初来日公演のマーガレット・グラスピーにインタビュー。

ニューヨークを拠点に活躍するシンガーソングライター、マーガレット・グラスピー。ジョニ・ミッチェルやアラニス・モリセットの大ファンを公言する彼女は、アートや文学、ファッションにも造詣が深く、シルヴィア・プラスやヴィヴィアン・ウエストウッドも尊敬し、影響を受けてきたと話す。そしてグラスピーのアルバムはというと、『エコー・ザ・ダイアモンド』(2023年)をはじめ、どれも現代最高峰のジャズギタリストとして知られる夫のジュリアン・ラージがプロデュースしたものだ。注目の高まっているグラスピーが、この6月にブルーノート東京での公演のために来日したので、インタビューした。

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マーガレット・グラスピー。カリフォルニアのサクラメント出身。18歳から3年間ボストンで暮らし、それ以降は幼少期から憧れていたニューヨークで生活している。写真はブルーノート東京、6月18日の2ndステージ。photography: Makoto Ebi

時々、私の職業は最適な道を「誰か」に示すことなのだと思ってしまう。

――取材前夜(6月18日)は2ndステージを観たのですが、フォークとグランジなサウンドが混在したような演奏を聴いていたら、まるで90年代のNYのグリニッチ・ヴィレッヂにあるクラブにいる気分になりました。

うれしいわ。私はギターの音にこだわっているので、いいサウンドが出せて良かった。

マーガレット・グラスピーと、クリス・モリッシー(Ba)、デイヴ・キング(Dr)。

――昨夜は、特に「Memories」での後半のギターソロが素晴らしくて、聴き入ってしまいました。ぜひともライヴヴァージョンを出してほしいくらいです。

ありがとう。あれは自分がすごく悲しい時に生まれた曲で、演奏もエモーショナルになるわ。私はもう悲しみに浸りたくないし、大丈夫になれそうなんだけど、でもまだ悲しい。でも一方で私にはパワフルな歌にもなっていて、自分にとても誠実で大切な歌なの。実はこのアルバムそのもののライヴ盤を出したいと思っているの。

――ぜひお願いします。あなたは女優になりたかった時もあったそうですね。女優もシンガーソングライターも同じようにステージに立ちますが、そこにはどのような違いがあると思いますか? 

いい質問ね。演技は興味深いわ、なぜなら俳優は「誰か」を演じるから。ソングライターは歌と一緒にストーリーを創り、いつも「自分」を演じている。特に私は友人や他の人の状況を歌にしていることが多いのに、ほとんどの観客は「私」のことを歌っていると思っている。

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ギターは1978年製のテレキャスターデラックスで、ハムバッカー2個のマイクで太めの音を出す。低音部でのチョーキング演奏には、子どもの頃からフィドルで鍛えた指先の強さが光る。photography: Makoto Ebi

――でも「誰か」のことを曲にしたつもりでも、結局「私」のことを歌っている場合もありますよね?

そうね。「私」について書くことは、「誰か」について書くことでもあるの。なぜならみんな同じ経験しているだろうから。でも着想は「誰か」の人生から来るもので、たとえば私の最初のアルバム『Emotions and Math』に入っている曲「Anthony」は、自己中心的なアーティストのことを歌っている。で、彼は酷い人だって書いているけど、一日の終わりになると、私がAnthonyかもしれないって思っちゃう(笑)。面白いことに、「誰か」のキャラクターを描いていたら、トリックのようにその中に「私」が入っている。結局、根底にあるのは人間の経験で、痛みも幸福も誰もが感じるもの。だから私は「誰か」の歌になるように書いているし、時々私の職業は良き手段を見つけ出す作家で、いちばんいい道を誰かに示すことなのだと思ってしまう。

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私にあるのは人間の脳であって、女性の脳ではない。

――「Female Brain」はセッションのような一瞬の感情を切り取った楽曲ですね。

わかる? スタジオでレコーディングしている時、「とりあえず一緒にやってみよう」ということで、初めて音合わせした時の演奏なの。本当に素晴らしいジャズミュージシャン、デイヴ・キング(Dr. ザ・バッド・プラス)と、クリス・モリッシー(Ba)と、私しかいないスタジオで、リハーサルをそのまま録音したの。

――この曲を書こうと思ったきっかけは?

