自分を守るための音楽、サヤ・グレイの注目のアルバム『SAYA』
Music Sketch 2025.05.09
ここ数ヶ月ヘビロテして聴いているのが、サヤ・グレイが今年2月に発表した本格的なデビューアルバム『SAYA』だ。過去の楽曲にも気になる曲はあったが、今回のアルバムはどの曲も魅力的で、繰り返し聴いてしまう。その変化の理由を聴きたくてインタビューをお願いしたところ、イギリス・ヨーロッパツアーが終わり、今日からアメリカツアーが始まるという忙しい最中に対応してくれた。
サヤ・グレイ:1995年、カナダ・トロント生まれ。父親はスコットランド系カナダ人でトランペット奏者・作曲家・サウンドエンジニアとして活躍するチャーリー・グレイ。母親は日本人のマドカ・ムラタで、クラシックのピアニストであり、音楽学校Discovery Through The Artsを創立し、ディレクターも務めている。サヤ自身も10代からセッション・ミュージシャンとしてプロの世界で活躍している。
父親はアレサ・フランクリンやトニー・ベネットなどと共演してきた人気ジャズ・ミュージシャン、しかもサヤは子どもの頃、母親が創立した音楽学校の中に住んでいたため、自然とさまざまな楽器を演奏できるマルチミュージシャンへと成長した。その後、ベース奏者として腕を上げ、ダニエル・シーザーやウィロー・スミスのベーシスト兼音楽監督として、国際的なツアーに参加するほどになった。その音楽センスにあふれた才能は、誰もが認めるところである。兄はロック系のギタリストで、いまはサヤのバンドメンバーに欠かせない存在となっている。
音楽を創ることで安心感のある場所を作っていった
――ご家族の音楽傾向はそれぞれ違いますが、どのようにして自分の音楽を創作していったのですか?
確かに音楽的な家庭に育ってはいるけど、私はひとりで過ごす時間がとても長かったの。そのため、さまざまな影響を受けながらも、自分自身の音楽を創っていく時間も取れていたような気がする。
――では、あなたにとって音楽は子どもの頃から孤独からの回避のようなもの? 学校などでいじめられていた時期があったそうですが、自分と対峙する曲作りは癒しのようなものだったのですか?
音楽を通じて自分をカオスから守るバブル(大きなシャボン玉のような)を作っていたような感じだった。友だちもそんなに多くなかったし、大きなコミュニティに属しているわけでもないので、音楽を創ることで自分の中で安心感のある場所を作っていった感じかな。
死と片思いを歌った曲に、映像作家ジェニファー・チェンがフィルム・ノワールを想起させる映像を製作。「LIE DOWN..」
――13歳頃からセッション・ミュージシャンとして大人の男性たちと仕事をしていていたので、相当大変だったし、期待も大きかったと思います。ソロアーティストになったきっかけを教えてください。
自分ひとりで音楽を創ることは若い頃からずっとやってきたけど、ラッキーなことにベースのセッションミュージシャンとしていろんなアーティストから仕事を依頼されてきた。そしてその度に雇われたバンドやそのマネージャーから"ソロやらないの? 契約するよ"というオファーをもらっていて、そういうことが10~12回くらい続いたので、じゃぁ自分でもやってみようと思ったの。
---fadeinpager---
実験的な曲作りから、曲を完成させる意識へ
――Dirty Hitと契約して発表した、初のソロプロジェクトとしてのアルバム『19 MASTERS』(2022年)や、2部作EP『QWERTY』(23年)、『QWERTY II』(24年)からは、美術館で体感しているようなサウンドや音楽、感情のコラージュのように感じていました。一方で正式なデビューアルバム『SAYA』からは温かみにあふれ、繰り返し聴いてしまう心地よさを感じています。自分ではその違いをどのように感じていますか? お兄さんをはじめ、親しいバンドメンバーと制作したことも影響していると思います。
そうね。作り方の違いにも表れていると思う。過去の3作品は実験的な感覚で創っていった要素が大きくて、完成させることに重きを置いていなかったところに作品の良さがあったと思う。今回のアルバムでは曲を完成させてみようという気持ちがあって、サンプリングで作り上げていくよりも最初から最後までちゃんと曲を書いて創っていくことを重視していった。それが感触の違いに表れているんじゃないかしら。
――日本へ行った時に、小型のギターを購入して弾き語りをしながら、曲を作ることもあったそうですね。ストーリーテリングとして、カントリーミュージックを自然と意識したとも聞きました。
曲の作り方はそれぞれで、特に曲作りの方程式はないわ。ビートから始まる時もあれば、ギターをかき鳴らすことから始まる時もあるし、先に歌詞が出てきてそれを優先する時もあるから。
――では、歌詞から出てきた曲を教えてください。
『SHELL (OF A MAN)』。これは詩というより、スポークンワーズ的にサビのところから歌が出てきたの。
音楽業界の男性に対して歌っている曲。「 SHELL (OF A MAN) 」(Visualiser)
――「SHELL (OF A MAN)」は音楽業界にいる男性に対して怒りをぶつけている曲ですよね? 歌詞から先にできたのに、曲調がとてもポップで、皮肉めいた仕上がりに感じていました。これまでの実験的な作品の成果といえる、柔らかな声のレイヤーも素敵です。
確かに音楽業界にいる男性に対して歌っている。でもモデルになった男性は誰というわけではなくて、いろんな人が含まれているの。たとえば『19 MASTERS』を作る前の段階で、自分にとって不利で嫌な契約を5年くらい掴まされていたこととか、マネージャーが自分の意に反することをさせられそうになったことなど、過去の男性たちに対する皮肉を一曲にまとめて作ったもの(笑)。でも、ポップな曲調と組み合わせたのは意識したからではなく、自然な流れからよ。プリンスやマイケル・ジャクソン、スティーヴィー・ワンダーにもそういう曲ってあるでしょ(笑)。
---fadeinpager---
1日1冊読むほど、経験が反映された詩から学ぶ。
――では「10 ways」の歌詞はどのようにして浮かんだのですか?
