彷徨う心地よさ、アーロ・パークス『マイ・ソフト・マシーン』

体温を越す暑さが続いている。気象庁の用語によれば、最高気温が35℃を越えた日を「猛暑日」を定義していて、8月2日には40℃を超えの日を「酷暑日」と呼ぶと発表するという。さすがに調子を崩しかけたこの1週間だが、7月5日の来日公演を体感した後も、アーロ・パークスの音楽を聴き続けている。

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アーロ・パークス。2000年、ロンドンの南西部に生まれる。ナイジェリアやチャド、フランスの血を引くという22歳。

英国でのデビューアルバムが、グラミー賞で2部門ノミネート。

彼女の名前を知ったのはBBC による、2020年の活躍が期待される「Sound of 2020」に選出された頃。しっかり聴くようになったのはレディオヘッドの名曲「Creep」のカヴァーを発表した同年6月だったと記憶している。きっかけは自分の大好きなバンドのカヴァー曲だったが、そこから彼女の声質を存分に活かした楽曲に次々と聴き入ってしまった。淡々と歌い上げているようでいて、静かに降り注ぐ霧雨の中で流れてくるような哀愁感と甘美さが混在した歌声。スポークン・ワーズ的なふんわりとメロディに乗る言葉との相性も良く、ひとり静かに佇む空間を包み込む。

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2021年に発表されたファースト・アルバム『Collapsed In Sunbeams』は、ブリット・アワードの最優秀新人賞をはじめ、海を渡ったグラミー賞で最優秀新人賞など2部門にノミネートされるほど評価され、数多くの賞を受賞。その後は、彼女のことを絶賛していたビリー・アイリッシュや、ハリー・スタイルズのツアーのオープニング・アクトを務めるなどして知名度をさらに広げた。ミシェル・オバマが彼女の名前を挙げたこともあるのか、ユニセフの史上最年少サポーターに選ばれ、イギリスのCALM(自殺防止を目的としたメンタルヘルス・チャリティー組織)のアンバサダーも務めるなど、社会支援の場でも活動を行なっている。

アーロ・パークスが最初に慣れ親しんだ言語はフランス語だったといい、8歳から短編小説を書きはじめたという。アン・カーソンの、詩と小説のハイブリッド形式で書き上げた『赤の伝説(Red Doc.)』の一節を、「奇異でまわりから疎外されていることを象徴するため」に曲「Room(Red Wing)」で引用したことからもわかるように、アーロも形式に捉われることなく、詩もスポークン・ワーズも好む。19歳の頃、最も影響を受けたミュージシャンとしてポーティスヘッド、詩人では真っ先にシルヴィア・プラスの名前を挙げている。そして、ジョニ・ミッチェルの名前も必ず挙げる。

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セクシュアリティや人種という観点より、感情的に自分自身を表現したい。

2021年1月のIndependent誌でのインタビューによれば、自分の赤裸々な気持ちを込めた歌を公にすることについて、次のように語っていた。

「自分の中の柔らかくて傷つきやすい部分をさらけ出すようなことは、明らかに怖いこと。 私はある状況に、苦しく、不満を抱え、傷ついていた。でも、自分の経験に人を助ける力があることに気づいた時、それが恐怖心を上回ったの。もし、あなたが何かを発表する時に、少しでも怖いと感じないのであれば、それは十分に骨に迫っていない、つまり核心をついていないのだと思う」

学校には、さまざまなセクシュアリティや性自認をもつ友人がいた。それゆえ、アーロ自身も周囲に理解されながらバイセクシュアルである自身と向き合い、好きな人と交際をしていたため、居心地が悪いと感じたことはなかったそうだ。 音楽に関してもジャンルの狭い枠に縛られていると感じたこともなく、それよりも彼女は常に、セクシュアリティや人種という観点よりも、感情的に自分自身を映し出すことに興味があったと語っている。

「私のような人間(有色人種の女性)がオルタナティヴ・ミュージックを作っているのをあまり見かけないから、境界線があるとか、私にはできないとか思ったことはない。だからこそ、何か新しいものを作らなくては、と思う。キング・クルールであろうと、ジ・インターネットのシドであろうと、ポーティスヘッドのベス・ギボンズであろうと、マッシヴ・アタックのグラント・マーシャルであろうと、彼らは何か脆くて繊細なものを作っている、ノスタルジックで心を揺さぶるものを作っている、という感覚が常にあったから」

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異邦人的感覚を携え、最新作では変化を求めてロサンゼルスへ。

