最新作『カーニバルの夢』から解くハンバート ハンバートの魅力
Music Sketch 2024.11.28
たとえばハンバート ハンバートの歌は、主題歌として流れる映画のエンディングによく似合う。それまでの軌跡を辿りつつ、その先に広がる道を感じさせてくれるからだ。もちろん映画でなくとも、ふと立ち止まった時に胸にグッと染みるのはその歌詞がごく自然に入ってくるからだろう。メンバーは佐藤良成と佐野遊穂のふたり。複数の楽器演奏も担当する佐藤良成は、和音からメロディが生まれ、そこから浮かんでくる言葉を元にして、メロディが求める歌詞を綴っていくという。それだけなら、多くの音楽家がやっている作業だろう。しかしハンバート ハンバートはそこから曲の完成度を極めるために、メインヴォーカルの佐野遊穂が歌詞をチェックし、時には修正を求め、佐藤はフレーズそれぞれをどのようにどちらが歌うべきか考え、録音しながらテストし試行錯誤する。もちろん、楽器のアレンジにもコーラスの付け方にもゼロに立ち返りながら徹底的にこだわる。
ふたりにとっての歌詞のこだわり
最初の頃、佐藤が書く歌詞の主人公は「僕」ばかりだったが、それだけでは歌う世界が限られるからと、いろいろな1人称を意識的に使うようになったという。
「それでも、自分が結構出ているという(笑)。全然自分とは関わりのないような場面が歌われても、やっぱり自分自身のことをカメラで見ている。どんなにやったところで他の人になれるわけではないですし、自分の中にあるのものしか出てこないから、それはもう避けられないですね」(佐藤)
でも、自分を見ている歌詞だからこそ、聴き手は共感しやすいのではないだろうか。たとえば「一瞬の奇跡」の歌詞は "君一人で何ができるとでも? 集まれば力が生まれるとでも?"などと哲学的だ。佐藤は小さい時から読書が好きで、考え事ばかりしている子供だったという。さらに、ハンバート ハンバートの歌には、特定の固有名詞が出てこない。歌の間口が広く、日常の言葉がそのまま歌詞となり、共感を呼ぶのである。
つまりは普遍性を大切にし、特定することを避けている。たとえば「夜の火」の歌詞について、佐野は話す。
「最初は、歌詞に下駄とか日本のお祭りをイメージさせるような言葉が入っていました。でも、それだと日本のお祭りの絵も浮かびやすく、狐火とか妖怪ぽいのはみんな好きだし、ありきたりだと思って。その言葉を外した方が、知らない国のお祭りや知らないお祭りになって、もっと幻想的な感じになるように思いました」(佐野)
そこから佐藤は、歌詞を"紛れ込んでしまったお祭り"を想定して書き直したといい、その変更がギターの和音の響きと鐘の音の相性をさらによくしている。
「君を見つけた日」や「邂逅」(『さすらい記』に収録)のように一期一会を大切にした曲があり、「わたしは空っぽ」でも"もっと早く出会ってもおなじこと"と歌っていて、一貫して「出会い」というテーマが佐藤の中にあるように感じられる。しかし、佐藤はわからないという。
「自分ではわかんないですね。自分から出てくるものは、やっぱり自分にとって大事な風景や気持ちだったり情景だったりするので、それってそんなにたくさんはなくて、同じようなことになると思う。ただ、そういったことを歌いたい気持ちになるのは確かです。テーマがあって歌詞にしているのではなくて、曲を作って曲から思い浮かんでくるのはストーリーなのか風景なのかそれはうまく説明できないんですけど、曲から想像していって、歌詞を考えていく時に出てくるものは、やっぱり私の中から出てくるものであるので、共通したものが多いんだと思う」(佐藤)
この「君を見つけた日」はカントリー&ウエスタン調のテンポの良い曲で、そこから自然と共存、人間と動物、生態学、森羅万象を思わせるような歌詞が出てくる不思議さ、面白さがある。基本の骨格みたいなものはメロディを作ってすぐに一緒に出てきたそうだ。