本当にシンプルなきっかけで、女性として生きていく難しさについて歌っているの。

 

ノラ・ジョーンズと共演。

――カーラ・デルヴィーニュがBBCと一緒に制作した番組『PLANET SEX』の中で、脳科学者が「脳には女性脳と男性脳があるけれど、アンケートによれば半数以上の人の脳には女性脳と男性脳がある」と語っていました。

私は人間なので、私にあるのは人間の脳であって、女性の脳ではないの。でも「女性だから知性が足りない」、「女性だからこういう感情になるんでしょ」とか、「女の脳がそうさせているんでしょ」という世間的な見方をされる。私には「みんな人間の脳を持っていて、男も女もそれぞれの経験が同じクルーズ船に乗って進んでいる、人生を歩んでいる」という考えがある。特に自分がそう感じた時のアメリカの状況が、まさに男性が優位で、得する状況にあり、女性が下に見られているようなところがあったから。

――日本もまだまだ家父長制の影響が強いです。

でも、男性は男性で自分の感情を出せないとか、弱さを見せられないとか、そういう悩みも抱えていたという事情もある。なので、シンプルに白黒をつけられるものではないというのはわかっているわ。曲の最後の方で、「いま私はこういうクズみたいなことを引き受けますよ、でもこのゴージャスなFemale Brainを使って、最後にこの闘いに勝ってやる」と、その勝利への宣言をしていて、全体で皮肉も交えつつ、主張もある歌にしたわ。私は、女性はすごくクリエイティヴだと思っているのよ。 

――それに繊細で、センシュアルだし。

そうそう! 違った環境や文化に育ち、そのなかで自分のできることをやる。いかなる女性も人間もそれぞれの環境でもがいている。そこを生きていくのは個々の旅のようだわ。でも、しいたげられている状況をアートに変えるというのは、非常にクリエイティヴな探求であり、みんなでシェアするものだと思う。私は世界中の女性たちが、自分の置かれた環境の中で、女性性というものを使ってどのようなクリエイティヴなものを自分と同じように紡ぎ出しているのか、というストーリーに物凄く興味があるので、それを見てみたい。

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いいアイデアが浮かんだら、15分で曲を書き上げる。

――「My Eyes」のように、声質からもアラニス・モリセットを想起させる時がありますが、他に好きな女性ミュージシャンとして、ジョニ・ミッチェルをはじめ、ビョーク、P.J.ハーヴェイ、ミッシー・エリオットなど、個性の強いアーティストの名前を挙げていますよね。

女性としてそれぞれが大変な現状の中で走り続けて、常に素晴らしいものを作り上げている。尊敬するわ。アラニスはカナダ人だけど、アメリカの女性ミュージシャンたちの道を開いた。音楽的にも尖っているのにポップミュージックに仕立てていてキャッチーで、でも仕掛けがあって、歌詞は真実を語っている。その仕事ぶりは圧巻よね!

――私もデビュー時から大好きです。惹かれる女性アーティストの共通点は何ですか?

そうね、パワフルなメッセージとユニークな楽曲、歌詞、コードも興味深いし、ヴィジュアル面を含めて全てが強烈。全ての面において尊敬できる。たとえばミッシーはラッパーで、特にビートがユニークで、特筆すべきプロデューサーとしてみんなを踊らせて最高の気分にしてくれるし、ビョークはまるで違う惑星から来たみたいにとてつもなくユニーク(笑)。みんなファンタスティックなレベルで、言葉で言い表せないような、その特別な感じが好きなの。

――私もあなたが挙げたミュージシャン全員とも好きなので、とてもよくわかります。歌詞に関して聞くと、ツアーバスから眺めているような風景を思わせる「Act Natural」だったり、同じように詩情溢れる「Irish Goodbye」の歌詞も好きです。歌詞はどのようにして書いていくのですか?

通常はいいアイデアが浮かんだら、座って15分で曲を書くようにしているの。

――なぜ15分?