『10 Ways』は5分くらいで書けた。人を愛することが怖いとか、心を開くことが怖いとか、あるいは人間関係のように何かの状態から離れるのが怖いとか、何かを怖がることについて書いた曲。そういう状態から抜け出していくにはどうしたらいいか、ということも歌っているの。速さでいうと『H.B.W』もすぐにできたわ。
コントロールの喪失という、感情に直面した告白的な内容が歌われているナンバー。「H.B.W」(Visualiser)
――Heartbreak Wakeの頭文字から付けたタイトルの曲ですね。この曲に関してあなたは「H.B.Wは悪魔の痛み」とコメントしています。ただ、あなたが書く歌詞は、愛というよりも相手を信じること、さらに相手を信じる自分を信じることっていう、trustということに重点が置かれている気がします。それはあなた自身の性格がそこに反映されているということ?
その通りよ。ただ、全部が自分の経験や考えを反映しているわけではなく、自分ではない場合もある。他人から聞いた話やその人のものの考え方とかも含まれるわ。
――音楽のバックグラウンドは多岐にわたると思うので、歌詞の面で影響を受けている作家を教えてください。
私は本を1日に1冊くらい読む。トム・ロビンス(アメリカの小説家。『カウガール・ブルース』(1976年)など)が好き。詩を読むのが好きで、ロマンチックな詩も好きだし、オードリー・ロード(黒人女性作家、詩人、フェミニスト、人権活動家)や活動家志向のマリア・サンチェス(スペインの作家、詩人)などアクティビズム系も好き。マーガレット・アトウッド(カナダの作家、詩人。『侍女の物語』(85年)など)や、レナード・コーエン(カナダを代表するシンガー・ソングライター、詩人、小説家)のようなエモーショナルで誠実な作家も好き。ジョニ・ミッチェルからは多大な影響を受けているわ。私が好きな詩人やアーティストは、ジャンルや思想に関係なくその人たち考えていることが直接伝わってくる。若手の詩よりも、年上の人たちの詩の方に経験が反映されていることが多くて、共感することが多く、そこから学ぶことができるの。
EP『QWERTY II』から「AA BOUQUET FOR YOUR 180 FACE」。ジェニファー・チェンとサヤが共同作業で制作したMV。
---fadeinpager---
集中力と極める力、影響を受けない没入状態を保つことも大切
――映像など、あなたの世界を表現するのにジェニファー・チェンの存在は欠かせませんが、あなた自身はどういった映像や映画作品に惹かれますか?
いろいろなものが好きだけど、TVはあまり観ないし、ネットもWifiにほとんど繋がないから、そちらからの影響はないかもしれない。たとえば日本の映画や写真、日本のインスタレーションで、光とサウンドが組み合わさったものなども好き。映像もアルバムのカバーもそうだけど、ストーリーや主張が伝わってくるものが好き。私の母方の先祖は江戸時代に箏を演奏するなど芸者に縁のある家族だったらしく、『SAYA』のアートワークはその名残を表して、その人たちが受けたトラウマや抑圧を仮面で隠しているようなイメージやストーリーが伝わるような感じにしたの。
――影響を受けている日本人アーティストがいたら教えてください。
椎名林檎さんのアートワークにはいつもインスピレーションを受けていて、ヴィジュアルイメージにアクティビズムが見えるところが好き。女性としてもインスピレーションを受けているし、妥協を許さないところもとても好き。ほかにもYMOや、森万里子さん、スタジオジブリの宮崎駿さんもそう。クリエイター自身の大きな世界があり、そこに惹きつける魅力のある人が好きよ。
――あなたの中にはいろいろな音楽が混在していますが、自分の芸術性で大事にしているのは?
自制心と集中力を持つことと、やっていることに対して極めていくことね。たとえば何か新しいことを始めるときにあまり他者から影響を受けてしまうと揺らいでしまうので、影響を受けない没入状態を保つことも大切にしているわ。
もしかしたら年内に来日公演が実現するかもしれないとのこと。楽しみにしていたい。
『SAYA(サヤ)』現在発売中 レーベル:Dirty Hit
*To Be Continued

音楽&映画ジャーナリスト/編集者
これまで『フィガロジャポン』やモード誌などで取材、対談、原稿執筆、書籍の編集を担当。CD解説原稿や、選曲・番組構成、イベントや音楽プロデュースなども。また、デヴィッド・ボウイ、マドンナ、ビョーク、レディオヘッドはじめ、国内外のアーティストに多数取材。日本ポピュラー音楽学会会員。
ブログ:MUSIC DIARY 24/7
連載:Music Sketch
X:@natsumiitoh