音楽と人を限りなく愛する、サンダーキャットに取材。

今年のソニックマニア/サマーソニック2023に出演したサンダーキャット。超絶テクニックを誇るベース奏者にしてプロデューサー、シンガー・ソングライターとしても活躍し、最近ではTVドラマに俳優として出演するなど、活躍の場を広げている。来日時に行ったインタビューのうち、『フィガロジャポン』本誌10月号に掲載しきれなかった幾つかをこちらに紹介する(そのため掲載時期が遅くなりました)。

自分の中にジェンダーといった線を引かないことは大事。

Photo_Credit_So_Mitsuya.JPEGサンダー・キャット:1984年ロサンゼルス出身。本名スティーヴン・ブルーナー。ベース奏者、音楽プロデューサー、シンガーほか。フライング・ロータスやケンドリック・ラマー、マイケル・マクドナルドなど多数の共演を誇る。親日家でもある。Photo: So Mitsuya

最新曲。解説は本誌の記事に掲載。

――リオン・ウェアのバンドメンバーとして初来日したのが20年前だそうですね。いまではプライべートも含めてよく日本に来るそうですが、いちばん楽しみにしていることは?

新しいシーズンの洋服を見て回ること。あとはエヴァンゲリオンの専門店とか。とにかく日本の文化が魅力的なんだ。僕は子どもの頃からアニメとか、音楽だったら佐藤博とかYMOといった、日本の文化に触れていたからね。

敬愛する坂本龍一の「千のナイフ」をカバー。取材時には盟友オースティン・ペラルタが亡くなった後、坂本がバルセロナ・オリンピックの開会式のために作曲した「El Mar Mediterrani」の一部をオースティンのトリビュートに使用したいと坂本本人から直接許可を得たと話し、今回の来日ステージでもこの2曲をアレンジして演奏した。

――日本のファッションのどこが好きなの?

先ずそのスタイルにパッションを感じる。たとえば、男子がピンクを着るとアメリカではすぐにゲイ扱いされるけど、それってすごく馬鹿らしいことだよね。でも日本の服はいろいろな色のパレットで作られていて、しかも、その多くが男女兼用に作っているイメージがある。そのことに気づいてから、それも日本の魅力のひとつとなった。サイズにも遊び心が感じられるし、ジェンダーレスだから、いろいろな風に着られるからね。

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――そういった服を着るのは、自分が表現者であることを意識して、ですか?

そうだね、(表現者としては)絶対にジェンダーレスだから。僕は絵も描いているし、たぶん自分たちの中にマスキュリンな部分もフェミニンな部分も絶対にあると思う。女性の場合もね。アートって自分の感情表現だし、そういう意味では自分の中に在るものを自然に出すのがいちばんだと思っているし、そうでないといけない。だからこそ、自分の中にジェンダーといった線を引かないことは大事だと思っている。

――絵はどのような手法で描いているの?

以前は絵の方で身を立てたいと考えたこともあったくらいなんだよ(現在もロゴなどデザインしている)。いま描いているのはイラストレーションだけど、友人から「描け、描け!」ってけしかけられて描いている(笑)。デジタルはやったことはあるけど、水彩とかマーカーで描くことが多いよ。

キンタ・ブランソン(コメディアンやプロデューサーとして活躍)やカリ・ウチス(コロンビア人のシンガー・ソングライター)、3人姉妹のバンド、ハイムも出演。

――自分の中では、絵と音楽とでは接し方が違ってきます?

絵を描く時は、「人と話したくない、ひとりでいたい時」で、しかもとても気まぐれ。音楽は「みんなと一緒にやる」という感覚だね。なぜ音楽がメインになったのか自分でもわからないけど、仕事になったのは音楽が先だったからだろう。絵が先に仕事になっていたら、絵を主にやっていたかもね。

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常に心掛けているのは、自分が相手にgiveできるかどうか。

――音楽の話に移りますが、ジャンルレスにさまざまなミュージシャンと共演することが多いですよね。そこからとても楽しんでいることが伝わってきます。

まったく違う面を持った人たちとコラボするし、僕にアイデアをくれる人もいる。僕はどんな人でもOKだよ。すべて任せてもらえたらいいんだけど、僕は期待されるものがあったとしても、期待されたものとは違うほうへ持っていきたいと思うタイプなんだよね(笑)。しかもベースは自分にとってなんでもアリの世界(楽器)だから、演奏をどんな方向へも持っていけるしね。

――誘われても断ることはありますか?

もちろん。それは「何か違うな」と感じる時だね。自分らしさをキープできることが重要だから。あと常に心掛けているのは、自分が相手にgiveできるかどうか。相手が僕からtakeするんじゃなくてね。あと演奏に関して、言われたことをやろうとしたら自分は全部できるけど、でもそれが「自分にとって正しく感じられるかどうか」ということがいちばんのポイントなんだ。感覚として正しいと思えれば何でもやる。だけど「違う方向へ引っ張られるな」と思うこともあるので、それは受けないという感じだね。

ゴリラズをはじめ、共演するミュージシャンの幅はとてつもなく広い。

――ミュージシャンは感覚的、フィーリングでやっているように思えますが、一方で音楽は譜面に起こせるほど数学的ですし、特にベースはロジカルに思えます。

その通りだね。ただ、アーティストはプロセスとしていつもグレーゾーンにいる。(同じくソニックマニアに出演した)ジェイムス・ブレイクとまさに一昨日この話をしていた。グレーゾーンとかメンタルヘルスの話なども彼としていたんだけど、そういうよくわからないことがいろいろあるなかで、へんなところに持っていかれてしまう人も多いよね。それも含めて、“アーティストあるある”なのかな、という話もした。

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――グレーゾーンというのは、アーティストでなくてもあると思います。そこからカルト的な宗教のようなものにハマってしまう人もいるでしょうし。

確かに誰にでもあるよね。ただアーティストの場合は、自分がそのグレーゾーンのなかで何を思っていたかどうかが、作品としてシルエットのように付き纏ってくる。楽曲を発表した後に、よく「なぜこの曲を出したの?」って聞かれるけども、それはその時に自分がそういう状況だったということで、作品になってしっかり残ってしまうのがアーティストの特徴なんじゃないかな。間違いなくみんなその迷いというのを持っていると思うけどね。

写真A.jpg8月18日深夜のソニックマニアと19日のサマーソニックの両日で熱演。©SUMMER SONIC All Copyrights Reserved.

