難病と闘うセリーヌ・ディオンの姿を描いたドキュメンタリー映画。
Music Sketch 2024.07.02
セリーヌ・ディオンのドキュメンタリー映画『アイ・アム セリーヌ・ディオン ~病との闘いの中で~(I Am: Celine Dion)』 (2024年)は、100万人にひとりほどがかかるという難病スティッフパーソン症候群(SPS)にかかったセリーヌが、再びステージに立つことを目標に、リハビリに励む姿を追っている。SPSとは中枢神経系の病気で、筋肉が痙攣し、最終的には全身の筋肉が動かなくなるといわれるものだ。
2022年、難病「スティッフパーソン症候群」であることを公表。
セリーヌの映画というと、ヴァレリー・ルメルシエ監督による『ヴォイス・オブ・ラブ(原題:ALINE the voice of love)』(日本公開2021年)を思い出す人もいるだろう。「この映画はセリーヌ・ディオンの人生を基にしたフィクションである」とテロップがあったように、登場人物の名前は違うし、劇中で歌っているシンガーの役名もセリーヌではない。しかし実際は、セリーヌの大ファンでもあるルメルシエ監督が彼女へのオマージュとして製作していて、レコード会社と当人から楽曲使用の承諾を得て、内容に関しては黙認ということになっているらしい。

この『ヴォイス・オブ・ラブ』が日本で公開された21年末には、セリーヌのライフワークであるラスヴェガスのシーザーズ・パレス・コロセウムでのショーが11月5日から再開していたはずだった。しかし残念なことに延期となり、その後も開催されていない。この時にはすでに難病にかかっており、22年秋にSPSと診断されると、彼女は病名を12月に公表した。このドキュメンタリーは2021年にラスベガスでの公演を中止にした、その1年前からの様子を追っていて、しかも本人は作中で17年も前から声に異常があった、と明かしている。
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息子たちと過ごす豪邸や、衣装を収納した美術館のような倉庫も公開。
しかし、カメラは闘病生活ばかりを追っているわけではない。普段の明るいセリーヌの人柄そのままに、サービス精神からか、息子たちと過ごす彼女の豪邸の一部や、自ら「美術館のよう」と話す、衣裳や子供たちの思い出のものなど宝物を収納した倉庫も見せてくれる。ステージ衣裳では、汗をかきにくいように、動きやすいように、着替えやすいように、品のある衣裳に見せるように......と、それぞれ工夫された箇所を手に取って紹介するほどだ。
ただ、好きな靴を履くために「23.5〜28センチまでの靴なら履ける」と話していた点には不安を覚えた。さすがにステージ用の靴は、トップスターになった頃には全てオーダーメイドだったと思われるが、足の指を曲げてまで小さいヒールを履いていたという話はいただけない。「ファッションは忍耐からはじまる」と、その昔、誰か有名な女優が話していたことがあったが、足は身体全体を支える部位である。筆者も足のサイズを計り直したことで膝の痛みが改善されたことがあったので、セリーヌが小さいサイズの靴を無理して履いたことが、その後に何らかの悪影響があったのでは?とつい考えてしまった。

セリーヌは完璧主義者であり、周囲への気遣いが象徴するように細やかで神経質でもあり、それがあの細い体型にそのまま表れていると思わずにはいられない。彼女がラスベガスに引っ越したのは、2003年にコロセウムでのショーがスタートしたからだが、病気だった夫の健康を考慮し、息子といる時間を確保するためでもあった。公私ともに手を抜くことを嫌い、何事にも尽力する性格で、「声が私の人生を導いてきた」と話すように、そしてセリーヌには歌うことが全てであった。
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「ステージに立ってファンの前で歌いたい」という思いが、彼女を奮い立たせる。
2007年に現地にショーを観に行った時に、セリーヌに日々どのような生活を送っているのかを聞いたことがある。そのなかで声のウォームアップについては、「毎日必ず行い、とはいえ、声を発しているのは朝起きて少しの時間と、ショウの前のウォームアップ、パフォーマンスの時、それと寝る時間だけ。毎日パフォーマンスを行なうこと自体はそこまで大変ではないけれど、一番大変なのはコンディションを常に保つこと。5年間ずっとこの調子だったので、何か呼吸を我慢するような感じだったわ」と話していた。そこまで慎重に扱うほど繊細な声や喉ゆえ、身体の調子は如実に歌声に響くのだろう。そのこだわりは、レコーディング風景からも察することができる。

ドキュメンタリーを観ていくと、こんな様子まで公開してしまうの?と驚かされる場面もある。スターゆえの承認欲求もあるだろうし、ファンに自らの病状を知らせ、また同じ病に罹っている人を勇気づけたいという思いもあるだろう。しかし、本当に深刻な病状であることがわかり、心配でたまらなくなる。彼女を奮い立たせているのは、人生の全てを投入した歌で、ファンを前にステージに立ちたいという熱い思いからで、だからこそ、隠すことなく自分をここにさらけ出せるのだ。ストレートに響く、彼女のパワフルな歌声とは違い、ドキュメンタリーの中の彼女の強さは、観え終えた時にじんわりと沁みてくる。
今年開催された第66回グラミー賞にサプライズ登場したセリーヌには、現在、パリオリンピックの開会式でステージに復帰するという噂が立っている。個人的には無理をせず、完治してからカムバックすることを願っている。
Prime Videoで6月25日(火)より独占配信開始
www.amazon.co.jp/dp/B0CZ8PNNTJ
Courtesy of Amazon MGM Studios
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*To Be Continured

音楽&映画ジャーナリスト/編集者
これまで『フィガロジャポン』やモード誌などで取材、対談、原稿執筆、書籍の編集を担当。CD解説原稿や、選曲・番組構成、イベントや音楽プロデュースなども。また、デヴィッド・ボウイ、マドンナ、ビョーク、レディオヘッドはじめ、国内外のアーティストに多数取材。日本ポピュラー音楽学会会員。
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