セカンド・アルバム『My Soft Machine』は、新たな変化を求めてロンドンからロサンゼルスへと拠点を移して制作された。私はこのアルバムの方が前作よりも断然好き。感情があふれ出す瞬間をポップなメロディであったり、言葉の乗せ方であったり、丁寧な音遣いや陰影で、痛みや弱者の心に寄り添いやすくしていることもあるだろう。セルフ・ライナーノーツには、「自分の好きなダンスミュージックを振り返ってみた時に、どの曲にも一抹の悲しさが含まれていることに気がついた。ハッピーな曲を作る秘訣は正直そこにあるんじゃないかと」とある。確かにメランコリーと幸福感が共存した曲の美しさは、彼女の歌の特徴のひとつといえる。

ここで思い出したのが、フランスの詩人で医師でもあったヴィクトル・セガレンの文言、「存在が高揚するのは、〈差異〉によって、そして<多様なるもの>の中においてである」(『「エグゾティスム」に関する試論/羈旅』)だ。アーロは次のように説明する。

「このアルバム『My Soft Machine』はパーソナルな作品で、私のレンズ越しに、もしくは中身の肉体を通して経験した人生が描かれているの。20代半ばの不安や、自分のまわりにいる友人のドラッグ依存や、初めて恋に落ちたときのウズウズするような感覚や、 PTSDや深い悲しみや自己破壊や喜びを通り過ぎながら、驚きと繊細さをもって世界を転々と渡り歩いていくように」

身体性を意識しつつ彷徨い続けているアーロは、どこにいても異邦人的な感覚があるのではないだろうか。E.W.サイードが『オリエンタリズム』で、聖ヴィクトワールのフーゴーによる「全世界を異郷と思う者こそ、完璧な人間である」という言葉を引用していたことが、ふと頭をよぎる。アーロが完璧な人間であるかどうかは別として、このアルバムがとても人間らしさにあふれた、情感に満ちた作品になっているのは確かである。

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私はまだこの世界に存在していて、未だにもがいている最中なんだ。

アルバムタイトルは、ジョアンナ・ホッグ監督の映画『スーヴェニア―私たちが愛した時間―』に出てくるセリフ、「私たちは演じられる人生を見たいのではない。このソフト・マシーンの中で経験する人生を見たいんだ」から引用したと、説明する。

「最後の曲をセルフ・プロデュースの『Ghost』で終えたのは、アルバムの最後を何かモヤモヤが残る感じの終わりにしたかったから。自分がその中でもがいている最中なんだよ、と。癒しのプロセスには始まりと終わりがあると思われがちだけど、私は人を愛することと同じように、生きていく限りずっと続いていくものだと考えていて、アルバムを通して成長や変化していく様子が描かれている。私はまだこの世界に存在していて、未だにもがいている、そしてそうした感情や感覚に自らを晒すことを許しているということを、この曲は伝えている」

心象風景を表現するのに協働作業には多くの面々が加わった。アリエル・レヒトシェイド(ハイム、アデル他)とバディ・ロス(フランク・オーシャン他)は「Puppy」と「I’m Sorry」の2曲をプロデュース。バディ・ロスは単独でもアーロと共同で「Room (red wings)」を手掛け、ほかにドム・メイカー(マウント・キンビー)などが参加。前作から引き続き参加のポール・エプワースは、先行シングルとなった「Blades」や「Weightless」、「Purple Phase」を制作。「Devotion」や「Pegasus」、「Ghost」もポールと共作したが、最後の曲「Ghost」はアーロのセルフ・プロデュースで締めている。

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7月5日恵比寿ガーデンホールにて。常にメッセージを観客に投げかけ、トークの場面では笑顔が頻繁に見られた。Photo: Kazumichi Kokei

昨年のフジロック・フェスティバルに続く来日公演では、レディオヘッドやポーティスヘッドをはじめ、スマッシング・パンプキンズやコクトー・ツインズなど90年代ロックの影響も強いとあって、バンド編成による緩急をつけたエモーショナルでダイナミズムに富んだ展開となった。今回は本人の体調により取材は前日のキャンセルとなったが、次回は読書家でもある彼女から、音楽の話はもちろん、言葉へのこだわりなども聞いてみたい。

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『My Soft Machine』解説/歌詞/対訳付、日本盤ボーナス・トラック収録(ビッグ・ナッシング/ウルトラ・ヴァイヴ、¥2,750)

 

*To Be Continued

音楽&映画ジャーナリスト/編集者
これまで『フィガロジャポン』やモード誌などで取材、対談、原稿執筆、書籍の編集を担当。CD解説原稿や、選曲・番組構成、イベントや音楽プロデュースなども。また、デヴィッド・ボウイ、マドンナ、ビョーク、レディオヘッドはじめ、国内外のアーティストに多数取材。日本ポピュラー音楽学会会員。
ブログ:MUSIC DIARY 24/7
連載:Music Sketch
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