「恋はこりごり」では、"期待しないだけの 知恵はあるから 仕事みたいなもの 求めはしないわ"と女心を歌った秀逸な歌詞が光る。しかし、佐野から指摘されて修正した箇所は、"でもね今日は 少し歩こう"という最後の2行だった。佐野は「最後はどうやって終わるか、歌詞も大事ですよね」と話すが、彼女が書くことはしない。佐藤から言葉が出てくるまで待つといい、そこもハンバート ハンバートらしく徹底している。
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作品の主人公のための歌へのこだわり
曲によって歌い方をあえて変えているのも、その魅力のひとつだ。基本は佐野が歌うということを前提にして作っているが、いざ完成してそれを歌ってみて、アレンジを一緒に考えながらやっていくうちに、佐藤が歌った方がいいかなと思うことは多々あるという。
「どういうふうに歌ったらいいかというのは、一緒にやりながら考えて、声の出し方、リズムの取り方、伸ばし具合、(歌の)表情の作り方などは曲に応じて、違和感があったらそこを指摘するという感じです。たとえば、"この曲は深刻な曲だから、もうちょっと声もそういうトーンじゃないようにしてみて"という注文を出しますね」(佐藤)
そのこだわりは、何より作品の中の主人公や、楽曲を作品として完成させるためだ。「ある日の来客」での佐野の歌声は、主人公である父親の心情を想起させる。
「歌い方も曲がメインなので、"この曲はこういう歌い方でないと気持ち悪い"というのがあって。極端にいうと遊穂の歌が主役になるというよりも、曲の方が主役なのかもしれないですね。それでどっちが歌った方が曲に合うかという感じで、たまにヴォーカルが入れ替わったりします」(佐藤)。
たとえば「In The Dark」は、サビの部分で佐藤の声が大きくなる。作った曲に対して佐野の音域でひとりで歌い切ろうとすると、サビの強い音を出したいパートではそれがなかなか難しくなることがあり、従って佐藤とメインヴォーカルを入れ替わるという。歌いやすさに関しては、佐藤は「『恋はこりごり』と『夜の火』は、遊穂はいろいろ考えないで、歌いやすかったのではないかな。歌い分けみたいな、曲の求めるものに対してスッと入っていけるのがあったね」と、話す。コーラスの中でかなり自由に感じたのは「あの日のままのぼくら」で、これも結構いろいろなパターンを考えてみて、気に入る形になるまで時間がかかったと明かす。
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曲を完成させるということ
最も時間をかけた曲は、過去に佐藤良成が2009年に結成したロックバンド『グッバイマイラブ』名義で発表し、今回作り直した「ノアの方舟」だ。ノアの方舟なのに、"出口はない"と歌う言葉が重く響く。
「書いた時にいまの状況を予言していたわけではないんです。いま、これを聴くと息苦しくなるような、本当に状況が洒落にならない感じで。この曲は10年くらいずっと作り直したかった。17年前に作って1回2009年頃に録音した曲で、時間のある時にアレンジを少しずつ進めて、ようやく今回のタイミングでまとまったから機が熟し、このアルバムに入れられると思いました」(佐藤)
いちばん苦労したのは「ノアの方舟」だと佐藤は話すが、どの曲もいろんな楽器やいろんなリズムやいろんなパターン、いろんなことを試して、途中で全部変えてみたりしたり、とにかくあらゆることをやってみるのだという。しかし、完璧を目指し始めたらキリがない。佐藤は、「だから完璧は目指しつつも、締め切りでここまでしかできないというところで、ベストを尽くすくらいがちょうどいいかなと思っています」と話す。しかし、17年前に作った曲に対してのこのこだわりは半端なものではない。
一方、「トンネル」のように早めに録り始めていて、功を奏した曲もある。映画『大きな家』(12月20日公開)の主題歌を作ってほしいと竹林亮監督から依頼があり、当初は書き下ろしを作る予定だった。しかし、映画のラフを見た段階で「この曲がピッタリでは?」とスタッフから提案があり、早速監督と制作チームに聴いてもらったら、「あぁいいですね」と、即決したという。
