Japan
スタジオゲスト:こがけん、IMALU、渡辺志保、Sora Aota/K2
レッドカーペットレポーター:Cahogold(カホゴールド)

Travis Japan meets The GRAMMY® ~グラミー賞®直前スペシャル~
※WOWOWオンデマンドでアーカイブ配信中
~グラミー賞®事後スペシャル~
3月5日(日)午後9:00[WOWOWプライム][WOWOWオンデマンド]
※WOWOWオンデマンドでアーカイブ配信あり

グラミー賞授賞式®の最新情報は特設サイトへ!
www.wowow.co.jp/music/grammy

 

音楽&映画ジャーナリスト/編集者
これまで『フィガロジャポン』やモード誌などで取材、対談、原稿執筆、書籍の編集を担当。CD解説原稿や、選曲・番組構成、イベントや音楽プロデュースなども。また、デヴィッド・ボウイ、マドンナ、ビョーク、レディオヘッドはじめ、国内外のアーティストに多数取材。日本ポピュラー音楽学会会員。
ブログ:MUSIC DIARY 24/7
連載:Music Sketch
Twitter:@natsumiitoh

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