何かを終えるのに十分な時間だから(笑)。座って3時間という時間を作るのは大変だけど、15分なら毎日時間を作れるでしょ。しかも集中するのに容易な時間だから、曲のアイデアが浮かんだらそうしている。というのも、このレコードは他のバンドとツアーしている時に書いた曲ばかりなの。大勢が乗っているツアーバスでは、長旅とあって疲労が溜まるし、精神的に安定するのが難しくて、だからそのバンドがステージで演奏している間にバスに戻って曲作りをしていた。私がひとりでいられる時間だったから15分でこの曲を書き、次の日も15分で書き続けていったの。 

―― 凄いですね!

ありがとう(笑)。「Irish Goodbye」はNYのシーンを思い浮かべて書いた曲。いいヤツなのに、彼を置いて、女性がみんなバーから去っていく話。アイリッシュ・グッバイというのは、「さようなら」と言わないで帰ること。アイルランド人はアイリッシュ・グッバイとは言わないけど、アメリカ人は言うのよ。私も時々やるわ。

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写真家のように、どの曲もスナップショットのように収めている。

――(笑)。好きな詩人も教えてください。

ウォルト・ホイットマンの詩は言葉にならないくらい好きで、シルヴィア・プラスも素晴らしいわ。作家ではデイヴィッド・ミッチェルやニール・ゲイマンも好き。私はサイエンスフィクションとまではいかないけど、シュールな小説が好きで、現実を描いているんだけど、ちょっと捻れたような現実を扱っている作品が好きなの。

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ブルーノート東京でもスコット・コルバーグ(Ba)、リー・ファルコ(Dr)とともにトリオでの演奏を繰り広げた。photography: Makoto Ebi

――その影響は歌詞にも反映されているように思えます。

(笑)。私は全てに興味があるの。ファッションではアレキサンダー・マックイーンのことは本当に尊敬しているし。今しているペンダントはヴィヴィアン・ウエストウッドのもので、彼女が死んだ時は泣いたわ。彼女がデザインした服はもちろん、思考や知性といったものも素晴らしく、たくさんのインスピレーションをくれたし、彼女自身が才気あふれる女性として世間と闘い続けた、まさにFemale Brainの持ち主なの。彼女は畏れ多いし、強いし、私はとても尊敬している。

――音楽シーンとも強く結びついていますしね。

全くそうよね。彼女はパンクをファッションの形に入れ込んだりしてね。

――アルバム『Echo The Diamond』にはテーマはあるのですか?

重要なのは、ギターの音楽であるということ。あと、普段はレコーディングに入る前にスタジオでリハーサルをして、そこからピアノを加えたり、歌を重ねたりして、何層にもして曲を組み立てていく。でもこのレコードは写真家のように、どの曲もスナップショットのように収めているの。歌詞は世界を見ていて、写真のような仕上がりになるよう意識したわ。

――だから、リハーサルのテイクがあるのですね。最近発表したEP『The Sun Doesn't Think』は、あなたにとってどのような作品ですか?

これは私にとても特別なEP。これは誰にも言わないで私ひとりでスタジオへ行って、ひとりで演奏して2日で終わらせ、自分でOKと決めたから。あと、これまでアコースティックギターをレコーディングで弾いたことはなかったの。そこも特別ね。アコギは家ではいつも弾いているけれど、ステージではないの。だから、このレコーディングはホームヴァージョンみたいなものなのよ。

――昨夜のパフォーマンスは本当に素晴らしかったです。お話も楽しかったです。ありがとうございました。

夫ジュリアン・ラージとの共演。彼女が19歳の時に出会ったという。

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ジュリアンとマーガレットの共同プロデュース作品。マーガレット・グラスピー『エコー・ザ・ダイアモンド』(ビッグ・ナッシング/ウルトラ・ヴァイヴ)¥2,970

 

*To Be Continued

音楽&映画ジャーナリスト/編集者
これまで『フィガロジャポン』やモード誌などで取材、対談、原稿執筆、書籍の編集を担当。CD解説原稿や、選曲・番組構成、イベントや音楽プロデュースなども。また、デヴィッド・ボウイ、マドンナ、ビョーク、レディオヘッドはじめ、国内外のアーティストに多数取材。日本ポピュラー音楽学会会員。
ブログ:MUSIC DIARY 24/7
連載:Music Sketch
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