自分を愛するために女性たちの背中を押す、優河の『Love Deluxe』
Music Sketch 2024.09.05
神秘性を帯びた透明感あふれる優河の天性の歌声は、未だ見ぬ遠い世界へ導いてくれるようであり、ピュアな心の深海へ浸らせてくれるようでもある。しかし4作目となる最新アルバム『Love Deluxe』は、これまでの音楽世界から2歩も3歩も踏み出したダンスミュージックに、強い言葉を乗せるようになった。ミュージカルに初挑戦したことで、「自分の身体も心も通ってきたそのままの声を出す」という本質を見つめ直し、自身の思いを言葉にして解放する、という意思を強くしたのではないだろうか。自分と対峙しながらルッキズムや出産問題の悩みを扱うなど、サウンドにも歌詞にも進化を見せる優河にインタビューした。
>>過去のインタビュー:優河のアルバム『魔法』の歌声に惹かれて
ダンスミュージックに乗せて、普段の自分を出そうと
――今回ダブ系を含め、多様なダンスミュージックが増えましたね。
ビートがあってわりと乗れるような曲「June」と「Sharon」(EP『めぐる』(2019)に収録)がライヴでも好評だったので、そこにフォーカスして発展させていきました。私は別に暗い人間でもないのに、"どうして音楽になったら畏まっているんだろう"と疑問に思うことが増えたし、バンドと一緒に演奏していくことによって音楽がさらに身体の中に馴染んでいったので、普段の私も出せるかもしれないと思ったんですよね。
――アルバムに向けて最初にシングルリリースされたのは「Sunset」でした。これは耳にも身体にもなじみやすいナンバーですが、"ただ夢心地なんて、思い捨て去って、踏み込んで"という歌詞は、これまでと違い、感情や意思が強く出ていて新鮮でした。
そうですね(笑)。今回明らかに違うのは、いつも手書きで歌詞を書いていたけれど、今回はパソコンで打っていったんです。パソコンだと、普段と違う言葉が出てくるんですよね。
――そうなんですか? とはいえ、この歌詞のフレーズは今までの優河さんからは考えられなかったので......。
昔の私に言っている感じです。昔の自分って、好きな人とデートに行った時に、傍(はた)から見たら絶対いい感じなのに、私のことを好きなわけがないと思って、その場を100パーセント楽しめなかったんです。いま思い返すと、自分はそこに飛び込めなかった、素直になれなかったという後悔があって。いまだったらきっと楽しめる気がするみたいな気持ちで歌っています。
――夢心地というところに満足しないで、現実にステップインして、という感じ?
そうですね。
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ルッキズムに苦しむ自分を赦し、愛せるように
――アルバムタイトルにもなっている曲「Love Deluxe」でも、"全て許していきたい、愛していきたい"と、願望というか意思を歌っていますよね。
私はいままでずっと人に譲ってしまう性格で。自信のなさから"ここぞ!"という時に自分が前に出られないことばかりで。でも『言葉のない夜に』(2022年)を出してから、いままでいろいろなことによって抑えてきた生まれたてのパワーみたいなのが拡がってきて、自分の核みたいなものがやっと見えてきたという感じがしています。
――この曲をアルバムタイトルに持ってきたのは? 私は『Love Deluxe』というとシャーデーが浮かぶ世代なので。
言葉にパワーがあるというところと、アルバムの鍵となる曲だからです。今回、人との関わりの中で生まれた曲がたくさんあって、その中で自分のいちばん足りていなかったところを考えていったら、セルフラヴ、自分のことを愛する気持ちだったんです。人のことは愛せるけど、自分のことをどうやったら愛せるのかもわからなかった。ふと鏡を見た時に「ここが嫌だ」とか、自分をとにかく否定する言葉しか出てこないんですよ。
――人から愛される、好かれる、褒められる、そういう言葉は素直に受け取れたりします?
それは20歳頃から、徐々に素直に受け止められるようになっていきました。それまでは褒められるのも慣れてないし、なんか突っぱねてしまう感じだった。自分に対してネガティヴな言葉しか出てこないのは容姿に限る感じです。20代の間に「自分は容姿じゃなくて心だよ」って自分に言い聞かせながら生きてきた。でも、だからこそいまは人間的な自信がついて、内面や外見の魅力を自分で褒めてあげられるようになってきたし、本当に「自分を愛してあげることがいちばん大事なことだよ」って、言ってあげたい。そして10代や20代で自分に向けて言ってしまったことは変えられないから、それも含めて赦してあげようよと。
――私、優河さんのお顔好きですよ。前に写真を撮らせていただいたし。
ありがとうございます。うれしい。
――自分に厳しいのかもしれないですね。この「Love Deluxe」はツアーで初披露することになりますが、レコーディングなどで歌っていて、自分の気持ちが落ち着くとか、自分の中で新たな変化はありますか?