――2020年のアルバム『It Is What It Is』のジャケットも、そのシルエットを感じさせるものですね。

そうだね。あの時は(ラッパーの)マック・ミラーが亡くなったこともあったし、自分はすごく脆い状態だった。

――そうですよね、本当に……。いまはどうですか?

野菜をたくさん食べて、水を飲んで、たくさん笑おうとしている。面白くなくても(笑)。

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楽しいことをやっている時の時間の進み方を大事に。

――セッションをしていてお互いの人生の深さを感じることが多いですか?

もちろん。誠実に音楽に向かい合っているとね。モーゼス・サムニーの「Lonely World」というすごく好きな曲があって、いつ聴いても感動する。しかも10年ごとに、その時代背景に合わせて新しいものが感じられる作品というのは素晴らしいと思うよ。映画でいったら『AKIRA』(1988年)もそうだよね。モーゼスの話は知っている相手でもあるから、何をそこで言いたかったのかをわかっているだけに、とても心に触れる。ただ質問に対して答えるなら、相手が本当に誠実、正直に自分を出してくれていれば、その深さを感じることをできることができる。そして、僕はそういう人たちとばかり演奏しているような気がする。

――サンダーキャットとしてはタイムレスな音楽を目指しているとのことですが、ワシントンDCにある国立アフリカ系アメリカ人歴史文化博物館にあなたのベースが飾られているという記事を見つけました。まさにタイムレスな展示になりますね。依頼があった時はどう感じました?

あそこにベースが置かれていると思うといまだにドキッとする。とても幸せだよ。大好きなベース!あれは思い出のあるベースで、フライング・ロータスとエリカ・バドゥと一緒にやった時のもので、あれでいっぱいレコーディングしたんだよな。

――あなたが演奏するベースは超絶テクなのに、曲調はシンプルで口ずさみやすいですよね。曲を作っている時から歌いやすさを意識しているのですか?

そうだね。時々かな。自分の声にフィットするようにしている。でもチャレンジするのが好きだから、音楽だけ先に作ってしまって、「これで歌はどうする!?」って自分に挑んでもらうような感じもある(笑)。

写真B.jpg6弦ベースをギターのように弾きこなし超絶プレイを披露するサンダーキャット。©SUMMER SONIC All Copyrights Reserved.

――音楽家としても人としても常に進化するために意識していることはありますか?

大変なことは大変で、どうやっても大変だし、時間がかかることもあるけれど、時間の概念は相対的なものだよね。だから、楽しいことをやっている時の時間の進み方を大事にしたいと思ってやっている。「その時にしかできないことをやるんだ」って思いながら。

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「みんな、権力が欲しくておかしくなっていくんだよね」

――人種という肌の色から作られた問題が多いなかで、あなたは本当にいろんな人とコラボしていますが、それは育った環境による影響が強いのでしょうか?

母親が通う教会で育てられたといってもいいし、音楽で若い頃から世界を旅していろいろ見てきたことは大きいね。僕自身クレイジーな人間だけど、人が根本的に好きというのがあるんじゃないかな。あと黒人のみならず、人それぞれに感じる差別があると思うけど、そこまで複雑である必要はないのに、そうなっていることが常にある。いまいろんなものが可視化されているから余計複雑になっていると思う。こんなに面倒くさくないといいのにな、と常に持っている。みんな、権力が欲しくておかしくなっていくんだよね。

――そうですよね。あえて差別したがっているというか。では最後に、ジャネール・モネイをはじめとして、日本人女性は黒人女性の姿勢に励まされることも多いので、あなたから見て「凄いな!」と刺激を受けることのある黒人女性のミュージシャンを教えて下さい。

Yeah!!!ジャネールは最高だし、エスペランサ・スポルディング(ベース奏者、シンガーをはじめ、マルチな音楽家)は唯一無二だよね。いま思いつくのはティエラ・ワック(ラッパー、シンガー・ソングライター)、ジョージア・アン・マルドロウ(筆者注:現代のニーナ・シモンと称され、シンガー、トラックメイカー等で活躍、エリカ・バドゥが好きな人にもオススメ)、JD&ドミ(第65回グラミー賞に最優秀新人賞など2部門にノミネートされ、日本でも人気)、マディソン・マクファーリン(父がボビー・マクファーリンというシンガー・ソングライター)あたりかな。

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「No More Lies」Brainfeeder 7インチ 輸入盤¥4,070

*To Be Continued

音楽&映画ジャーナリスト/編集者
これまで『フィガロジャポン』やモード誌などで取材、対談、原稿執筆、書籍の編集を担当。CD解説原稿や、選曲・番組構成、イベントや音楽プロデュースなども。また、デヴィッド・ボウイ、マドンナ、ビョーク、レディオヘッドはじめ、国内外のアーティストに多数取材。日本ポピュラー音楽学会会員。
ブログ:MUSIC DIARY 24/7
連載:Music Sketch
Twitter:@natsumiitoh

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