ハイエイタス・カイヨーテのネイ・パームに新作の話を聞く。【前編】
Music Sketch 2024.07.11
世界各国のカルチャーが混在しているオーストラリア南東部の都市メルボルンから登場した、唯一無二の音楽世界を創造し続けるハイエイタス・カイヨーテ。グラミー賞に3度のノミネート、日本でも2019年、22年とフジロックフェスティバルに登場したことで知名度が増し、ジャズやヒップホップを超越した先にあるフューチュアソウルと呼ばれる、魔力的な音楽に魅せられているファンはますます増えている。最新アルバム『Love Heart Cheat Code』について、ネイ・パーム(Vo,G)にインタビューした。
クリエイティヴなプロジェクトは自分の限界を押し広げてくれる。
――今回のアルバム『Love Heart Cheat Code』は、まさにハイエイタス・カイヨーテが目指してきた宇宙が描かれているように感じます。このような素晴らしいアルバムが生まれた背景には何があったのでしょう?
私たちバンドメンバーは10年間以上、ともに活動してきたから、お互いのケミストリーも自然に培われてきた。だから、いままでよりもさらに調和された結果が生まれたのだと思う。このアルバムはハープやフルートなど生楽器のアレンジを加える必要があったし、以前よりも大変な作業だったように感じる。でも、私たちの音楽制作の技が上達したから、リスナーにとってはより馴染みやすいものになったのかもしれないわね。目指したいサウンドが明確になってきているというのもあると思う。若い頃は、がむしゃらにいろいろなサウンドを探求しがちだけれども、いまは何を表現したいのかが明確になって、自分たちのサウンドをより洗練できるようになったのかもしれない。
――前のアルバムはコロナ禍で制作されたものでしたが、今回はどういう状況だったのでしょうか。
前作の大半はコロナ中に制作されたもので、海外ツアーを行わなかったおかげで自由な時間がものすごく増えて、実際の状況としては、(パンデミックという)ストレスフルな環境だったけれど、レコーディングの過程は気楽にやることができた。今回のアルバムはというと、コロナ前の状態、つまり制作活動に充てる時間をライヴやツアーの合間に見つけないといけなかったから、ストレスを感じていたわ(笑)。
――以前の状態に戻ったわけですよね。
そう。でも私が思うに、「こっちの方がストレスで、こっちはあんまりストレスじゃなかった」っていう考え方は存在しなくて、クリエイティヴなプロジェクトをやっていたら、それは常に自分の限界を押し広げてくれるものだと思っている。宮崎駿もそうだと思うわ。彼の最新作――彼はいままでに何本も作品を作ってきて、彼には素晴らしい技術と才能があるに違いないけれど――は、彼にとっても、作品内において、簡単でやりやすかったところがあり、いっぽうで難しくて、大変だったところがあったと思う。今回のアルバムに関しては、早く完成させなくちゃいけないという時間の制約があったから、私個人としては、ストレス的には大きかった。
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アルバムのテーマを選ぶとしたら「聖域(Sanctuary)」。
――(乳がんの治療後の)健康面ではどうだったのでしょうか
もちろん健康面での問題は、人生に関わる問題だったけれど、(時間の制約と比べて)白黒はっきりとした問題じゃなかった。あと、私がここ5年間、乳がんが再発していないからといって、魔法のようにすべてが薔薇色になったというわけじゃないの。乳がんを経験したら、その経験は自分の一部として永遠に残る。私の人生はずっとそういう感じだった。私は孤児だったのね。だから、今回の事(乳がん)があって、それを乗り越えたから、今は人生が順風満帆というわけではないのよ。ただ、人として進化して行くだけ。唯一の癒しは、この地球上で過ごす時間だけ。とにかく伝えておきたいことは、今回のアルバム制作は簡単ではなかったし、ストレスがなかったというわけではなかったということ。それは個人の主観の問題だから。
――そういった病気を患った辛さは私もわかります。アルバムの話に戻すと、今回、愛だったり、繋がりだったり、なんらかのテーマがあるとしたら、それは何になりますか?
テーマを設けると自分自身に制限をかけてしまうと思う。それぞれの曲に、それぞれのテーマがあり、曲の内容によってカラーやテクスチャーを変えていく。たとえば「Telescope」という曲の各ヴァースは、ハッブル宇宙望遠鏡が見えているものについて歌っている。NASAのウェブサイトに自分の誕生日を入力すると、その日にハッブル宇宙望遠鏡が撮影した写真が表示されるというものがあるの。だから各ヴァースは、各バンドメンバーの誕生日にハッブル宇宙望遠鏡が見たものについて歌っているのよ。私たちはNASAのサウンドライブラリーから使うことのできる宇宙の音を曲に入れたり、ハープを使って惑星が衝突しているようなサウンドを加えたりしたの。遊び心でいっぱいの曲よ。
――聴くたびに発見があります。
でもこれはほんの一例にしかすぎないの。アルバム全体のテーマが宇宙というわけではないの。いままで作ってきたアルバムすべてにおいて共通する意図があるんだけど、それはリスナーが自分自身についての理解を深めることができるような作品や、何かを感じることができるような作品を作りたいということ。それが悲しみでも、喜びでも......。私の人生における目的は、美しさ――私が美しいと感じるもの――を人々と共有すること。でもどう感じてもらいたいかは、人それぞれであってほしい。
――それが音楽の良さでもありますからね。
たとえば、ルイ・アームストロングの「It's a wonderful world」の歌詞には「And I think to myself, what a wonderful world(そして私は思うんだ 「何て素敵な世界だろう」ってね)」という部分があるけれど、それはとても喜びにあふれていて美しいものとして捉えられる一方で、戦争の映像と合わせて流したら、全く別の意味合いが生まれる。だから全ては文脈次第であり、その文脈というのは、リスナーのその時の状況によって変わってくる。でもあえてテーマを選ぶとしたら「聖域(Sanctuary)」だと思う。このテーマは私の活動すべてにおいて大切なことで、このアルバムに限ったものではないわ。
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アルバムジャケットは、乳がん手術の傷痕をアートに変えるタトゥーから。
――マルチメディア・アーティストのラジニ・ペレラの作品をアルバムのアートワークとして使用し、そして、イラストレーターのクロエ・ビオッカとグレイ・ゴーストともコラボレートしたそうですが、彼らの作品のどこを気に入り、『Love Heart Cheat Code』のアートワークやデザインにふさわしいと考えたのですか?