私は自分で自分を赦してあげたいんだな、って思いました。自分が自分に言ってきたことを思い出したら苦しいけど、いまも見た目のルッキズムの世界で悩んでいる子とかもたくさんいると思うし、自分もそのひとりだったし、とりあえず「自分を愛することが難しくても赦してあげよう」って、まずはそこから始めることが大切だと感じています。
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女性が避けられない悩み、出産の問題を扱った「Mother」
――「Love Deluxe」でも、これまでとは違う歌唱法にチャレンジしているように感じました。大人っぽいウィスパーというか、センシュアルというか。このビート、この歌詞だからそうなったのか気になりました。
確かに今回自分の中で言葉が強い分、その強さをさらに歌で表現しようとすると、やりたいことが違ってくる気がしていて、たぶんしっかり歌おうとすると、too muchになる気がするんですよ。言葉とのバランスが取れるように、あくびするみたいに力を抜いて歌うみたいな(笑)。もちろん心を込めてグッと歌うところもあるけど、基本的には頑張らないで歌うという。
――私は「Mother」はディープな歌詞に受け取っていて、その分、音色や歌声に救われるようにして聴きました。
これは私が作詞作曲したのですが、わりと本当にいちばんパーソナルな曲になっているので、これを世に出していいのかと悩みました。女の人は"子どもを産むか、産まないか"って本当に頻繁にその選択肢を迫られますよね。
――年齢というリミットもありますしね。
はい。この曲を誰がどう捉えようといいんですけど、自分も結婚してから思い悩む時期があったし、まわりにやっぱり辛い思いをしている友達がいっぱいいるんですよね。世の中で考えたら産みたくても産めない人、産みたくなくても産まないといけない人、そのほかにもたくさんそういう決断を女の人はしないといけないし、もちろん女だけが大変だとは思わないけれども、肉体的負担があるし、物理的に働けなくなる。得るものもあるけれど、その間に何か大きなものを失う可能性もあるという、そういう選択を絶対にしないといけないような世の中で。私の身体は私のものなのに、あたかもその人のもののように話してくる人とかいるじゃないですか。そういうやり場のない気持ちを抱えている人はたくさんいると思うし、このように作品にしたのだから、記録と思って深く考えすぎずに入れることにしました。
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"誰かを必要として誰かに必要とされたい"という呼吸
――「Petillant」は発泡酒そのままの楽しい雰囲気を感じるし、「Lost In Your Love」はエレクトロニックな響きがありつつ、インタールード的な間奏のピアノもいいですよね。LOVEがアルバム全体のテーマになるのは早くから見えていた感じですか?
この制作期間は(コロナ禍が終わり)以前よりも人との距離感が近いというのはあったので......。ふだん人といるのが好きなので。「Petillant」は実際に落ち込んでいた日に友達と飲みに行って、飲み足りないからワインやペティアンを買って家で飲んでいたら、笑いのツボに入って笑い転げたりしているうちに悩みなんて忘れちゃって救ってもらった。その時の親友に感謝の気持ちを込めて書いた曲です。
――「香り」はシガーな感じがして、西部劇を思い出しました。ラナ・デル・レイ的な世界観もあって。
これは「遠い朝」と一緒に早い段階にできた曲で、ライヴでも結構やっている曲。わりと言葉と曲が同時にできました。ちょうど映画『パルプ・フィクション』(1994年)と『レザボア・ドッグス』(1992年)を観た後くらいに、今回のアルバムのプロデューサーである岡田(拓郎)くんが送ってきたアレンジした音源を聴いたら、(クエンティン・)タランティーノ風だと思って、マフィアが出てきそうでおもしろく感じていました(笑)。
――「Tokyo Breathing」は、このタイトルがいいし、歌とハマっているという感じでは特に好きです。聴きやすかったですね。80sぽいところもあれば、最後のギターが情熱的だし。
うれしい、ありがとうございます。最初、曲名は「Breathing」だったんですけど、曲に東京感があって、そこから東京が何かを交換しながら呼吸をしている感じがして、曲中でもブレスを使っているのでこのイメージが浮かびました。自分の言葉が泡になってどこへも行かなかったとしても、それでも息をしていて、というのが感覚としてある。いわゆる街、都会って混沌としていても、人間の本質である"誰かを必要として誰かに必要とされたい"、それが深い関係でなくて一夜の関係としても、お互いが求め合う関係が発展していって、家族になったり友達になったりして、社会を作っていく源となる。それこそが東京を成立させていると考えて、この曲名にしました。
――素敵です。この歌詞もそうだし、最後の「泡になっても」もそうなんですけど、今回はペティアンを含めて「泡」というワードが多いですね。
私も思いました(笑)。去年の夏にダイビングのライセンスを取ったんです。自分から出ていく泡がとても綺麗でそれを見ているだけでも満足してしまうけど、でも上にしかいかないな、って思って。泡って、誰かに届けようと思っても誰にも届かない感じがする。
――いまの話が最後の曲「泡になっても」につながっているのかもしれないですね。
確かに。
――泡は届かなくても、歌は届けることができるので、このアルバムはだからこそ魅力が詰まっていると思います。優河さんのお名前もそうですが、歌詞にいつも流動的な雰囲気があると感じていて、今回は泡が加わったという。基本、夜のイメージは強いですよね。
実は私自身、夜が苦手で、早くに寝ちゃうんですよ。眠たくなって(笑)。だからたぶん夜に対して憧れがあるんですよね。すごく未知なもので想像力が働くんです。
――えっ、それはビックリですが(笑)、まさにクリエイティヴですね。アルバムを聴くのがさらに楽しみになりました。今日はありがとうございました。
2024年9月17日(火) 大阪:Music Club JANUS
9月18日(水) 名古屋:TOKUZO
9月20日(金) 東京:WWW X
詳しくはHPへ→https://www.yugamusic.com/schedule
*To Be Continued
音楽&映画ジャーナリスト/編集者
これまで『フィガロジャポン』やモード誌などで取材、対談、原稿執筆、書籍の編集を担当。CD解説原稿や、選曲・番組構成、イベントや音楽プロデュースなども。また、デヴィッド・ボウイ、マドンナ、ビョーク、レディオヘッドはじめ、国内外のアーティストに多数取材。日本ポピュラー音楽学会会員。
ブログ:MUSIC DIARY 24/7
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