「自分でも映画を観て、この曲がエンディングに流れてくるとビックリするくらいぴったりで。3年前に歌詞も含めて作っていたので不思議ですね」(佐藤)
『大きな家』は、児童養護施設で生活する子供たちの日々を追ったドキュメンタリー作品。主題歌に決まった「トンネル」には"希望"や"夢"といった背中を押す言葉は入っていない。入っていたら、無責任に思われたかもしれない。ただ、"歩いている 歩いていく"と歌われる、その内容が驚くほど映画のエンディングに合っているのだ。
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ふたりのルーツは手塚治虫と「サウンド・オブ・ミュージック」
アルバムタイトルはある程度曲が揃った時に、先ずアルバムのキーワードを考えてみるという。今回は夢に関する曲が多く、しかも1曲目の「一瞬の奇跡」と最後の「クリスマスの朝」は、佐藤が夢の中で曲を作っていて、目が覚めてもまだ頭の中に残っていたのをきっかけに完成したという。そこへ「祭りの火」をきっかけに、カーニバルというもの自体が現実離れして幻想的で得体の知れない部分があることから、そのイメージから『カーニバルの夢』と決まった。実は前のアルバム『丈夫な私たち』の最後の曲は「夢の中の空」なのだが、佐野曰く、「『夢の中の空』で多重録音を大幅に使って作ったことが、今回のアルバムの曲のアレンジが「夢」に寄っていった理由にはなっている」とのこと。佐藤も「君を見つけた日」のように「今回は特に自分がライヴで演奏することを考えずにアレンジを進めていきました」と話す。これらの曲が、コンサートではどのように演奏され、歌われるのか楽しみだ。
最後にふたりに、自分を形成した原点となるものを聞いた。佐藤は手塚治虫の名前をあげる。
「手塚治虫先生の漫画を小さい時から家にあったので読んでいたので、たまに読むと、自分の歌詞の世界が影響を受けているのがわかる。儚さとか、寂しいとか、ちょっと悲しい、割り切れない想いになるような気持ちの要素は、そこで育ったんじゃないかなと思います」
佐野は『サウンド・オブ・ミュージック』。
「小学校5、6年くらいの時に観て、サントラの歌詞カードがボロボロになるまで、カタカナで英語を書いて歌って、ジュリー・アンドリュースの真似をずっとしていました。高校時代はビデオ屋の中にカラオケボックスがあった、とても初期のカラオケボックスの時代から友人とそこで歌える曲をどれも歌っていました」
1月26日(日)東京都 NHKホール
2月2日(日)新潟県 りゅーとぴあ 新潟市民芸術文化会館 劇場
2月9日(日)宮城県 仙台電力ホール
2日15日(土)香川県 レクザムホール・小ホール
2月24日(月・祝)石川県 金沢市文化ホール
2月28日(金)大阪府 オリックス劇場
3月2日(日)島根県 島根県民会館 中ホール
3月15日(土)北海道 札幌市教育文化会館 大ホール
3月29日(土)広島県 アステールプラザ 大ホール
3月30日(日)福岡県 福岡国際会議場メインホール
※全席指定 S席:¥7,300、A席:¥6,500
https://www.humberthumbert.net/
*To Be Continued
音楽&映画ジャーナリスト/編集者
これまで『フィガロジャポン』やモード誌などで取材、対談、原稿執筆、書籍の編集を担当。CD解説原稿や、選曲・番組構成、イベントや音楽プロデュースなども。また、デヴィッド・ボウイ、マドンナ、ビョーク、レディオヘッドはじめ、国内外のアーティストに多数取材。日本ポピュラー音楽学会会員。
ブログ:MUSIC DIARY 24/7
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