ラジニはインスタグラムで見つけた人で、とても素晴らしい人よ。私が乳房切除術をした時に、私のタトゥーをデザインしてくれたの(筆者注:乳がん手術の傷痕をアートに変えるメディカルタトゥー)。私は、西洋文化が提唱している典型的な「美の形」や「普通でない形」という概念に反抗するという意味で、乳房の再建手術をしないという選択をした。このような西洋主流の概念は、私たちに対して一方的に押し付けられていると思うし、この世界はもっと色彩豊かで奇妙で多様だと、私は思っているから。とにかくラジニの作品は素晴らしいと思った。とてもシンプルだけど強さと深みがある。深みと優雅さがあるけれど、シンプルでもある、それに強く惹かれた。だから私は彼女に依頼したの。
――それが、『Love Heart Cheat Code』のアートワークに繋がったという?
アルバムのアートワークは、私のタトゥーの最後の部分になる予定だったんだけど、そのデザインをバンドメンバーに見せて「こういうのをアルバムに使うのはどうかな?」と提案したら、彼らはそのデザイン自体に感激して、これをそのまま使おう、ということになったの。これはハイエイタス・カイヨーテのアルバム全てに言えることなんだけど、アルバムのジャケットに、バンドの写真を載せるだけということはしたくないと思っているの。もちろん、そうすることで芸術性や人間らしさを見せることができるのも理解できるんだけど、そのイメージによってリスナーの体験を決定づけたくないという思いがある。私たちは、非現実的なイメージを提示するようにしているし、何通りの解釈もできるような、美しくて、強いイメージを使うようにしている。それが私たちのアートを一番上手く反映してくれると思うから。
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各曲にシンボルを与えて、独自の言語やグラフィックに。
――そういったストーリーを聞くと、アルバムジャケットからも生命力を感じます。クロエ・ビオッカとグレイ・ゴーストについても教えてください。
グレイ・ゴーストはアルバムキャンペーンの展開に関与してくれた人で、架空のスーパーマーケットのヴィジュアルなどを手がけてくれたの。それから「Get Sun」や「And We Go Gentle」、「Canopic Jar」のMVを監督したのも彼。すごくおもしろい人で、ヴィジュアル的に盛りだくさんで、楽しい映像を作るのがすっごく上手なの。だから彼にもヴィジュアル面で今回参加してもらった。クロエは、ペルーの作品がきっかけなんだけど、今回、アルバムのそれぞれの曲にシンボルを与えて、独自の言語というかグラフィックにしようと考えていたの。そこでラジニのアートワークを元に、クロエと協力して、曲のシンボルを洗練させていった。
――その過程もおもしろそうですね。
私はアーティストとして成長していくに連れて、作品を洗練させ、シンプルで奥深いものにしたいという思いが強くなっていると感じる。多くのアーティストがそういう成長の仕方をするんじゃないかな。自分の腕に磨きをかけていけば、見栄えだけの飾り物なんて必要なくなってくる。日本人は特にこの考えに対しても謙虚だけど、「シンプルさを極めるということは、努力が欠けているということではなく、実際にはとても難しいことなのだ」ということをちゃんと理解していると思うの。私たちも今回のアルバムで、そういう考えに少し傾倒したのだと思う。
過去のインタビューはコチラに
>>新世代の音楽シーンを牽引するハイエイタス・カイヨーテに直撃取材!(前編)(2016年9月9日公開)
>>新世代の音楽シーンを牽引するハイエイタス・カイヨーテに直撃取材!(後編)(2016年9月16日公開)
こちらはネイのソロアルバムの時のインタビュー
>>異能の歌手ネイ・パームを生んだ、波乱の人生。(2018年4月25日公開)
*後半はアルバム制作秘話や、ネイがヴァリナワ族と過ごした時の話など。
■東京公演
開催日:2024年10月30日(水)
会場:豊洲PIT
OPEN 18:00 START 19:00(全席スタンディング)
前売り:¥9,000(ドリンク代別)
問い合わせ:
SMASH
03-3444-6751
■大阪公演
開催日:2024年11月1日(金)
会場:大阪城音楽堂
OPEN 18:00 START 19:00(全席指定)
前売り:¥9,000(ドリンク代別)
問い合わせ先:SMASH WEST
06-6535-5569
公演詳細は下記まで
https://smash-jpn.com/live/?id=4203
*To Be Continued
音楽&映画ジャーナリスト/編集者
これまで『フィガロジャポン』やモード誌などで取材、対談、原稿執筆、書籍の編集を担当。CD解説原稿や、選曲・番組構成、イベントや音楽プロデュースなども。また、デヴィッド・ボウイ、マドンナ、ビョーク、レディオヘッドはじめ、国内外のアーティストに多数取材。日本ポピュラー音楽学会会員。
ブログ:MUSIC DIARY 24/7
連載:Music Sketch
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